8-3.はじめてのナンパ

 電車から降り、すこし古びたホームから改札に向かって歩くなかで空を見上げるけど……いい天気だった。

 ……それに、空間には亀裂も入っている様子はない。だから今日は気にしなくても大丈夫だと思う。

 そんなことを思いながら改札機に切符を通して駅から出た。



「へぇー、中々すごいじゃん!」

「だね! てか、駅ビルが新しい!」

「ネットで調べてたけど、実際に見ると凄い違い感じる~」


 駅から出て見えた光景に伊地輪たちは口々にはしゃぐ。

 それを見ながら周囲を見るけど、現在の時間は10時あたりだからか駅前には人が少しずつ増えはじめている。

 ぞろぞろと駅から人が出てきて、駅前にあるよく分からないモニュメントの前で待ち合わせをしている人。そのままバス停に向かって歩く人。停車している自転車を取りに自転車置き場に向かって歩く人。それとは逆に駅に向かって歩く人。様々な人たちがいた。

 そして待ち合わせに合流した人たちはフラフラとバス停に向かって出かけたり、すぐ近くのビルへと入っていく。

 駅の周囲にあるビルだけど、筆頭は道路を挟んだところにある15階建ての細長いビルと併設した6階建てのビル。それと駅の敷地内にある観光客用の5階建てのビルがある。


 道路を挟んだところにあるビルは15階建ての方はホテルになってて、6階建てのほうは複合施設となっている。

 そして駅の敷地内にある5階建てのビルは駅ビルっていう名称だった。

 そこはすこし前にリニューアルしてテナントを一新した結果、観光客向けに地元の特産品を集めたお店が多く入っていたり、県外から初出店したお店もあるみたい。

 ちなみにテレビの特番でやっていた情報をもとにしている。


「さてと、それじゃあどっちに行こうか!」

「あーしは新規オープンしたって駅ビルが気になるかも知んない!」

「うちは先にカフェで休みた~い」

「ちょっとー、まだ始まったばかりよー!」

「てか、あんたは起きるの遅かったから食べなかっただけじゃん?」

「うぐ~っ、そう言われると否定できない~~!」


 2つのビルを見比べる伊地輪、そして友人のひとりは駅ビルを指して、もうひとりは冗談っぽくお腹を擦っていた。

 ……そういえば、伊地輪以外のふたりの名前……ちゃんと憶えていなかったな。

 たしか、ビルを指してるほうが送風でお腹が空いたと言ってるほうが根性だっけ? ……なんか違う気がする。

 風っぽい名前だった気がするし、たくましいって言葉が似合う名前だった気がするんだけど……なんだっけ??


「ん-……」

「シミィンちゃんはどうしたい?」

「え?」


 考えていたら突然話題を振られて、声を漏らしてしまう。

 けどそんなことをなんてお構いなしに、伊地輪たちがギャルギャルっぽく語りはじめた。


「ツムはウインドウショッピングをすぐにしたいっぽいし、ショーコは先に軽く食べようって言ってるんだけど……聞いていなかった?」

「ん、ごめん。考えごとしてた」

「そっかー。でもいま聞いたよね? ってことで、どっちにする? ウインドウショッピングとどっかで軽く食べるの」


 わたしの言葉に苦笑した伊地輪だったけど、もう一度聞いてくる。

 ……あ、それとツムとショーコで思い出した。あのふたりの名前は旋毛と性根だ。

 居なくなった……というかダンジョンに取り込まれたときに誰か行方を知らないかと担任から名前が告げられてたんだった。

 思い出した名前にちょっとだけスッキリしたけど、新たな問題が出た。

 ウインドウショッピングが先か、なにかを食べるのが先か……どっちにしよう。


「うぅん……」

「シミィンちゃん。そんなに悩まなくてもいいよー」

「そうそう。どっちにしたって結局は同じなんだしさ、その場のノリで良いじゃん」

「うちとしては先にドーナツとか良い感じかも~」


 真剣に悩むわたしに苦笑する伊地輪、ノリで動けと言う旋毛、ぐるっと円を指で描く性根。

 ついてきてくれたっていう手前……わたしが選んだのを優先にするだろうけど、全員が満足するようなのが良いから悩む。

 けど悩みすぎていたのが悪かったみたい。わたし……というか伊地輪たちに近づく気配を感じた。


「君たちヒマ? 俺らヒマなんだけど、どう? 一緒に遊ばね?」

「え? あー、いや、アタシらは……」

「あーしらヒマじゃないんで、ほっといてもらえます?」

「うちらは女の子同士で仲良くしたいんですけど~?」


 声がしたほうを向くとラフな格好をしたチャラそうな髪を茶髪に染めた男がいた。

 その後ろには面倒臭そうな顔で連れだと思う男がふたり。

 片方は体育会系みたいで筋肉が凄くて、もう片方はメガネをかけててちょっと雰囲気が暗い。

 見たところ、さんにんともわたしたちより年上……良くて18歳ほどに見えた。

 ちなみに顔立ちはイケメンに入る部類なんだと思うけど、わたしはよく分からない。

 そんなチャラ男に伊地輪はたじろぎ、旋毛と性根はあしらっていた。

 あれ? 伊地輪ってギャルっぽい見た目だけど、男慣れしていない??


「そんなこと言わずにさ~、カラオケとかどうよ? 驕るよ?」

「その、えっと……」

「ほら、瑠衣も怯えちゃってるじゃん。とっとと向こう行ってよ」

「そ~そ~、うちらはチャラ男お断り~!」


 あしらわれててもめげないチャラ男はなおも誘う。

 それに対して伊地輪は反撃できず、旋毛と性根が前に出ている。

 これ……ここから移動しないとしつこいかも。


「ん、行こう」

「え――シ、シミィンちゃん!? きゃっ!?」

「おっ! シミィンちゃんやるぅ!! ってことでナンパはお断りだからー!」

「ばいば~い」

「あ――ちょ!!」


 返事を待たずに伊地輪の手を掴み、わたしが走り出すと驚いた声を上げつつも伊地輪は走り出した。

 そんなわたしを見ながら面白そうに旋毛が声を上げ、性根といっしょに追いかける。

 後ろからチャラ男の声が聞こえるけど、それを無視して道路を挟んだ複合施設に向かう。

 重いガラス扉を押して中に入ってエレベーター前でようやく立ち止まる。


「はぁ、ふぅ……シ、シミィンちゃんいきなりすぎない?」

「ごめん。でも、イヤそうだったから引っ張った」

「それは、まあ……ありがと」

「シミィンちゃん思いきりが良いね! 瑠奈ももうちょっと男をあしらおうって感じにしなよ」

「そんなだと~、なんちゃってギャルなんて言われたりするよ~?」

「うぅ……」


 息を整える伊地輪と、そんな彼女を弄る旋毛と性根。

 そういえば、ギャルグループたちってファンタジー高校で出会ったのだろうか? それだったらすぐに仲良くなりすぎだって思うけど、陽キャだから?

 そんなわたしの視線に気づいたふたりがスマホを取り出して操作すると、画面を見せてきた。

 画面にはギャルらしい見た目の旋毛と性根、それとふたりに肩を組まれた地味じゃないけど、清楚っぽい見た目な黒髪のお嬢様が写っていた。

 お堅いといった感じじゃないけど、習い事とかをやっていると言ったら信じそうな見た目だけど……悪く言えば平凡に見えた。

 そして三人とも同じ制服を着ているけど、ファンタジー高校の物じゃない。


「シミィンちゃん見てみ、見てみ。この文学少女っぽい子いるじゃん」

「ん、清楚って感じでかわいい」

「これね、瑠衣っち~」

「…………んん? ん?」


 画面に映る平凡清楚お嬢様な女の子を見て、伊地輪を見る。

 見られている伊地輪は何というか恥ずかしそうに顔を赤くしていた。

 もう一度お嬢様女子を見る。……伊地輪を見る。

 ……あ、化粧が濃くなっていたり髪染めてたりしてわからなかったけど、同一人物だ。


「……伊地輪、ギャルじゃなくてなんちゃってギャルだった?」

「ちょっ、言い方ぁ!!」

「ぷふっ! シ、シミィンちゃんズバッと言ったね!」

「あはは~、なんちゃってギャル! なんちゃってギャル……ッ!!」


 わたしの言葉に伊地輪は声を上げ、旋毛と性根はケラケラと笑う。

 でも見た目がギャルなのに、中身はギャルに染まり切っていなかったのなら、なんちゃってってつけるのが一番だと思うし……。

 そんなことを思っているとケラケラ笑う旋毛と性根に伊地輪は怒った様子でじゃれついている。


「二人とも笑いすぎじゃない!? つか、ギャルのいろは教えたのアンタらでしょー!?」

「あはは、ごめん。ごめん! でも、男あしらうぐらいしないとさぁ」

「そうだね~。ナンパをあしらわないとギャルっぽくないよ~……多分」

「それはまあ、わかってるけどさぁ……。…………ああもう、やめやめ! 今はウインドウショッピングを楽しもう! ほら、エレベーターが来たよ!!」


 笑う旋毛と性根に拗ねる伊地輪。そして彼女が言うようにエレベーターが到着して扉が開いたので伊地輪が中に入った。

 それに続いてわたしたちも中に入る。

 そんな中、こっそりと旋毛たちがわたしに声をかけてきた。


「まあ、瑠奈っちはなんちゃってギャルだけど、懐いたら結構面白い子だからさ……シミィンちゃんもよろしくね」

「今日だってシミィンちゃんとどこ回ろうってすっごく考えてたからさ~」

「…………ん、わかった」


 からかっているけど嫌っているわけじゃない。それどころか仲良しだ。

 そんな三人を見ながら、わたしはエレベーターに入った。


 ●


 ▲チャラ男視点▼


「はぁ~~……逃げられた!」

「お前なー、当りまえだろ? つーか、警察に通報されないだけマシと思えよ」

「ククッ、所詮僕らはただのモブレベル……悲しい」

「でもよ~、せっかくのゴールデンウィークだぜ? しかも高校三年生の! つまりは彼女が欲しい! デートがしたい!! そう思わねーか、2人とも!!」


 がっくりと落ちこむ俺に対して、ここに遊びに来た親友2人がツッコミを入れる。

 それに対して心の叫びをあげると2人は頷く。

 というか、今世で18年。そしてで17年近く! 彼女いない歴はなおも更新中なんだよぉ!!

 それを2人も分かっているからか、グッとうめき声を漏らす。


「分かってるだろ? 俺らは彼女が欲しい、それもゴールデンウィークに! そうすりゃ彼女ができて、夏休みに一緒に水着で海とかプールデートができること間違いなしだ!!」

「「なん……だと……」」


 まだ見ぬ彼女がビキニを着てキャッキャと俺を誘ってくれるイメージが浮かぶ。

 それはきっと天国だ。楽園だ。高校生活最後の記憶に残る思い出になる!!

 そんな考えを抱いていなかった2人はショックを受けていたが、決意したように俺を見る。


「そう、だな……。オレが間違ってたよ戦、今のオレには筋肉がすべてだっていつの間にか思ってた……」

「ククッ、そうだね戦くん。僕もモブらしくいて、オタ活するだけで十分って思ってたよ……」

「武……、術……、そうだろ? だったら諦めなければ彼女が出来るんだ! ってことで次はどの女性に声を……お、なんか良い感じの3人組が! 俺たちも3人だし、ちょうど良いだろ?」


 前世で『もてないトリオ』と呼ばれていた俺たち3人だったが、今日こそは払拭してみせる!!

 そう思いながら俺は目についた女子3人組に近づく。


「かーのじょ、今ヒマ? 俺たちといっしょにカラオケとかど――――ん?」

「あー、ボクは男に興味はな――――んんんんんん??」


 活発っぽい、悪く言えばバカっぽい3人組のリーダーであろう女子が俺をあしらおうとしていたけれど、なんというかビビッときた。

 そして向こうも俺を見てなにかを感じたみたいで動きが止まる。

 動きが止まった女子の後ろでは外国人の女子が何かうわの空で、ちょっと暗そうな女子が俺……というか俺たちを見て嫌そうな顔をしていた。

 というか、どこかで見たぞその女子から感じる視線!


「……なあ、おい。お前……マイブラザーか?」

「そういうお前は……もてないブラザーか?」

「いや、もてないは余計だよ! って、マジで!? マジなの!?」


 もてないブラザーは余計だけど、その呼び名を聞いた瞬間に頭の中を前世の記憶が駆け巡る。

 目の前の女子――いや、今世は女子になっているけど前世で馬鹿をやっていた魂の兄弟とも呼べる男との記憶が。

 こいつと俺たち4人の村でいちばん美人だった食堂の子の着替えを覗いたり、未亡人の宿の女将の入浴を覗いたり、同い年の子のスカートをめくったり、それに怒ったその子の姉のスカートを全員でめくったり、その度にぶん殴られたり、大人たちに説教されたり、時には小遣い稼ぎとして村の周囲のスライムやゴブリンを倒したりという青春の日々が思い出される。

 まあ、ある程度の年齢になって村から一旗揚げるために王都に出立して、しばらく冒険者稼業を続けていたらこいつが勇者として選ばれて、俺たちは3人となっていたけど……。

 それでもこいつとは度々会ったりしたし、依頼に同行したりした。

 そして、こいつと仲間たちを前に進めるために、俺たちは――死んだ。


「マジ、か……。ブラザー……ほんとにブラザーだよな? 戦士、武闘家、魔術師……」

「ああ、俺たちだ。というか、お前ら……こっちに転生してたのかよ、勇者……」

「ああ、僕だけじゃない。後ろの二人もだよ!」

「後ろの……って、思い出した。その視線ってひんにゅ――うおっ!? な、なにすんだ!!」

「貧乳エルフって言ったら……殺す」

「い、言ってねぇ!! 言ってねぇから!!」


 視線の正体を思い出し、声を上げようとした瞬間に根暗っぽい女子が顔面目掛けてパンチを放ってきた。

 しかし何とかギリギリに避けつつ、叫ぶ。それに対して殺意マシマシの瞳で根暗女子はドスの利いた声で俺に言う。

 つか、こいつやっぱり勇者にべた惚れだったあの貧乳エルフじゃねーかよ!! ――っ、ひぃ!! こ、こいつ勘が良すぎるから思っただけでも睨んできやがった!!

 そして外国の女子って、隣におっさんの幽霊が――って、こいつ騎士のオッサンじゃねーかよ!!


「ほんと、マジかよ……。世間って狭いんだなー……」

「だよな。聖女っぽい顔はテレビで見たことあるけど、本物だったのか……」

「ククッ、これぞ運命というやつか? 偶然という可能性もあるが……」


 絶対に出会うことが無いと思っていたかつての仲間との再会に驚いていると、隣では武が腕を組みながら首を振り、術はメガネをクイッと上げる。

 そんな俺たちを見ながら勇者が考える仕草をすると、口を開いた。


「ん-……本当は今日は女の子ウォッチングをするつもりだったけど、久しぶりに三人に会ったんだし何処かに入ろっか!」

「「え?」」

「「「マジで!?」」」


 勇者の提案に俺たち全員は声を上げた。

 そして断る理由もなかったために俺たちは勇者に先導されて駅前のハンバーガーショップに入った。


 ―――――

・タイトルは普通に下が正しい件

 ×はじめてのナンパ

 ↓

 ◎はじめてのナンパ……を見た。


・魔術師、名前間違える。

 神 → 術


 神官にする予定だったのが変更忘れていたので、名前を変更。

 代わりに神官だった現世名『呉陸(くれりく)』さんの今後にご期待ください(ぁ

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