8-2.「……照れる」

「シミィンちゃーん、おっまたせーーっ!」

「ちょ、瑠奈。元気よすぎぃ!」

「瑠奈っち落ち着きなって~」


 朝のことを思い出していると現実に引き戻すように声がし、そっちを見ると伊地輪たちが近づいてくるのが見えた。

 しかも様子は伊地輪だけはかなりハイテンションで後ろのふたりは眠いみたいで欠伸をしていた。

 そんな彼女たちに対して、わたしは軽く手をあげる。


「ん、おはよう」

「おはようシミィンちゃん! てか、その服メッチャ可愛くない!? 激ヤバ! いや、鬼ヤバなんだけど!!」

「おはようシミィンちゃん。瑠奈のやつが暴走するかも知れないけど、今日は勘弁してくんない? でも本当に似合ってるって思うわ」

「おはよ~、シミィンちゃん~。服もだけど、髪もいつもよりゆるめじゃない~? つ~か、まじ人形って感じ~」


 わたしの挨拶にテンション高めに答える伊地輪たち。

 そんな彼女たちに服を褒められていてすこし恥ずかしい。

 ちなみに、今日わたしが着ているのは紺色の長そでワンピースで袖口と首周りのカラーは白色の生地が使われていて、スカート丈はひざ下まであるせいそというか……ちょっと地味なデザイン。けどこういうデザインが好きだから、わたしはよく着ている。

 それと髪も言われたようにいつもよりもちょっとだけ三つ編みが緩くなっているけど、気づかれたことにちょっと驚く。


「ん……、ありがと……」

「っくはーーっ! シミィンちゃん照れちゃってる? ちょーめずらしい!」

「うちらはあの顔を覚えちゃってるから、補正かかっててマジパないんですけど……!」

「だよね~」


 いっぽうで伊地輪たちの格好は……派手だった。

 いや、女子高生でギャルってイメージだとそれが当たり前なのかも知れないけど。

 そう思いながら、ノースリーブのTシャツとか太ももが出ているショートパンツとか、ダメージジーンズとか、膝より上のミニスカートとか、荒々しいフォントが描かれたどピンクのパーカーとかを見る。


「……伊地輪たちはそれっぽいね」

「あんがと! てか、シミィンちゃんもこんな感じの格好…………うーん、それはちょっとって思っちゃったわ」

「うん、うちらの格好をシミィンちゃんがしたら、ちょい悪系ファッションっぽく見えるけど……なんかこれじゃなくね?って感がするね」

「ってよりも、ゴスロリファッションとか似合いそうだよね~?」

「「それだ!!」」


 嫌みで言ってるつもりはないけど、わたしの言葉に伊地輪が照れて、他のふたりがわたしに似合う服を言い合いはじめる。

 ……ゴスロリってあまりイメージがわかないけど、黒くてフワフワしてるはず。似合わないと思うけどな。

 そう思っているとガタンゴトンと音が聞こえ、音がしたほうを向くと電車が近づくのが見えた。


「電車、来たね」

「あ、ほんとだ……って、うっわレトロじゃん!」

「レトロって、SLとかじゃないんだからそう言わなくね?」

「でもガタンゴトンって音がしてて面白いね~」


 口々に言いながら、わたしたちは駅の中に入る。

 わたしは券売機のほうに向かい、伊地輪たちはそのまま改札のほうに向かったけど……。


「うわ、やっぱ切符買わなきゃいけない系じゃん!」

「まだこんな駅があったんだ!? すごくね?」

「これって切符通してガチャコンとかするやつ~? ウケる~! SNSにあげよ~」


 スマートフォンを持った手で頭を抱えながら叫ぶ伊地輪、同じくスマートフォンで改札にある切符を通す機械を撮ったりする二人。

 それを見ながら券売機で向かう駅である現破治までの金額の切符を4枚購入して、そっちに戻る。


「あ、シミィンちゃん。ちょっと待って、いま切符を……「はい」――え?」

「え、ウソ!? シミィンちゃん、うちらの分も買ってくれたの!?」

「マジで~!? ありがと~~!」

「別にいいから、はやく入ろう」


 持っていた切符を渡して、自分の分を改札にある機械へと通す。

 ガシャンという音とともにオレンジ色の切符に小さな穴が開いて出てきた。

 それを手に取ってホームに入ったのと同じタイミングでプシュー……と電車が停車した。

 停車した電車のドアは自動では開かないため、ドアの隣にあるボタンを押す……ちょっと手を伸ばすし、ボタンが硬くて力を入れないといけない。

 すこしだけプルプルしながらボタンを押すと、プシュと音がしてドアは開いた。

 車内に誰かが乗ってたら開けてくれたかも知れないけど、あいにく誰も乗っていなかったからしかたない。


「「「かわ……っ」」」

「……ほら、入ろう」


 伊地輪たちが何か言っているけど、それを無視して電車の中に入る。

 電車のなかは独特のにおいがしてるけど、嫌な臭いじゃない。

 そんなわたしにつづいて伊地輪たちも入ってきたけど、彼女たちはこんな感じの電車は初めてだったみたいでテンションが高かった。


「うわ、なにこれ? アタシこんなん初めてなんだけど!!」

「真ん中のほうにボックス席あるって新幹線みたいじゃね!?」

「ほんとに田舎って感じがする~!」


 伊地輪たちの反応からして、きっと……ううん、絶対に都会のほうだとこんな感じの電車ってないんだろうな。

 そう思いながらどこに座ろうかと考えているとすこしずつ電車内に人が入ろうとしているのに気づいた。


「はやく席に座ろう。他の人が座れなくて困ってるから」

「あ、ほんとだ。じゃあ、そこに座ろうよ!」

「だね。あはは、てか外側の床にでかいのあるし!」

「おもしろ~い!」


 わたしが言うと伊地輪たちが気づいたみたいで、席を見渡し……わたしを連れて4人がけの席に座る。

 わたし、伊地輪が隣で、残りは向かい側。

 席に座るとすこししてポーンとスピーカーから音がして、アナウンスが鳴りはじめる。


『今日も不破治線をご利用いただきありがとうございます。この列車は不破治線、西不破治、現破治あらたじ行きワンマンカーです。聖ファンタジー高等学校学区駅では整理券を発行いたしません。この列車には優先座席を設けています――』


 電車に入ると聞こえるアナウンスを聞いていると、伊地輪たちは初めて聞くタイプの物みたいで興味深そうに天井のスピーカーを見ているけど……すぐに飽きたみたいで街のほうに着いたら何をするかと話し合い始めた。

 ……そういえば、わたしも街に行くのは久しぶりだけど……何をしよう。

 そんなことを思いながら彼女らの話を聞き、時折相槌を打っているとポーンとスピーカーから音がした。


『ご乗車、ありがとうございます。この列車は不破治線、西不破治行きワンマンカーです。聖ファンタジー高等学校学区駅では整理券を発行いたしません。――まもなく、発車します』


 さっきと同じ内容だけど最後だけちょっと違った言葉を聞いていると、プシューと音がしてドアが閉まり……すこししてゆっくりと電車が走りはじめた。

 都会の電車のようにスーッと走るわけじゃない電車はガタンゴトン、とときおり音と振動を立ててお尻がちょっと浮く。

 それが面白いみたいで伊地輪たちはケラケラと笑い合っている。

 わたしは新鮮というわけじゃないから笑ってはいないけど、そんなに面白いものなのだろうか? ……わからない。

 そんな彼女たちを見ながら、独特の音を立てて走る電車。ときおり駅に到着するたびに流れる――、


『ご乗車ありがとうございます。まもなく、――。列車とホームの間がすこし開いている場合がございます。お降りの際はは足元にお気を付けお降りください』


 ――というアナウンス。とゆっくりとかけられるブレーキ。

 その度に走っている方向が背中になっているわたしの体は座席の背もたれからフッと浮いて前に出てしまう。


「むぅ……」

「シミィンちゃんかわいー!」

「……心外」


 何となく恥ずかしいというのと、浮いてしまうというくつじょくに顔をしかめるけど、そんな様子に伊地輪たちは生暖かい視線を送る。

 その視線が恥ずかしくて、顔を赤くしつつプイと窓の外を見る。

 畑ばかりだった景色はある程度を過ぎた辺りから段々と近代的なビルが建ちならび、アスファルトで舗装された数車線の道路とそこを走る車が目立つようになっていた。

 なんだかこういう光景を久しぶりに見た気がする。

 そんなことを思いながら、伊地輪たちの「機嫌直してよシミィンちゃーん」という声を聞いていた。


 ●


『ご乗車ありがとうございました。まもなく終点、現破治、現破治です。車内にお忘れ物の無いようご用意ください。愛米あいまい線、江洲絵えすえ線、御手利みてり線をご利用のかたはお乗り換えです』


 乗っていた電車がもうすぐ終点が近づいてきたころ、ポーンという音とともに車内アナウンスが流れる。

 外を見ると、いくつもの線路が地面にはしっていて、わたしたちが乗っているタイプの電車以外に少し前まで都会で使われていたタイプの電車が数両編成で並んでいたりした。

 あの電車はたぶんだけど……県をまたぐ路線を走る電車だろうな。そう思っていると電車はゆっくりと停車しはじめる。

 伊地輪たちは持っているバッグを忘れないように手に持ちはじめ、数少ない乗客の何名かは電車が止まったらすぐに出るために座席から立ってドアのほうに歩いて行くのが見えた。ちなみにわたしは小さいポシェットを肩にかけているから忘れる心配はない。


「あー、久しぶりにビルがいっぱいある場所見るとなんか落ち着く―」

「毎日畑ばっかだったしねー」

「のどかなんだろうけど、ちょっと落ち着かないよね~」


 見えるビルを見ながら伊地輪たちが口々にそう言うけど、わたしにはその感覚は分からない。

 きっとあの町とかモルファルの家ですごしていたのと、都会っ子の違いっていうやつなのかも知れない。

 ボーっとしながらそんなことを考えていると、伊地輪が話題を振ってきた。


「ね、ね、シミィンちゃんはここだと何処に行きたい?」

「スイーツ? それともファッション? あ、ゲーセンってのもありじゃね?」

「ここのおすすめスイーツってどんなのあるか気になる~」

「……とくには…………」


 ここ、現破治で遊びたいって伊地輪たちの誘いについてきたけど、とくに見たい場所はなかった。というか伊地輪たちに付いていくつもりだったし。

 そんな風に思っていると「そっかー」って伊地輪たちが口にする。


「じゃあさ、ウインドウショッピングとしゃれこもうじゃないのっ!」

「だね。そしてあわよくばシミィンちゃんに服を試着してもらう……!」

「あとはイイ感じのカフェで映えるスイーツ囲んで、写メとか撮ってSNSにアップしたいよね~!」


 興奮しながら彼女たちは口々にやりたいことを口にする。

 ……きっとこれが今どきのギャルなんだろうな。

 そんなことを考えながら、電車が駅に停車してドアが開く音が聞こえると外からホームから聞こえるアナウンスとか、電車が発車するときに流れるプルルルルルルって音が聞こえ始めた。

 音が聞こえたみたいで伊地輪たちは立ちあがる。


「よーし、今日は遊ぶぞーーっ!!」

「思いっきり羽を伸ばさないとね!」

「これが高校生活って感じに弾けないとね~」

「……ほどほどに」


 張り切る伊地輪たちに聞こえているかわからないけど、わたしは小さく言う。

 こうしてわたしたちは不破治市の隣の市である現破治に立った。


 ……だけど、まさかあんなことになるだなんてこのときのわたしには、予想もしていなかった。


 ――――――――――

 ・聖ファンタジー高等学校学区駅:地元民は不破治駅と呼んでいるけれど、聖ファンタジー高等学校が出来たために不破治駅からその名称に変更。

 ・現破治(あらたじ):県の主要都市となっていて、色んなテナントがある大型商業施設がある。

 ・路線:不破治周辺は農地が多いので線路の拡張は難しかったため、現破治駅から他県に移動するための本線、海がある愛米、山がある御手利、屋内スポーツの試合会場がある江洲絵などに向かうための路線が走っている(ただし作者が覚えてるかは不明)


 ・不破治地元民:車を持っている人たちは愛米、江洲絵、御手利に向かう際は車で向かう(実は電車を使うと時間がかかるため)

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