2-2.魔法への第一歩
今年最後の2-1~2-3まで更新してます。
前に1話更新しています。
――――――――――
……目を閉じているからか、しゅういの音がよくきこえた。
ざあざあと葉っぱを揺らす、風のおと。
ちょろちょろとゆっくりと流れる、水のおと。
知っているおとなのに、心地よくきこえる。
それに、においも……不思議なくらい、とどいた。
水をすったやわらかな土のにおいと、こけのにおい。
樹からただよう、やさしい落ち着いたにおい。
おひさまの、あたたかくて気持ちがいい……眠くなってしまうようなにおい。
……まるで、自然とひとつになったみたい。
「すぅー……、はぁー……」
そのにおいを感じるように、あじわうように、息をはく。
するとそれを見ていた師匠が言う。
『呼吸は体を落ち着かせるのに最適だ。わしの魔力がお主の中を動くという感覚が辛いならば、今のように息を吐いて気を紛らすのも良いだろう。……もう少し我慢してもらうぞ』
「ん、わかった…………」
ゆめみごこちになりながら、師匠にへんじをする。
師匠はわたしのなかをお掃除しているからか、声がなんだかしんけんだ。
師匠の魔力がわたしのなかをグルグル、グルグルとうごく、それが動くたびにわたしのなかの何かが広がっていくような感じがした。
それがしばらく続いていたけど、だんだんと何かが起きはじめた。
目を閉じているはずなのに、周りのようすが……見える?
閉じているのに見える光景は……ついさっきまで見ていた光景のなかに、いくつものいろんな色の線が走っていたり、ピンポン玉みたいな光が見えていた。
そんな光景の中心にいるわたしと師匠。
師匠を見ると赤、青、緑、黄、白、黒、いろんな色の光が体から出ていて、その光が線になって中でキラキラしていた。
そしてその線になった光がわたしのなかと師匠のなかを行ったり来たりしている。
グルグル、グルグルと師匠から出る光が、わたしのなかと師匠のなかをじゅんかんするように流れて動いている。
光がわたしと師匠を行ったり来たりと動き回るたびに、ドクン、ドクンとしんぞうが動くおとがみみに届く……。
からだから汗が出てきて、そのにおいが鼻に届く……。
魔力がかけめぐって体が熱くなってきたのと、すずしくても木の間からくるおひさまのひかりで体があつくなってきているみたいで汗がでてきている。
汗からは、モルモルがおきにいりでわたしもママも使っているボディーソープのあまいにおいが混じっていて、いいにおい……。
師匠からはこけと草のにおいがする……。
落ちついた大人のいいにおいだけど、お風呂になんてはいっていないからか……すこしくさいって思う……。言ったらわるいと思うけど。
閉じられたまぶたのおくでひかっている線と光、それにふれることって……できるかな?
そう思いながら周りをはしっている線に触れるようにイメージしてみたら、触れようとした瞬間に静電気が走ったみたいにビリッとした。だけどそれは一瞬のことで……グッと握りしめたら、まるでその線の先とつながったみたいな感じがした。
世界がひろがるって、こういうことかと思った瞬間に視界がひろがった。
森が見えた。いくつもの木のなかに……ちいさく光っているなにかが見えた。
緑色のやさしい、ひかり。それが一本一本の木からでている。そして地面に広がるようにして、線が張り巡らされている。
そう思っているとゆっくり、ゆっくりと、まわりがもっと見えるようになってきた。
モルファルの家がみえる。はなれた場所に町がみえる。そらが、くもが、色んなものがみえた。
世界がわたしで、わたしが世界であるように感じられるほどに、いろんな場所が見えた。
するとようやく気づいたけど、森をおおうようにして光の柱が出来ていて、その中を見ると……まっしろな雪がキラキラ、キラキラと舞って……光っていた。
雪のような白いひかり……ううん、白くてきれいな銀色のひかりだ。
「きれい……」
『――――シミィン、おぬし……』
「ししょう?」
『い、いや……、今はとやかく言うまい』
師匠はなにか言おうとしていたけど、すぐに黙った。
そしてそのあとは師匠はもくもくとわたしのなかに魔力を通しつづけた。
『……ふぅ、これでいいじゃろう』
「もう、終わった?」
『うむ、もう目を開けてもいいし、手も放してもかまわん』
「ん、わかった」
しばらくして、師匠がそう言ったからわたしは目を開ける。
すると目のまえには汗を流して疲れた顔をした師匠がいた。……その様子から、わたしのためにがんばってくれたのが分かった。
そう思うとうれしい気持ちと、ありがとうという感謝の気持ちがこみあげてくる。
……けど、ちゃんとしたお礼なんてわたしにはできないから、こんどモルモルにお願いしておべんとうを多めに作ってもらおう。
でもその前に師匠に魔法を教えてもらうのが先なのかな?
そんなわたしの視線に気づいたのか師匠は言った。
『……シミィン、今日は魔力の通りをよくするのに力を消耗しすぎたから今回はここまでにしてもよいか?』
「ん、わかった。……ししょう、ありがとう」
『よいよい、ただし気をつけよ。しばらくすればお主の体は発熱するぞ……お主と同じ世界から召喚された聖女が言うには、いんふるえんざに罹ったときみたい。だそうじゃ』
「…………ん、わかった」
インフルエンザ、わたしも去年かかったことがあるけど……あれは体があつくて痛くて動けなくて、あたまがグワングワンで気持ちが悪かった。
そんな感じになるんだ……。
そうして師匠とすこしだけ話をしてから、わたしは家に帰った。
その日のお昼ごはんを食べはじめたあたりから、なんだか熱っぽくなって……わたしの様子に気づいたママたちにベッドに寝かされ、気づけば眠っていた。
つぎの日、目が覚めたけど……ぜんしんが痛くて、頭もすごく痛くて起き上がることができなかった。
そんな状態が3日ほどつづいた。だけどそれがすぎてからは、なんだかすごく体がすっきりした。
そして魔力のとおりみちがきれいになったからなのか、なんだか変なものが見えるようになっていた。
色とりどりのまるい光。それがふよふよと空中にうかんでる。
他にもいろんな色をした線がいろんなところからわたしにつながっているようにも見えるし……なんだろう、これ?
師匠はなにか知ってるのかな?
▽ 賢者視点 ▲
『……やってしもうた』
シミィンが己が居住へと帰っていくのを見届け、わしは呟く。
いったい何をやってしまったか、それはこの言葉に集約している。
それほどまでにわしはやってしまったのだった。
聖女から聞いていたが、この世界は空気中に魔力が満ち溢れている。
当りまえだ。魔力を行使する者はまったくと言っていいほどに居ないのだから、減ることなどない。
仮に使う者が居たとしても、少量であるためにすぐに自然の力によって補填されるだろう。
湖の水を瓶に汲んだとしても湖は枯れないということだ。
そんな世界でシミィンは異質だった。
彼女は無意識に魔力を周囲へと放出していたし、その身へと溜め込んでいた。
けれど運が良いのか放出しているのは……属性なども込められていないただの魔力だった。
しかし、それはこの世界の者たちにとっては異質に感じるものであり、彼女は様々な感情に中てられていたらしい。
愛情であれ、嫌悪であれ、様々な感情を。その結果、害意は彼女を蝕んだ。
さらにはその魔力は自身の感情をも抑制し、彼女は自身の苦しみを表に出すことが出来ていなかった。
だからわしは彼女のために魔力の使いかたを教えることを考えた。
その初歩として彼女の体に魔力を感じさせるために、わしはシミィンと手を合わせて彼女の中に魔力を循環させた。
人――というよりも生きとし生ける者には魔力の鉱脈のようなものがあるとわしは常々思っておる。
その中で魔力は創られ、循環する。その循環した魔力によって魔法は行使され、消費されていく。
しかし初めて魔法を使う者などはその鉱脈は拓かれていなければ、鉱脈の拓きかたさえも知らない。だから魔法を使う者が初めに循環させるのだ。
すぐに魔力が循環できるだろう。そう思っていたが、現実は違った。
シミィンの魔力の鉱脈は常時放出されていたために広くなりすぎており、それ以上に溜め込まれていたために広い鉱脈を自ら狭めていた。
……危なかった。このまま気づかずに放置された場合、この子は近いうちに死んでいただろう。
魔力は力となるが同時に毒にもなる。
だから魔力を使える者は定期的に循環を行うことが薦められているが……知らない者は自身の魔力によって悪影響を受けてしまう。
魔力の鉱脈が拓かれていない者には関係のない話なのだが、シミィンは無意識に鉱脈の入り口が開かれており魔力が放出されていた上に溜め込んでいた。
感情の抑制も魔力が循環がされていないのが原因の一つであるが、他にも人体に悪影響を及ぼすことがある。
体調不良などはまだ良い。けれど魔力を過度に溜め込みすぎた場合……魔力はその身体を結晶体へと変化させてしまうのだ。
――魔石化現象。
魔力を溜め込んだ石へと人体は変化するが、そうなった場合、二度と元の体には戻ることはない。
そして彼女はその兆候が見られた。きっと何かきっかけがあったならば、彼女は倒れてその体は徐々に魔石と変化しただろう。
さらにはこれほどの魔力で魔石化現象が起きたならば……シミィンだけではなく、周囲の人も建物も木々も巻き込んだはずだ。
気づけたことへの安堵と共にわしはシミィンの中の魔力の鉱脈を循環しやすいようにした。しかしそれはかなり大変な行為であった。
想像以上に彼女の鉱脈は広く、溜め込まれていた魔力は純度が高く削るのに力を要した。
けれどわしは彼女と約束した。その約束を果たすことなく彼女が死ぬなどあっていいわけがない。
そして作業を行っていくにつれて、シミィンは半分意識的に魔力を見始めていた。
シミィンが自身とわしを視ているという感覚を感じたと思った……だがその直後、彼女の魔力の鉱脈はその地を流れる地脈へと繋がった。
わし自身、昨日の夜からこの地の地脈の一端に触れて魔力を回復することが出来た。
だがそれはほんの少しだけ繋がっただけだった。けれどシミィンはその地脈へと思いきり触れてしまっていた。
――瞬間、彼女の中の魔力は地脈と混ざり合い、森全体に広がるようにして巨大な白銀の光の柱となり放出された。
放出された魔力によって、彼女のなかの魔力の鉱脈は正常化された。更に言うなら、わしの魔力も自身の体から追い出しているのだが……それは彼女にとって異物だからということだろう。
そのあとはもう一度シミィンの魔力の鉱脈をわしの魔力が循環したが……鉱脈は先ほどよりも遥かに広がっており、溜まっていた魔力は浄化されていた。
正直、これで問題はないかも知れないが……調整などされない状態のため、鉱脈の出口に弁のようなものを創るイメージで魔力の蓋をした。
今はまだわしの魔力で行っているが、自身の魔力で調整できるようになってもらわないといけないだろう……。
そう思いながら、わしは地面に座りなおすと魔力を回復するために瞑想する。
それにしてもこの森は良い。マナに満ち溢れているから……。しかもシミィンの魔力によってそれがさらに強化されてしまっている。
魔法使いならここを聖地とするというほどのものじゃろう。
まあ、その価値に気づく者は居ないだろうがな……。
そして先ほども彼女に言ったが、数日は魔力に体が慣れるために熱を出すだろう。
それが終われば彼女には魔力の使いかた。魔法の指南。他にも教えるべきだろうか……。
そう思いながら、わしは目を閉じた。
だからまさかあんなことになるとは思ってもみなかった。
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