2-1.魔法への第一歩

 さあさあ、さあさあと窓のそとから葉と葉がゆれて鳴る音が聞こえる。

 その音をめざましにしてわたしは目を覚ます……。


「んゅ……、おふぁよぅございみゃす……」


 あたまがまわりきっていないまま、ゆっくりとからだを起こしてベッドからズリズリとおりる。

 壁にかけられたとけいを見ると朝の6時。

 カーテンをあけると、あかるい陽射しがとびこみ……窓を少しだけあけると、夏だけどすずしいと感じる風が部屋のなかに入ってくる。風でパジャマがふわっとするけど……すずしくてきもちいい。

 風と日のひかりを感じていると部屋のとびらがノックされ、モルモルが入ってきた。


「シミィンちゃん、起きてるかしら?」

「ん、おはよう。モルモル」

「あらあら、なんだか楽しそうね。面白いことでもあるのかしら?」

「わからない。けど、楽しいとおもう」


 そうわたしが言うと、モルモルはやさしく頭をなでてくれる。

 やさしいモルモルの手のぬくもりを感じていたけど、ふと気になった。


「モルモル、おこしに来てくれたけどどうしたの?」

「あらあら、シミィンちゃんが言ったのよ。昨日の晩御飯のときに、朝の散歩に行きたいから起こしてって」

「…………そうだった」


 忘れていたことを思いだし、つぶやく。

 昨日、わたしは師匠の弟子になった。そして師匠に朝から魔法のおべんきょうをすることを約束したのだった。

 そう思いながらわたしはモルモルに感謝しながら服をきがえる。

 今日は……ううん、しばらくは動きやすいようにズボンをはこう。

 ……そういえば、師匠ってごはん食べてるのかな?


 ●


 モルモルの作ってくれた朝ごはんの入ったランチバッグを持ち、朝はすこし寒いからってあたたかいお茶が入った水筒も渡してくれてわたしは森にでた。

 いつもよりすこしだけ早い朝の森はすこしだけ明るく感じると思いながら少しだけ急ぎ足で歩いて、森の切かぶまでたどりついた。

 そこから昨日、師匠が出てきたばしょに向けて道をはずれる。

 すこし滑らないかと気をつけながら移動していくと、師匠はいた。

 地面にすわり、しずかにして動かない……寝てる?

 そう思いながら近づくと師匠は目を開けた。


『来たようだな。シミィン』

「……ん、おはようししょう」

『おはよう』


 すこしだけびっくりしながらあいさつをすると、師匠も挨拶しかえした。

 そしてゆっくりと周囲を見てから、ポツリと言う。


『この森は良い。マナが満ち溢れている……』

「そうなの?」

『ああ、わしが居た世界ではモンスターが跋扈し、精霊たちが朽ちていったためにマナは常に枯渇していたから……このような場所など殆どなかった』

「……そうなんだ」


 どこか悲しそうに師匠は言い、ゆっくりと立ちあがる。

 よく見ると昨日見たケガがほとんどない?

 もしかすると魔法でなおしたのかも。そう思うことにしながら師匠を見ていると何かを唱えてから、杖をかるく振るった。

 すると石の柱が地面から生えてきた。


『すこし話をするから、そこに座って話したほうがいいじゃろう』

「ん、わかった。……ししょう、ごはん食べる?」

『いただこう』


 うなづいた師匠にわたしはモルモルが作ってくれたごはんを取るためにランチバッグを広げようとする……けど、すこし広げにくい。

 地面においたほうがいい? そんな風に思いはじめてると、わたしが座る石の柱と師匠の座る石の柱の間にすこしだけ大きい石の柱が生えた。


「ん、ししょうありがとう」

『気にするな。……おお、これは美味しそうじゃな』


 礼を言いながら広げたランチバッグの中からごはんを取りだす。

 モルモルが作ってくれた朝ごはんは、焼きたての薄焼きパンの上に具材がのっているオープンサンドイッチ。食べるときにくるっと巻いて食べるといいみたい。

 それが3つあって、かたほうはきざまれたキャベツとウインナーがのっていてその上ににケチャップがかけられているホットドッグみたいな感じ。もうかたほうはチーズとベーコンエッグがのってるシンプルなものだった。

 最後にデザートとして赤いベリーをメインにしたフルーツがちりばめられて生クリームの上にのっているもの。

 どれもおいしそう。


「はい、ししょう」

『ありがとう。ではいただくとするか……おおっ!』


 ホットドッグみたいな薄焼きパンを手にとって、口に運ぶと師匠は驚きの声をあげる。

 そしておいしかったみたいで一気にパンを食べていく。


『もっちりとしたパンの食感にシャキシャキの刻まれた葉、そしてプリッとした腸詰に酸味のあるソースの味! これは美味しい! 昨日の菓子も美味かったが、こちらも美味い!!』

「ん、よかった。わたしも食べる」


 そんな師匠を見つつ、わたしもシンプルなものを食べることにする。

 両端をもってクレープみたいにたたんでから、食べる。

 モチモチの食感とあまじょっぱい味、ベーコンのピリッとした辛味とチーズのまろやかさ、そしてぷにゅっとした目玉焼きの食感を感じているとトロッとした溶けた黄身ののうこうなあじが広がってきた。

 つまりは、おいしい。


『ふむ、そうやって食べるのが良かったか。色々と奥が深いな』

「んむんむ……そう?」

『うむ、食べ物でも興味は尽きないものだな。まだまだ知るべきことは沢山あるということか……』

「ふーん……」


 感心する師匠へとお茶をわたして、食事をつづける。

 わたしが食べおえてから、最後にデザートの甘いパンをくるっと巻いてから半分にちぎって師匠にわたした。


『おお、おお、甘く酸っぱいが美味い! 果物がよい歯ごたえだし、酸っぱさのなかにじんわりとした甘味が感じられる。向こうで聖女が物足りないという表情をしていたのも納得できる! それにこのなまくりーむというもの。それが実にうまい! 果物の酸味をまろやかにしている』

「ん、よかった。……おいし」


 プチプチとしたベリーの食感とすっぱさ、それとシャクシャクとした果物の食感が師匠が言っているようにおいしく感じられるし、生クリームですっぱさは抑えられている。

 うん、やっぱりパパやママ、モルモルの料理は美味しい。

 そう思いながら食後のお茶を飲んでひと息ついてから、師匠と向き合う。

 師匠も久しぶりのごはんだったみたいで、どこか満足しているように見えたけど……視線に気づいたみたいでこっちを見た。


「ししょう、どうやったら魔法って、使えるようになるの?」

『む、そうだったな。シミィンよ、まずはわしと両手を合わせてくれるか?』

「こう?」

『うむ、そうじゃ』


 わたしの質問に師匠はそう言い、両手をまえに出してきた。

 しわしわなおじいさんの手。ファルファルやモルファルと違った手だなと思いながら、師匠の手に手をあわせる。

 見た目とちがってカサカサとしていない手のひら。それにわたしよりもずっと大人のひとだから、わたしの手よりもずっとおおきい。

 そんな手にピタリと合わせる。


『目を閉じてもらえるか? そのほうが理解できるじゃろう』

「ん、わかった」


 言われたとおり目をとじる。すると合わせていた手のひらがすこしずつあつくなるのを感じた。

 そのあつさが、ゆっくりと手のひらを通してわたしの中へと入っていって、広がっていく。

 広がっていくあつさは……まるで生きているみたいにわたしのなかを動いていくようだった。

 右の手のひらに感じていたあつさは胸をとおって……左の手のひらから抜けていき、左の手のひらに感じていたあつさは胸をとおって……右の手のひらからぬけていった。

 はじめはそんな感じにグルグルとわたしのなかを、あつさは動いていたけど……すこしずつ、ゆっくりと体中にしみこんだ。

 ぽわぽわと……お風呂に入ったみたいなあたたかさがぜんしんに広がるなかで、師匠はいう。


『わかるかシミィンよ……。これが魔力じゃ。感じるか……?』

「ん、なんだか体のなかをあついのがグルグルって、うごいてる……」

『うむ、わしはお主の体の中に魔力を送り、それを循環させておるから熱いのじゃ』


 そう言って師匠はわたしのなかで動いている魔力を感じさせるように、さまざまなことをはじめた。

 グルグルと駆けめぐる速度が速くなったり、遅くなったり、熱くなったり、冷たくなったりもした。

 わざとなのか、体のなかでちょっとピリッとしたりもしたし……広がったり細くなったりするようにも感じた……。


「んっ、……んぅ。なんだか……へんな感じに、うごいてる……」

『魔力の循環というのは自身の中にある魔力の流れをよくする行為じゃ。お主の場合は一度も意識して使ったことがなかったために感じかたが敏感なんじゃろう。そして魔力の流れの中にある澱みも拭っておるから我慢せよ』

「わかった……、ん、んん……っ」


 師匠の魔力がわたしのなかを動いて、ときおりビクッとしてへんな声が漏れてしまう。

 だけど師匠が言っているように魔力がとおる道っていうのがへんなのになっているのだろう。

 そう思いながらわたしはジッと我慢した。

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