1-4.小休憩

 ☆ 理事長視点 ☆


「これがわたしと師匠のはじめての出会い」


 そう言って只野さんは喋って口が渇いたのかカップの中の紅茶に口をつけます。

 喋っている間に淹れられたからか紅茶は少し冷めているでしょう。けど喉を潤すならば少し冷めているほうが良いですよね。

 そう思いながら静かにお茶に口をつける彼女を見ます……けど、まさか彼女が数年前に日本のいじめ問題を震撼させることとなった中心人物だったなんて……。

 チラリと背後に立つじいやを見ますが、彼もその事実を知らなかったようで軽く首を横に振りました。

 私も事前に只野さんの情報を仕入れてもらったのですが、この情報は知りませんでしたからこれはかなり機密事項だったようですね……。

 そう思いながら私は只野さんを見ながら、数年前のニュースや雑誌で取り上げられていた出来事を思い出します。


 今でもいじめ問題の大半は被害者が自殺することで明らかとなってニュースや雑誌などで取り上げられてから、ようやくいじめはあったのかという調査が大々的に行われていますが……数年前まではいじめの事実が自殺によって明らかとなったとしても学校側も自分たちの面子と加害者である生徒たちの今後のためと称して何時の間にかいじめの事件は有耶無耶にされてしまうのが当たり前でした。

 一部の誠意ある学校はちゃんといじめの調査を行い、加害者側にそれ相応の責任を負わせたという話もありますが……そういうことを行うのは少ないものです。

 ですが、そんな最悪な当たり前の状況に風穴が開けられる事件がありました。


 その内容は夏休みを控えたある日、学校へと匿名の報告を受けたと教育長の官僚が訪れていじめが無かったかという追及から始まりました。

 校長たちにとっては寝耳に水で、慌てふためきながらも全職員に確認の通達が行われて騒然としていたらしいのですが、そんなタイミングを見計らったかのように何時もギリギリな内容で攻めるのが通例である週刊誌に普通は誰か分からないけれども知っている人が見た場合は「ああ、これってこの子たちだ!」と分かるようなくらいにいじめを行っていた生徒たちの素性と無関心で止めることを行わなかったためにいじめを増長させることとなった担任のことが書かれていたのです。

 結果、体裁が悪くなると理解した学校側は早急にいじめの調査を真剣に行わなければならないという事態に陥り、いじめの事実が判明しました。

 当然、いじめを行っていた生徒たちは「何で自分たちが!」と憤っていたそうですし、生徒の親たちも「子供たちのしたことだ。だから水に流せ」といった感じだったそうですし、担任も「本人が言わなかったから悪い!」と自分は悪くないと言っていたそうです。

 だから生徒たちは謝罪に来ることもなかったし、担任も無視を決め込んでいたそうです。

 まあ、その証言も行動も翌週のその雑誌に取り上げられていて、読んだ者の思想をいじめを行っていた側が最低と思わせるように彼らが一家団欒する写真(当然顔はモザイクつき)や担任の仕事後の遊ぶ様子もあげられていました。

 そうすると加害者の生徒たちのみならずその親までもがどういう教育をしていたんだということになり、一部の親たちは勤めている会社から苦言を貰ったりしていたそうです。

 そこでようやく加害者である生徒たちは親に連れられて被害に遭っていた生徒のもとへと謝罪に向かったそうですが……当の本人は療養として家族とともに母方の実家がある海外へと向かうために日本を離れていたそうで、それに対して親たちは「いじめられていたなら引きこもっていろ!」と腹を立てていたそうですが……そこにテレビ局の生中継が撮影していました。

 するとテレビからはしばらくの間、いじめはいじめられる人物が悪いのか、いじめる側が悪いのかという話が討論されてそこにいじめる側の親の教育方針はどうなっているのかという話が出始めていたのは記憶に残っています。


 そして同じころ、当主であった父の権限でいくつかの子会社から数名の解雇が出され、当時気になったので調べると……同じように幾つかの企業からも社長や会長といった重役の方々の権限よって、課長や部長といった役職に就いていた者でさえ解雇をされているのが分かりました。

 そしてその解雇された者たちの殆どはいじめを受けていた生徒が居た小学校に子供が通っていたという親たちばかり……。当然気になったので父に尋ねるとあの人は静かに目を閉じて言いました。


 ――私たちが安らぐ場所にいる可憐な妖精を傷つけた報いだ。


 父が何を言っているのか分かりませんでしたが、只野さんの話で理解出来ました。

 父は時折あの小学校があった町にある小料理屋に行っていました。きっと解雇を行った重役たちも同じでしょうね。

 小料理屋の名前は【ただの】で寡黙な店主と話し上手な女将が居るこじんまりとしたお店だそうで、当時は住んでいる場所に娘が通えそうな小学校がなかった息子夫婦が娘を小学校に通わせるためにと近くに住んで店へと通っていたりもしていたそうです。

 まあ、当時の私は父と共に行動をすることはなかったので事の詳細は分かりませんし、じいやも連れて行ってもらえなかったようなので彼にも詳細は分かりません。

 ですが、小料理屋に通う人たちの多くは大企業などを経営している重役といった方々であり、祖父と同じように寡黙ながらも母親似の日本人離れした繊細な見た目をした只野さんは小料理屋に顔を出していたことでしょう。

 そして彼らは重役などの偉い立場の人間であるからか、近づいてくる子供の大半は親に媚を売るようにと言った親の欲や私欲などで動いている者ばかりのはずです。

 そんな中で親の欲など無く、無欲で淡々と……自分を敬うことも、色んな感情を向けることもない只野さんは安らぎだったでしょうね。嵐の中の無風地帯といった感じに……。

 で、安らぎである彼女がいじめられ傷ついていたと知ったならばどうするか? まあ、普通にそれを行っていた者を自分たちの権限で潰すといったところでしょう。

 その結果が、加害者一家は田舎にある実家や人の噂が少ない地域まで逃げる羽目になったということですね。

 そして彼女の熱狂的なファンはもしかするとまだ居るかも知れませんね……というか、店で接客をしているんですよね? それって、またファンが増えるのでは……?

 ですが食事をした人の記憶は曖昧になっていると噂で聞きましたね。……一応、聞いておいた方が良いでしょうか?


「あの、只野さん?」

「なに?」

「お店の接客を行っているそうですが、素顔でしているのですか?」


 私の問いかけに始めは首をかしげた彼女でしたが、すぐに言いたいことを理解したようで彼女は「ああ、そういうこと」と呟きます。

 そしてなにかを呟いた瞬間、別宅の周囲に魔力の膜が張られたのを感じました。


「これは……」

「わたしが創った名前のない魔法。効果は範囲内に居るひとが特定のものを見ても、しばらくすると忘れるっていうやつ」

「わたしが、創った……ですか」

「ん。いちおうは指定から外している人には効果はない。当然、パパとママたちは外している」


 驚く私へと只野さんはそう言って頷き、眼鏡を外します。

 すると彼女の素顔が改めて明らかとなりましたが、これは……


「予想以上ですね……」

「なんと、うつくしい……」


 北欧人特有の肌の白さに日本人らしい顔立ち、空のように蒼く綺麗な瞳、プクッとして色艶があり柔らかそうな唇、それらが創り出す顔はどこか眠たげのように見えますが、それが逆に浮世離れしていて神秘的に感じますし……魅力的とは違ったように思えますね。

 いわゆる神秘的というやつでしょうか? というか、眼鏡自体にも認識阻害の魔法が込められているということですねこれ。

 そして背後のじいやは見惚れすぎています。

 本人にその気はなくても、まるで魅了を周囲にばらまいているようなレベルですね。


「あまり見られるのはいや……」

「す、すみません!」

「こほん、失礼を……!」


 少し頬を赤く染めながら只野さんは眼鏡をかけ直しましたが、あの顔はしばらくは忘れることは出来ませんよね?

 特にあの蒼い瞳もですが、あの神秘的な顔立ちは……あれ?


「蒼い瞳だけしか、上手く思い出せません」

「お嬢様、いったい何を言っておられるのですか。あのように美しいシミィンさんの顔を私は忘れることなど……、など……。む、こ、これは……」


 私の呟きを聞き、じいやが熱に浮かされたかのように只野さんの顔を説明しようとしますが……思い出せず戸惑っています。

 これが彼女が使った魔法の効果? そう思いながら彼女を見ると、先ほどまで感じていた神々しさは消えており普通の眼鏡少女となっていて頷きました。

 記憶操作、向こうの世界では完全に禁呪だったはずですよね……。というか賢者さま、なに禁呪を教えてしまっているのですか?

 これって絶対に記憶操作だけじゃないですよね。賢者さま、絶対に彼女にやばいくらいに色々と教えてしまっていますよね?

 い、一応聞いておいたほうが良いですよね?


「あの、只野さん……」

「なに?」

「賢者さまに、いったい……どのような魔法を教えられたのですか?」

「ぜんぶ」

「……はい?」

「だから、


 ぜんぶ? ぜんぶ……? 全、部……?


「ぜ、全部ですかぁ!?」

「ん、師匠も楽しんでいたから、調子のったって言ってた」

「そ……そう、ですか……」


 だいぶ戸惑う私を他所に只野さんは懐かしむように遠くを見ます。

 何と言いますか、これから始まる話の続きが恐ろしく感じますね……。

 そう思いながら只野さんが話を再開するのを待つことにしました。

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