1-3.只野シミィンの独白・3

『……すまんが妖精よ。わしはまともに動くことが出来ん……だから少し休める場所へと連れて行ってくれんか?』

「?? やっぱり、わからない……」



 不思議そうにまほうつかいのおじいさんを見ていると、おじいさんがわたしに話しかけてきた。

 けれど、わたしはおじいさんが何を言っているのかわからず、首をかしげるだけだった。

 そんなわたしの反応でおじいさんはすこしだけ考えて、理解したみたいでなにかを呟いて杖を振るう。

 すると光が杖から出て、わたしに降り注いだ。


『もしや言葉が通じんのか? ――≪翻訳トランスレーション≫』

「っ!? なに、これ?」

『妖精よ。わしの声がわかるか?』

「!? 言葉が、わかる……」


 さっきまでまったく分からなかったおじいさんの言葉、それがどういうわけか聞こえるようになってわたしは驚いた。

 そんなわたしとはちがい、おじいさんのほうは安心したようにもう一度声をかけてきた。


『わしの声がわかるか?』

「ん、わかる」

『そうか。ならば休める場所まで手を貸してくれんか?』

「……わかった」


 返事をして、おじいさんをつれてわたしは散歩コースに向かって歩き……切りかぶまで辿りつき、そこにおじいさんを座らせた。

 おじいさんは疲れていたみたいで座るとすぐにぐったりとした。そういえば、どういうわけか焦げていたんだった……。

 そんなことを思いながらおじいさんを見ていたけれど、やっぱり大人のひとを呼んだほうがいいと思いはじめて口を開く。


「大人のひと、連れてくる?」

『いや、いい。それよりも妖精よ。回復魔法を使えるならばかけてはくれぬか?』

「かいふく、まほう?」


 きっとその言葉を聞いた瞬間、わたしは「なにを言ってるのこの人?」といった風な顔をしていたと思う。

 だけどそれほどまでに魔法なんてものはこの世界にはないのだから。

 そしてそんなわたしの反応を見て、おじいさんは眉をよせた。


『回復魔法を、知らぬのか? ……いや、いや、待て、待て待て。妖精よ、お前は本当に妖精なのか?』

「わたし、人間。ママからは、ようせいみたいねって言われてるけど、人間」

『そう……なのか? それはすまなかった。ならばお嬢さん、何か回復薬などを持ってはおらぬか? 無ければ飲み物でも良いのだが……』

「ん、じゃあこれ」


 おじいさんが頼んできたので、わたしは首にかけていた水筒を差し出す。

 差し出された水筒をおじいさんは受けとったけれど……どうやって飲むのかわからない様子だった。だからわたしはふたを取って、そこにエルダーフラワーのジュースを注いだ。

 けど、水筒の使いかたを知らない人ってめずらしい。

 そう思いながら、注がれたジュースにおじいさんは口をつけた。

 はじめはどこか警戒するように飲んだけど、すぐに勢いよく飲みはじめた。


『おお、これは……美味い! 爽やかな果物のような甘味が広がっていくし、使われた素材にマナが多いからか魔力も少しだが回復しておる! しかも、冷たいときた!!』

「ん、モルモルがつくったエルダーフラワーのジュースはおいしい」

『モル? まあいい、すまぬがこの飲み物をもう一杯頼めるか?』

「わかった」


 わたしの言ってる言葉がわからなかったみたいだけど、気にしないようだった。

 そんなおじいさんを見つつ、わたしは出されたコップへと水筒のジュースを注ぐ。

 ついでにお菓子も出しておいた。


『む? 菓子か?』

「ん、すくないけど食べる?」

『いや、それはお嬢さんが食べ――――すまんが、少し貰う』


 出したお菓子をおじいさんははじめは断ってきた。けどすぐにお腹がなる音が聞こえて……どこか恥ずかしそうにクッキーを手に取った。

 そしてひと口食べるとおいしかったみたいでもう一枚取っていた。

 わたしもクッキーを1枚取って口に運ぶ。サクリとした食感と優しい甘さが口の中に広がっておいしい。

 さくさくと食べているとおじいさんはシナモンロールを食べていて、水筒も使いかたがわかったみたいで自分でジュースを注いでいた。


『ふぅ……ありがとう、お嬢さん。おかげである程度だが、回復することが出来た』

「ん、それはよかった」

『では、わしはそろそろ戻るとしよう。……ところでここは何処なんじゃ?』

「スウェーデンのモルファルの家のちかくの森」

『スウェ? ……すまんが、この王国に行くにはどうすれば良いかわかるか?』


 おじいさんがすこし戸惑いながら訪ねてきた。だけどおじいさんの口から出た国の名前は聞いたことがなかった。

 もしかするとわたしが知らないだけかもしれないけど……知らないと口にした。


『知らぬか? 世界で有名な国だったはずなのじゃが……』

「世界で有名なくに? ……アメリカ?」

『あめりか? 聞いたことがない国……いや、それは……まさか? じゃが……すまんがお嬢さん、知っている国を口に出してくれぬか?』

「ん、アメリカ、フランス、カナダ、オーストラリア、ちゅうごく、ドイツ、イタリア、ブラジル、スウェーデン、日本――『にほんだと!?』――ん?」


 思いつく限りの国の名前を口にするとおじいさんの顔が曇っていくのが見えた。

 どうしたのかと思いながら国の名前を言いつづけると……日本の名前をだしたところで驚いた声を上げた。

 大きな声をあげたおじいさんにすこし驚きながら顔を見ると、信じられないといった表情を浮かべていて……なにか呟いていた。


『にほん……、それは聖女が召喚されるまで暮らしていたという異世界の国だったはず。それがなぜこのお嬢さんの口から……いや、待て、あの瞬間、わしは無我夢中で転移を行った。そしてそれが魔王を倒したために崩壊を始めた空間に穴をあけたとすれば……だが、あり得るのか? いや、ここにわしがいるという時点で、わしという証拠があるのだ』

「どうしたの?」

『む、ああ……いや、すまん。少し混乱しておった。だが、整理したおかげで現状を理解できたのだが……聞いてくれるか、お嬢さん?』

「……ん、よくわかんないと思うけど、聞く」


 考えていたなにかがまとまったみたいで、おじいさんはしんけんな顔でわたしを見てきた。だからわたしは頷いた。

 わたしには理解できないかも知れないけど聞くだけでもおじいさんが落ち着くと思うし……。

 そんなわたしを見てからおじいさんは自分のことを語りはじめた。……けど、それはまるでおとぎ話のような話だった。


『ありがとうお嬢さん。では改めて言うが……わしは【賢者】と呼ばれておる者じゃ。そして、こことは違う世界の人間じゃ』

「けんじゃ……、ちがうせかい? 本当?」

『そうじゃ、本当じゃ。その世界でわしは勇者たちとともに魔王を倒すための旅をしておった。幾多の困難を乗り越え、数々の出会いと別れをし、魔王のもとへと辿り着いた』


 おじいさんがどこか懐かしそうに口にしている。……かもしれないと思ったけど、その語りから本当のできごとのように聞こえた。

 おじいさんが語るはなしの内容は、教室でクラスメイトの男の子たちが話していたゲームの話のように聞こえたけど……ウソを言っているようには本当に見えない。

 だから黙ってわたしは話をきく。

 おじいさんが語るはなしは魔王がいる城にはいって、おおくの敵と戦い、魔王のもとへと辿りついてからの戦いであり、語るのが好きみたいですこし興奮しているように見える。


『勇者の握る聖剣が魔王の放った魔法を切り裂くと共にわしが放った雷撃魔法が魔王の杖を握りしめる手に命中した! そしてその間に聖女によって騎士の傷が回復され、再び彼は前へと出ると怒りに任せた魔王の威圧を盾で防いでおった!』

「そうなんだ」


『魔王へと勇者は聖剣を突き立てた! しかし、魔王は力を封印しておったのじゃ……。倒したと油断した勇者へと魔王の攻撃が迫る。だがそれを騎士が護った。だがそのせいで騎士は瀕死の重傷を受けてしまったのじゃ……』

「ジュース、のむ?」

『いただこう』


『わしも聖女も魔力が尽き、騎士は倒れ、勇者も傷ついていた。じゃが、奴は諦めなかった。それに応えるかのように聖剣は輝き、勇者に力を与えた。魔王の力と勇者の力がぶつかり合ったとき、隔離された空間は震えた。そして二極の競り合いは勇者が勝ち、聖剣は魔王の胸へと突き立てられた。じゃが、魔王の攻撃も勇者に届いておったのじゃ』

「うん」

『倒れる勇者、その奥で崩れ去る魔王。だが魔王は最後の最後でやってくれた……。奴は残った魔力を爆発させるという暴挙に出た! 膨れ上がる魔力、それを見ながらわしは何とか転移の魔法を使うためになけなしの魔力を集めた』


 クライマックスみたいで、おじいさんはグッと拳をにぎる。

 なんだか喋りにも熱がこもっている?


『魔王の肉体が闇の輝きを放った瞬間――激しい爆発が空間を震わせた。防壁魔法などもすり抜ける強力な熱量が全身を襲い、聖女の呻きが聞こえ、勇者と騎士の体が燃える中で同じように燃えながらもわしは転移の魔法を使った……そして、わしはこの世界に落ちたようじゃ』

「そうなんだ」


 そう言っておじいさんは話を終えた。

 それに対してわたしはひと言だけいう。


『そうじゃ。ちなみに疑っているようには見えんが……わしが違う世界の住人である証拠として見せよう。溢れよ、水よ――≪ウォーター≫』

「!?」


 そう言っておじいさんは杖を前に出して、何かを唱えた。

 すると杖の先に水色のもようが見え、すこししてホースから水が流れるようにして水が出てきた。

 杖に仕掛けがあるようには見えないし、これは本当に魔法なんだと何故か理解できた。


「きれい……」

『そうか、そう言ってくれると嬉しいわい』

「うん、杖のさきの水色のもようから水が出てくるのもおもしろい」

『そうかそう……む? 聖女の話だとこの世界に魔法を使えるものは居ないという話だったはず。当然視ることも出来んはずじゃが……すまぬがお嬢さん、ちょっと見せてもらうぞ』

「??」


 何をするのかと思いながらきょとんとしていると、おじいさんの瞳の色が変わるのが見えた。どうしたのかと思いながら見ていると……なんだか見られているような気がした。

 だけどクラスメイトたちに見られていたような、いやな感じはしない。


『これは……魔力の制御が出来ていない? そしてこの子が持つ魔力の総量は底が知れん……、その魔力が影響してか感情の起伏がないということか。……この世界にとってこの子はイレギュラーな存在としか言いようがないじゃろうな……。そしてこの子にとっても地獄か……』

「どうしたの?」

『お嬢さん、もし……もしにじゃが、人並みの生活を得られるなら、どうする?』

「ひとなみの、せいかつ?」

『そうじゃ。怒るときには怒り、悲しいときは泣き、嬉しいときは笑う。そんな人並みの生活じゃ』

「…………怒ったり、泣いたり、笑ったり、できるの? みんなにバカにされて、どうしてこんなことをするのって怒れるの? 酷いことを言われたりされたりして、なんでやめてくれないのって泣けるの? パパとママたちに可愛いって言われて、ありがとうって言いながら心から笑えるの?」


 だいじょうぶ、わたしは他の人とちょっと違うけど……だいじょうぶ。パパとママが愛してくれるから、だいじょうぶ。

 そう思っていたのに……心のどこかでわたしは求めていた。――心がない人形みたいな自分じゃなくて、ほかの子みたいに人間になれるということを。

 そんなわたしを見て、おじいさんは頷く。


『できる限りのことはする。じゃが、今のままだとお嬢さんは魔力に体が耐えられなくなり危険だし、周りもその魔力に中てられて危険な目にあってしまう。知らずに持つ力よりも、己が力を理解するのが一番じゃ。そしてその先にきっと人並みの生活が待っておる』

「どうすれば、いいの?」


 わたしはおじいさんに問いかける。

 するとおじいさんは、言う。


『魔力を理解するのじゃ。そして魔力を理解し術を学び、力を得よ。そうすれば自ずと自らの力を理解し、抑える術が身に付く』

「? …………まほうを覚えたら、いい?」

『まあ、簡単に言えばそうじゃな』

「だったら、おねがいします。わたしに、魔法を教えてください」


 意味はうまく理解できなかった。

 けど、魔法をおぼえたら、きっとわたしは他の人みたいになれる。

 そう思いながら、おじいさんへと頭を下げた。

 もしかしたら、本当は悪い人かもしれない。だけど、それほどまでにわたしは求めていた。心から感情をむき出しにできることを。

 そんなわたしの肩へとおじいさんは手を当てる。


『長い道のりとなるぞ?』

「だいじょうぶ」

『苦しいときだってあるし、やめたいときだってあるかも知れないぞ?』

「そう思えるようになりたい……」

『……わしのことは師匠と呼ぶように』

「わかった。ししょう」


 こうして、わたしはおじいさんの……師匠の弟子になった。

 これがわたしの第一歩。


 ――――――――――


 先生、ストックが……ストックがほしいです……。

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