8-1.突入【別視点】

 何だか様子が変だったナイトに先導されながら踊り場の近くまでたどり着くと、ボクらはアイテムボックスから装備を取りだしていく。

 武器はボクがロングソードで、ナイトが背丈ほどの大きさのグレートシールドとブロードソード、レンが剥き出しの太ももに巻き付けたベルトに収めたサバイバルナイフとグリップのスイッチで展開するタイプの折りたたまれたコンパウンドボウ(背中に矢筒を担いでいる)といったそれぞれ慣れ親しんだものと同じものだ。

 さらに今回はそれだけじゃなくて、この戦いを聞いて聖女が急いで用立ててくれた防具も服の上から装備する。

 ボクは防弾チョッキと同じ素材で創られた胸当て、それと防刃素材の指ぬきグローブ。

 ナイトは防弾チョッキと頭部を護るためのヘルメット、それと炭素繊維っていう素材を使ったガントレットに鋼板が仕込まれた安全ブーツ。

 レンは素早さを重視しているという本人の要望からか、上半身をすっぽりと隠せることが出来る大きさの防刃素材でつくられた外套とナイトの物よりは強度が低い代わりに軽めのブーツを装備していた。


「動きやすいけど……ちょっと不安だよね」

「しかたない。向こうの世界の装備のほとんどはこっちに飛ばされたときにアイテムボックスからほとんど無くなっていたから……無いよりはマシ」

「そうですわね。向こうの世界ではほとんどの防具には魔法耐性もあったみたいですが……こちらでは聖女さんのブレッシングで付与されることでしか耐性があがりませんしね」


 そう、これらの防具はこの世界で銃を持った危険な犯罪者などには有効かもしれないけれど、モンスターを相手にする場合はかなり心許ない。

 更にいうと同じようにこの世界の素材で作られた武器はオークやゴブリンといったモンスターには有効だったけれど、肉体を持たないゴーストタイプのモンスターには武器自体に魔力を纏わさなければいけないのも魔力が少ないボクらにとっては辛かったりする。

 ちなみに胸当てのパラメーターを見るとこんな感じだ。


 ――――――――――

 名称 :防弾チョッキ(胸当てタイプ)

 レア度:ノーマル+

 説明 :防弾チョッキを胸当てのように作成した防具、ある程度の物理攻撃は防ぐことが出来る。

 物理防御:20

 魔法防御:0

 耐久力 :80

 ――――――――――


 見てわかるだろうけど、この世界で創られた防具であるために魔法防御はまったく無い。

 前の世界だと誰もが着ている布の服でさえも、魔法防御には1か2ぐらいはあったけれど、この世界の防具にはそれがない。

 聖女の加護によって一時的には魔法防御が5ほど付与されたりするけれど、永続的じゃないし効果が切れたら0になる。

 今はまだ魔法を使うモンスターと遭遇していないから問題はないけど、遭遇した場合は受けないように気を付けないといけないだろう。


「よし、装備完了。みんな、準備は良い?」

「良いですわよ」

「うん、良いよ」


 防具と武器を装備し終え、ボクらは踊り場へと階段をのぼる。

 カツンカツンと階段をのぼる音が響き、踊り場へと辿り着くと2人を見る。

 ボクが見たことで頷き返し、先立ってボクは体全体をうつす大きさの鏡へと手を伸ばす。

 すると伸ばした手に鏡はカツンと当たる……ことはなく、グニャリと波打つように歪んだ。

 映像で見ていたけれど、本当にこれはゲートなんだ。

 中はどうなっているかは分からない。その緊張にゴクリとのどが鳴るけれど、意を決して手をそのまま鏡に沈ませていく。

 鏡は抵抗することなく、ボクの腕を体を通していき……まるでとろみのある液体に落ちるみたいな感覚を感じながら、ボクはゲートを潜り抜けた。


 ●


「うぇ……久しぶりに感じるけど、すっごく気持ち悪いぃ……」


 ゲートを潜り抜け、込み上げてくる不快感を覚えながらすぐに体を持ち直そうとする。

 このまま膝をついて気持ち悪くなっていて襲われたら笑えないからね。

 そう思っているとナイトとレンもゲートをくぐってきて合流。


「何というか、通るときには気持ちが悪くなるような感覚ですわね……」

「そういうもの」


 顔色を悪くしているナイトにレンが答える。

 そういえば、ナイトと騎士は同じで同じじゃないから初めての感覚だったんだった。

 それでもナイトもここは既に敵の領域なのだということを理解しているようで、すぐに立ちあがった。


「もう大丈夫ですわ。それにしても……同じ校舎のように……見えますわね?」

「そういえばそうだね。けど、窓から外は見えないみたいだ」

「モンスターの気配は……感じられない? とにかくモンスターか、連れ去られた生徒を見つけないと」

「そうですわね。とりあえず……3階から見回しますか?」

「当り前だけど……分かれて行動するのは危険だね」

「それじゃあ、3階から見回って探そう」


 彼女たちの頷きを見てから、ボクらは歩きだす。

 3階は1年生の教室があるはずだけど、どうなっているだろう?

 そう思いながら3階にのぼると、ここがゲートの向こう側であることが理解できた。


「『年一科学科業農』……『農業科学科一年』だよね? これって、鏡文字になっている?」

「というか、こっちから3階に上がったら最初にある1年の教室って『農業科一年』だったよね?」

「そうですわね。記憶によれば『農業科一年』で、真ん中が『商業科一年』で、その奥が『普通科一年』ですのに、目の前の教室は『農業科学科一年』ですわね。その次はえっと……『畜産科一年』で最後は『調理科一年』」

「ここが鏡の中だから建物の配置自体が逆さまになっている?」

「かも知れませんわね」


 教室の表札がほとんど鏡文字になっていて読みづらい。

 そのせいか、見た目はボクらの通う校舎のように見えるのに、違和感が感じられた。

 きっと別棟にある『科学室』は『室学科』といった感じになっているだろう。

 そんな風に思いながら、教室のなかを調べようと扉に手をかけたけどぴったりとはまっているかのように動かなかった。


「ふんっ! ……無理か」


 試しに力を込めて引いてみたけど、扉の絵が描かれた壁かってぐらいに扉は動かなかった。

 なら次の教室は? そう思いながら移動して扉に手をかけたけれど、同じだった。


「どうだった?」

「こっちもダメですわ。まるで一種のテクスチャといった感じに見えますわ」

「ああ、ゲームでいうところの背景ってやつ?」

「はい。まるで低予算で創ったゲームのように元々ある校舎をほとんど同じように宛がったけど、それを行ったクリエイターが雑だったために上手に作られていないといった感じのように思えますわ」


 それから少しして、3階の教室を見てから下に降りて2階に移ったけど、同じように教室の配置も変わっていて、扉を開けようとしたけど……やっぱり開かない。

 そんな中でナイトがゲームみたいだと言ったけど、言い得て妙だと思う。

 しかも、これまで移動していてもまったく……。


「モンスターが出て来ない……」

「ええ、いったいどこにいるのでしょう?」

「なんだか嫌な予感がする」

「だね」「ええ」


 モンスターがまったく出て来なかった。

 3階、2階の教室をグルリと周ったけれど、モンスターと出会うことがなかった。

 前の世界ではこういう密室みたいな造りをした場所でもひとつのフロアや通路で1回や2回は戦うのが当たり前だったというのに……モンスターが居ないのだ。

 誰かが倒した? いや、それは違うと思う……。じゃあ、何処かに隠れている?

 とにかく、気を付けて探索を行おう。

 そう思いながら、ボクらは廊下を歩き探索を続けた。


 ………………。

 …………。

 ……。


「くそっ! 次から次へと!」

「四夜さん、前に出すぎですわ!」

「ふたりとも直線状に立たないで、誤射する!!」

「ごめん!」「すみません!」


 カチャカチャとガラスが擦れる音が響き、それに対してボクが剣を振るうとパリンッと激しい音を立てて割れる。

 けれどボクが剣を振るった隙をつくようにして、周囲から人型の鏡はいっせいに剣のように鋭く磨かれた鏡の腕を振りあげてボクへと下ろした。

 だけど、そんなボクを護るようにナイトが前に飛び出し、振り下ろした鏡の腕の攻撃を防ぎ、それらを受けて沈んだ体をバネのように一気に伸ばすとまとめてはじき返した。

 それにより人型の鏡が数枚パリンパリン割れる。

 更に後ろから声が聞こえると同時にボクとナイトが左右の斜めに下がった直後、数本の矢が放たれ、前進してくる人型の鏡の頭を数枚ほど撃ち抜いた。

 その度に人型の鏡は割れて床に砕けた鏡がまき散らされていく。だけどしばらくすると割れた鏡は体を繋ぎ合わせるようにしてくっつき……再び動き始めた。


「ああくそ、キリがない!!」

「そうですわね!」

「そんなことを言っている場合じゃない。はやくどうにかしないと!」


 あれから探索を続けて1階に移動した。

 だけど1階も同じように扉は開かず、次は別棟へと向かおうかと思いながらそっちに向かって歩いていた。

 すると、まるで誘い込まれたのかボクらが歩いてきた通路を塞ぐかのように大量の人型の鏡が襲い掛かってきた。

 初めて見るモンスター。だけど戦った感触は何処かゴーレムに近いと感じながら戦っていたけれど、こいつらは厄介な性質を持っていた。

 いくら戦っても数が減らないのだ。

 理由は、叩き割ったはずのモンスター同士が合わさって再び同じ人型の鏡になっているからだった。


「また再生した……。これは完全に消滅するなりどうにかしないと無理みたい」

「魔法武器とかならワンチャンあるけど、生憎と持っていない!」

「四夜さん! ――くぅ!?」

「ナイト!! みんな……、別棟に逃げるよ!」

「四夜、良いの?」

「うん、誘い込まれてるみたいで癪だけど……乗るしかない!」


 大量の人型の鏡の波をシールドで受けるナイトだけれど、物量がありすぎたみたいで苦しそうな声が漏れる。

 その声にボクは決意した。そしてレンが心配そうにボクを見るけど……何が居たとしても叩き潰せば良いだけだ!


「わかった。ナイト、アローレイン使うから命中と同時に離れて」

「分かりましたわ!」


 レンが頷き、ナイトにそう言うと彼女は返事をする。

 そしてレンは弓をすこし斜めに構え、数本の矢を番えると一気に引く。


「いくよ。――【アローレイン】!!」


 スキルを叫ぶと共に矢は放たれ、放たれた3本の矢はスキルによって数を倍々に増やしながら前進してくる人型の鏡へと降り注ぐ。

 雨のように降りそそぐ矢が人型の鏡に命中するたびにパリンパリンと割れる音が響き渡るけれど、どうなっているかを確認することなくボクらは走りだす。


「二人とも、走るよ!」

「わかった」「わかりましたわ!」


 この先に何があるか分からないけど、これ以上大変な事態にならなければ良いな。

 まあ、無理かも知れないけど……。

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