3-2.知らぬ間にできた守る会と追い返されるあれ(別視点)

「はー、っだるー……」

「本当、だるいよねー。サボっちゃう?」

「いや、速攻バレるからムリっしょ」

「つか、この年になって体力テストって子供じゃないだからさー」


 何時もつるんでいるギャル仲間と会話をしながら、アタシ、伊地和瑠奈いじわるなは体力テストを受けるために更衣室で体操服へと着替えていた。

 同じようにグダグダと言い続けているギャル仲間もちゃんと体操服に着替えているから、決して不良というわけではない。

 まあ当たり前か、不良とかだったら聖ファン高に入学なんてできないからここに入学している時点で不良とまでは見られていないということだ。

 そんなことを思いながら、アタシは更衣室の隅っこで着替える女子を見る。

 高校生にしては小柄で、くすんだ灰色のような日本人離れした髪色をギチギチの三つ編みにしたクラスメイト。

 正直なところ、昭和コスかって言いたくなるぐらいに地味すぎるうえに陰キャなんだけど、どういうわけか構われている。

 なんつーか、ムカツク。


「瑠奈っち、何見てんの? って、ああ、あの根暗?」

「うん、そう。なんつーかさ、色々うっとおしいなって」

「あー、そうだよね。まわりにカベ造っているくせに、周りが気にするとかお前はお姫様かよっての」

「護ってあげたくなるとか思わないっつーのにね」

「そうだ。だったらさ、一度〆ない? うちらみんなで囲んでさ、いい加減にしろって」

「うーん、……ま、聞くかはわかんないけど、言ってみようか。ちょうど体力テストの後ってそのまま解散だし、ここで囲んで逃げられないようにしてさ」


 ちょっとだけ悩んだけど、一度だけ〆たら陰キャだけどアタシらは気にならなくなるだろうと考えて提案する。

 大っぴらにイジメっぽいことは躊躇ってしまうから、陰険だけど良いよね?

 その提案にみんなは賛同し、テスト後に〆ることが決定した。

 そしてアタシらがそんなことを考えていることを知らずに、根暗只野はリストラサラリーマンのように肩を落としながら体育館へと向かった。


 ●


 聖ファン高の体力テストは普通に身長体重から始まって、体育館で握力・上体起こし・前屈・反復横跳び・シャトルラン・立ち幅跳び・跳躍力を行って、後日体育の授業で1500メートルの持久走と50メートルの短距離を測るものだった。

 やる気がないけど人並みには体力があるアタシらはある程度の結果で、真面目な委員長グループは全力で行っていたからか汗ぐっしょりの肩で息して好成績を残していた。……まあ、体育会系のグループには敵わないだろうけど。

 そして測定が終わった後は他のグループの様子を見たりしていたけど、根暗陰キャ只野……あれは体力がゴミだったみたいだった。


「ぜ、ぜひ、ぜは……う、うぅ……」

「うわ、あれは酷い……」

「そうだね」


 握力は全然無いようでググっと握力系を握っていたし、前屈しようとしたら体が硬いのか動かない、上体起こしは上半身をプルプルさせながら何とか1回だけ、シャトルランでは足を引っかけて見事に転んで、幅跳びでは顔からダイブ、跳躍力も平均以下。

 体力テスト後の根暗陰キャ只野を〆るために馬鹿にするための材料を手に入れようとしていたアタシらだったけど、あまりの体力のなさと運動音痴ウンチっぷりに絶句してしまっていた。というかこれは酷い。

 そんな感じに体力テストが終わったころには、根暗陰キャ只野はボロボロだった。

 だけど、どういうわけかメガネが落ちなかったのは意味が分からない。

 ま、そんなのは別に良いけど。


「なんつーか、これからさらに追い打ちをかけるのは可哀そうって思うけど、仕方ないよね?」

「あー、うん……そだね」

「まあ、うちらは悪くないって思っとこ」

「「だね」」


 仲間同士にそう言いながら、アタシらは体力テストの終わりを待つ。

 しばらくしてテストが終了して石先が体育館に入ってきて、各自で着替えて教室に戻るようにと言って授業の終了を知らせた。

 それを聞いてクラスメイトたちはそれぞれ体育館から出て行く。だけどアタシらは根暗陰キャ只野が動くのを待つ。

 根暗陰キャ只野は体力テストでかなり体力を使ったようで、座りこんだまましばらく動かなかった。

 けど5分ほどジッとしてから、ゆっくりと立ち上がるとフラフラしながら更衣室へと歩いて行く。

 それを見ながらアタシらは何食わぬ顔をして根暗陰キャ只野の後ろを歩き、更衣室にはいってから少しして中へと入る。

 更衣室の中に女子はあまり残っておらず、真面目過ぎる委員長グループのメンツは……居ない。居たら厄介だし。

 アタシが目で合図を送ると、仲間は根暗陰キャ只野へと近づいていく。あんなでも逃げられたら面倒だから、出口を塞ぐようにして壁際に追いやるようにだ。


「……なに?」


 アタシらが近づいて自分の周囲を塞いだことに気づいたのだろう、根暗陰キャ只野はこっちを見ながらどこか面倒臭そうに淡々と尋ねてきた。

 ちなみに汗とよごれで汚くなっていた体操服の上を脱ごうとしていたときに近づいたから脱ごうとしていた上着を着直した。……なんか、イジメ感はんぱねぇ。

 心でそう思いながら言葉を詰まらせるアタシだったけど、隣に立っていた仲間に肘で小突いてきたからハッとしながら口の端を歪めながら前に出る。


「た、只野さぁ、あんたちょっと何様のつもり?」

「どういう、いみ?」

「あんたのせいで、アタシらいい迷惑してんのよ。あんたが何にもしないから変なのがジロジロクラスの中を見てるからいい気分じゃないの」

「そうよ。それなのにあんたは守られてるって何様? お姫様かっての」

「…………ごめん」

「あやまってほしいわけじゃねーの!」


 ジリジリとアタシらは根暗陰キャ只野を壁へと押し寄せていく。

 責められるさまに何というか罪悪感を感じてしまう。だけど、何処かイライラしてしまう。

 あやまっているんだけど、人間……目元が見えないとあやまっているとか分からないし、表情も乏しいからか口元の変化も見られない。

 だからその場しのぎであやまっているように見えた。それがアタシの癪に障って、気づけば根暗陰キャ只野の肩を掴んで壁に押し付けていた。


「いっ」

「只野、あんたアタシら舐めてる? あやまってるよーに見えないんだよ」

「ちょ、瑠奈、落ち着いて……」

「マズいよ。誰か出て行ったから先生呼んでくるつもりだよ!」

「うっさい! そんな分厚い眼鏡付けてるから、目元が見えないんだよ。それ取ってもっかいあやまれ!」

「あ……っ」


 周りが止めているけど、我慢できない。

 壁に押し付けて動けないでいる根暗陰キャ只野の顔へと手を伸ばし、その目がまったく見えない分厚い眼鏡を無理矢理取った。

 瞬間、怯えながらアタシを見る不安そうな蒼い瞳と目が合った。合ってしまった。


「「「あ…………え、え……?」」」

「やめ、て……」


 戸惑うアタシらの耳に、震える声が届く。悲しいという感情が伝わるほどの声……それが根暗陰キャ只野の口から出たものだというのに頭が理解するまで少し時間がかかった。

 なぜなら、目の前に怯えたがいたから。

 潤んだ蒼い瞳、アタシが壁に押し当てた衝撃で緩んだのかギッチギチの三つ編みが解けてウェーブのようになったくすんだ銀色の髪。

 そしてそれらのパーツを最高級品に仕立てるほどに整った顔立ち。……間違いなく妖精と称されてもおかしくないほどのがそこには居た。


 正直根暗陰キャだからブスだと思ってたけど……美人って、本当にいるんだ。


 そんな思いが頭の中を駆け巡る。きっと只野の顔を見た仲間たちも同じように思っているに違いない。

 眼鏡を持ったまま動かないアタシらを見ながら、只野は言う。


「めがね、かえして」

「え、あ、う、うん。ごめん……」

「貴女たち、何をしているの!」

「「「うひぃ!?」」」


 言われるがまま奪い取っていた眼鏡を只野に返すと、彼女は受け取りすぐにかけた。

 その瞬間、妖精は何処かに行ってしまった……。いや、根暗陰キャに戻っただけだ。

 あの妖精が目の前にいる眼鏡の根暗陰キャだなんて……。

 只野の素顔に思いをはせていた直後、飛び出したクラスメイトの誰かが呼んできた女の先生が更衣室へと入ってきたため、アタシらはビクッとした。

 そして恐る恐る振り返ると……、問題を起こす生徒に対して口うるさいと評判の調理科の先生が腕を組んで立っていた。呼んできたやつ、なんつー先生を呼び出したんだよ!?

 この状況を見たら絶対うるさく言われる。そう確信しながらアタシは戦々恐々とする。


「答えなさい。貴女たち、寄ってたかってクラスメイトをイジメてるのですか!?」

「え、えっと、それは……その……」

「ち、違うんですよ! あたしらはその……」

「イジメていた貴女たちに聞いていません! そこの……えっと、只野さんに聞いているんです! 只野さん、貴女はイジメられていたのですか?」


 威圧感を感じながら先生が近づき、アタシらは只野から離れる。

 そしてアタシらと入れ替わるように先生が只野へと近づき、イジメの有無を聞くけれど……只野にとってはどう思っていたのかで、アタシらへの罰則は決まる。

 入学して早々に問題が起きて両親に知られたら、仕送りが止まるかも知れない。

 そう思うと通販で買おうと思っていた服や化粧品が買えなくなると思って恐怖した。

 仲間も同じように思っているのだろう、同じようにがくがく恐怖しているのが見えた。

 そしてアタシらは全員、先生に近づかれた只野を見る。

 ギチギチに結んでいた三つ編みは解けてるけど、眼鏡をかけ直して地味になった姿。だけど体力テストで何度も転んだりして汚れたからか体操服が汚く見えた。

 イジメたつもりはないけど、どう見てもイジメたようにしか見えない。

 だから先生もそう思ったに違いない。

 けど、只野は……。


「されてない」

「「「え……」」」

「只野さん? もしかして、この子たちにイジメられていないって命令されたの? だったら心配しなくても良いのよ。先生たちが守ってあげるから、ね。本当のことを話してちょうだい」

「されてない」


 只野は淡々とそう言うだけで、何度も説得をする先生だけど……曲げないことを理解したようで先生のほうが最終的に折れてしまった。

 そして「今度イジメられたときはちゃんと言うのよ」と心配そうに只野を見てから先生は更衣室から出て行った。

 そんな様子をアタシらは茫然としながら見ており、しばらくその場で立ち尽くしていた。

 只野はアタシらに視線を向けることなく、汚れた体操服を脱いで制服へと着替えていく。

 手早く着替え終えると只野はスタスタとアタシらの脇を通って、更衣室から出て行こうとしたところでハッとした。


「た、只野!」

「なに」

「っ! な、なんでアタシらがイジメたって言わなかったんだよ!? 庇ったとでも言うつもりなわけ!?」


 呼び止めた只野が面倒といった感じに振り返った。

 それにビクッとしながらも、アタシは声を荒げて喋る。

 助かったと思った。けど庇われたように感じてイラっとしてしまっていたと思う。

 そんな憤るアタシを只野は何も言わずにいたが、コテンと首を横に傾けた。


「……イジメてたの?」

「あ、いや、違うけど……」

「だったらいい。……顔のことは、言わないで」


 うろたえるアタシに只野は何事もなかったと扉のほうを振り返るとそのまま出ようとする。けど、最後にアタシらに向けてひと言だけ言ってから今度こそ更衣室から出て行った。

 そんな彼女を心配してか、アタシらの様子を見ていたクラスメイトが只野を追いかけるように更衣室から出て行くのが見えた。

 残されたアタシらは茫然とする。

 あれは只野にとっては、イジメと感じるものではなかったのだ。……つまりはそれ以上に酷いことをされたことがあるってわけ?


「あたしらのアレ……イジメって思わなかったんだ……」

「うん……、そうみたいだね」

「それって、それ以上に酷いことされたことがあるってことかな?」

「どう、だろ……?」

「あと眼鏡とったときの潤んだ眼で見られてたら、罪悪感はんぱないよね」

「「それ、わかるわ」」


 あの蒼い瞳を潤ませて泣きそうな表情でこっちを見てくる破壊力はかなり高かった。

 同時に庇護欲っていえばいいのか、護ってあげたいって気分になってしまう。

 それほどまでに只野の素顔は綺麗だった。テレビに出演するアイドルなんて目じゃないくらいに。


「只野に悲しい顔、させたくないよね」

「うん、あとあの素顔はあたしらの秘密にしておきたいし」

「「それは只野にも言われたしね」」

「只野の素顔を秘密にしたいし、只野に悲しい顔をさせたくない。だったらどうする?」

「「そんなの、決まってんじゃん」」


 アタシが口にすると、左右に立つ仲間はドヤ顔で見返してくる。

 分かり切っているけど、アタシらは口を揃えて言う。


「「「アタシらで只野を守っちゃえば良いじゃん!」」」


 アタシらはそう言ってから、制服へと着替える。

 そして教室に戻ってカバンを取ると途中の商店街でお菓子やら夕飯やら何やらを買い込んで、寮に帰ると只野をどう守ろうかと話をした。

 この日の夜、アタシら3人で『只野シミィンちゃんを護っちゃう会』を結成し、翌日に即座に活動を始めた。

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