2-1.(厄介さんとの)出会い
聖ファンタジー高等学校から歩き、商店街を通り過ぎて畑道を歩き続けること15分。
畑に囲まれた道の先には1件のログハウスがあり、そこはわたしの家であると同時に料理屋だ。
スウェーデン料理を中心に北欧の料理をていきょうするお店は『ドルイドの食卓』という名前で、誰にでもフレンドリーな日本人シェフのパパとおっとりとした美人なスウェーデン人ウェイトレスのママが切り盛りをする小さなお店。
基本的にパパとママの夫婦2人だけでお店をしているから、店内は広いわけじゃなくて4人掛けのテーブルが6つある最大で24人が入れるほどの広さ。しかも、お昼の3時までしか営業しない。
それでも日本人向けに食べやすくしたパパの作る北欧の料理にリピーターは多くて、休みの日になればお店の味を求めてお客さんがお店から畑道まで並ぶほどだった。
ちなみに並んでくれている人たちも畑道にゴミを捨てたり、タバコを捨てたりなんてしない。したら、……ふふふ。
平日だけどある程度並んでいる客をチラリと見ながら、わたしはこそこそと裏口へと回る。裏口と言っても、こっちがわたしにとっての家の入り口。
ガチャリ、と扉を開けて中へと入ると美味しいにおいが漂ってきた。
そのにおいに小さくお腹がキュルルと鳴いたけど、パパの美味しい料理だからしかたない。
「ただいま」
「おっ、シミィンおかえり! 入学式はどうだった?」
「普通、だった。パパ……仕事、手伝おうか?」
わたしが声をかけるとパパがこっちを見て、笑顔を向ける。
それに返事をしながら、忙しそうにしているパパに尋ねた。そんなわたしを見ながら、パパは考えていたみたいだけど……。
「ん~……、いや、今日は大丈夫だ! というか、シミィン。お前すっごく眠そうだろ? 朝ご飯のときだって、こっくりこっくりとしてたぞ?」
「う、それは……」
「入学式に緊張してて眠れなかったんだろ? そんなお前に手伝えなんて言えないって」
「……そんなところ。ごめんね? じゃあ。お部屋で、寝てるね」
「おう! よく眠って、よく食べて、いっぱい成長しないと!」
パパの言葉にちょっと申しわけなさを感じながらも、わたしはキッチンから2階への階段を上がる。
お店ではママが接客をしていて、ちらりと目が合ったときに軽く手を振ってくれた。
2階に上がると扉があって、ここから先がわたしたちが住む家だった。
扉を開けてすぐのリビングを通り抜けて、部屋に入ると持ち帰った教科書とカバンを机の上に置いてから洗面台で手洗いとうがいをする。
部屋へと戻って制服を脱いで、仮眠のためにパジャマに着替えて髪を解いて眼鏡を外すと机の上に置いた。
そしてベッドに倒れ込むようにして寝転ぶと、ふわっとくすんだ銀色の髪が視界に舞う。
「つかれた……。あ、おひる……べつに、いいや…………」
お昼ご飯を食べていなかったことを思い出したけど、それ以上に眠くて……わたしは、1分と経たずに眠りに落ちた。
――――コンコンコン。
「んっ、んん……ぅ」
『シミィンちゃ~ん、そろそろ晩ごはんよ~』
「ごひゃん……。ふぁい……」
ノックの音に段々と目が覚めてきて、体を起こす。
そんなわたしの耳にのんびりとしたママの声が届き、妙な返事を返してしまう。
でもママはわたしの声に満足したみたいで部屋の前から離れて行ったのを感じ、体をググっと伸ばして軽いストレッチをしてベッドから出るとカーテンを開ける。
空が茜色になっていて、時計を見ると夕がたの6時を過ぎていた。
……半日は寝てたみたい。だけどそれだけ寝たからか頭がだいぶすっきり。
眠気が取れて満足しながら、部屋から出ると美味しそうな匂いが漂ってきた。
匂いに誘われるようにしてリビングに向かうとママがテーブルに料理を並べていた。
「ふふ~、ようやく起きたわね~。おはよう、お姫様~♪」
「おはようママ。……お姫様は、恥ずかしい」
「あらあら、私もパパもシミィンちゃんはお姫様よ~」
「…………ん」
頬に手を当てながら、ママはにこにこ微笑みながらわたしを見て言う。
そんなママの言葉に顔が熱くなるのを感じつつ返事をすると、ギュッと抱きしめて優しく髪を撫でてくれた。
パパとママが大事だから、そう呼ばないでとは言えない。
そう思いながらわたしはされるままに撫でられていたけれど、くぅとお腹が鳴った。
「あらあら、お腹がすいているみたいね~。ごはんを食べましょうか~」
「ん……」
「パパが入学祝いだって張り切って作ったわよ~。今だってシミィンちゃんのお祝いケーキを作っているし~」
「それは……楽しみ」
パパの料理は美味しいから、本当に楽しみだ。
そう思いながら本当にお姫様のようにママに案内されて席にすわる。
テーブルの上にママが並べた料理は黄エンドウ豆のスープのアートソッパやジャガイモとアンチョビのキャセロールであるヤンソン氏の誘惑、それとスウェーデン風ロールキャベツのコールドルマ。
どれもこれも美味しそう。そう思っていると目の前に積み重ねられた小さめに焼かれたクレープみたいな薄いパンケーキがのった皿が置かれる。
食事用のパンケーキだからあまり甘くないけど、アートソッパにひたしてもいいし、ヤンソン氏の誘惑をすくって乗せてもいい。いろんな方法で食べることができる美味しいパンケーキ。
「おまちどうさま~。できたてであつあつだから、気をつけて食べるのよ~♪」
「ん、わかった。……いただきます」
「う~ん、パパの料理は本当においしいわ~♥」
「うん、おいしい……」
ママの言葉に返しながら、スプーンを手に取ってアートソッパをすくってすする。
煮込まれた黄エンドウ豆の柔らかい歯ごたえ、とけた野菜とベーコンのうま味が口の中に広がって慣れ親しんだ味だけどほんとうに美味しい。
同じようにアートソッパを口にしているママも満足そうに微笑んでいる。
「よかったわ~。パパにも美味しいって言ってあげなきゃね~」
「ん、わかった」
返事をしながらパンケーキをフォークのおなかでよっつに折ってからフォークで突きさして、口に運ぶ。
もちもちとした感触が口の中に広がり、噛みしめる度に小麦の味が美味しい。
けど違う味もほしいと思いながら、スプーンでヤンソン氏の誘惑をすくってパンケーキの上に乗せてから包むようにして口に運ぶ。
生クリームの味わいとアンチョビの塩辛さが口の中に広がり、玉ねぎとジャガイモの食感も良い。
コールドルマを挟むのもいいし、口直しにリンゴベリーのジャムを塗るのもいい。楽しみ方がいっぱいだ。
「うふふ~、本当に美味しそうに食べるわねシミィンちゃんってば~♪」
「そんなに見られると……はずかしい」
「照れちゃって~、本当にかわいいわ~」
ママにそう言われて恥ずかしくなってわたしは下を見る。
かわいいってママやパパに言われるのは、嫌じゃない。
でも……、わたしよりもかわいい人はいっぱいいると思う。
だけどパパとママにとってはわたしはかわいいんだろう。
でもかわいいって言われ続けるのは恥ずかしいから、話題を変える。
「……パパ、遅いね」
「そうね~。きっとケーキの仕上げに時間がかかっているのよ~」
「そう、なんだ」
どんなケーキを持ってくるのか気になる。
でも、晩ごはんなんだからパパもいっしょにいたほうが良い。というよりもいてほしい。
そう思いながらわたしはごはんを食べる。
だけどパパもいっしょだとよりおいしいと思っていたからか、わたしはごはんを食べるスピードが落ちていたみたいだった。
そんなわたしをママはニコニコと微笑みながら見つめてるけど……きっとこの表情はわたしのことをかわいいって思っている顔だ。
ママの表情に何とも言えない気分を味わっていると、1階からの扉が開かれた。
パパだ。
「わ、悪い! 飾りつけに集中しすぎて待たせた!!」
「あら~、ようやく来たのね~。集中するのもいいけど、シミィンちゃんがむくれちゃってるわよ~?」
「うわぁ、そうだよなぁ……悪かったシミィン!」
「……べつに、わたしはパパのこと、待ってないし」
「あらあら~」
「うぅ、そ……そうかぁ……」
慌てながら謝るパパにわたしはプイッと顔を逸らせて返事をする。
そんなわたしの仕草が面白いみたいで、ママはニコニコしていて、パパは見るからに落ち込んでしまっていた。
う……、悪いことをしたかも……。
「…………パパの料理、おいしいよ」
「シ、シミィン~……! 次は遅れないようにするから!」
「ん…………」
後ろめたさを感じつつ口にしたわたしの言葉にパパは嬉しそうに微笑みながら、笑顔を見せてくれたけど……次ってあるのかな?
あってもまだまだ先だと思う。
そう思いながらパパも椅子に座って食事を取り始めた。
……やっぱり、ママと2人だけじゃなくて、パパとママの3人で食べるとさっきよりもごはんがおいしい。改めてそう実感できた。
でも、パパとママ、どうしてわたしを嬉しそうに見ているの? 顔に出ていないと思うのに……。
少しだけ、ほんのすこしだけ納得がいかないと思いながら、わたしはご飯を食べる。
お昼寝でおひるご飯を抜いていたからお腹が減っていたみたいで、ぜんぶ完食することが出来た。
「けぷ……」
「ありゃ、お腹いっぱいそうだけど……ケーキ食べれるか?」
「ん、問題ない……」
はらはちぶんめという感じだと思うし、甘い物はべつばらって言うから。
そう思いながら心配そうにするパパを見ると観念したみたいにテーブルの中央に置いていたケーキが入った箱を開けた。
開けられた箱に入ったケーキは、わが家の定番であるプリンセストルタ。
誕生日に出てくる見なれた緑色のマジパンで覆われたケーキの上には、マジパン細工でつくられたかわいいお姫様。
白色の髪にピンクのドレス姿でティアラをつけたお姫様。……もしかしなくても、わたしかも知れない。
「シミィン、高校入学おめでとう! これから頑張っていこうな!」
「シミィンちゃんおめでとう」
「……ん、あり……がとう」
「うふふ~、照れちゃってかわいいわね~♪」
「俺はママもシミィンも両方かわいいって思うぞー!」
嬉しいと恥ずかしいという気持ちが胸の中でグルグルして、ありがとうとしか言えなかった。そんなわたしの頭をママが抱き寄せて撫でる。
更にパパがママとわたしを抱きしめる。……もう高校生だから、恥ずかしいと思うけど……うれしい。
心が温かくなるのを感じながら、自然と緩む頬を引き締められない。
そんな顔を見られないようにしながら、わたしは食後のお茶会(フィーカ)をパパとママとで楽しんだ。
コーヒーの代わりに出されたお茶を飲みながら食べたプリンセストルタは、本当に美味しくてお腹がいっぱいになるまで食べてしまい……しばらくわたしは動けなかった。
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