1-3.高校入学

「ようやく普通科のばん……」


 カメラが回ってるかもしれない。そう思って眠いのをこらえつつ、他の科が呼ばれていくのを聞いていたけれど、ようやく順番が回ってきたから立ち上がる。

 前を見るとクラスメイトになる同級生も眠いようで欠伸をしていたり、退屈だったみたいで面倒くさそうにしていた。

 見るからに、はやく終わって帰って何処かに遊びに行きたい。という風に感じられる。

 でもね、この辺りってまったく何もないから……電車に乗って終点の隣の市に移動しない限り、楽しめる場所はないよ。あと、1時間に1本で夜の10時に終電は終わるから。

 そんなことを知る由もないクラスメイトたちを見てから、わたしは体育館から移動する。

 科別の教室までの道のりは壁に貼られた紙を見ているから問題はない。

 教室に行ったら、自己紹介をするだろうし……それが終われば教科書を受け取るだけ。帰ったら、仮眠しよう……。すごく、ねむい。

 だんだんと体が疲れを感じはじめてきたみたいで、重く感じる。……階段をのぼっているから疲れがより感じるのかも。

 そう思いながら、3階に到着すると普通科の教室へと入った。


 3階の5つの教室が並んだ真ん中の教室。それが普通科の教室だった。

 中に入るとつくえといすは30席あり、普通科クラスは30人いるということがわかった。それで席は……つくえには書かれてない。

 そう思いながら黒板を見るとマスが書かれていて、その中に名前が書かれてた。

 黒板に書かれた指示に従って席に座っていると、少しずつ教室に入ったクラスメイトが席に座っていく。

 席に対しての文句が聞こえるけれど、わたしは窓側の後ろから2つほど前の席で別に問題はない位置だった。

 そして全員が教室に入ったのを見はからったのか、教室へと担任だと思う先生が入ってきて教卓の前に立った。


「さて、みんな集まったみたいだな? それじゃあ、自己紹介させてもらう。今日から普通科クラスを受け持つことになった石川だ。よろしくな!」


 石川先生はわたしたちに向けてニカッと爽快な笑みを向ける。

 何というか、熱血とまでは行かなくても生徒と親しく接するタイプといった感じの印象を感じる男性教師。

 まあ、いわゆる良い先生って感じだと思う。

 そう思いながら石川先生を見ていると、他の生徒たちが会釈や声を出しての挨拶をし、満足そうに頷くと口を開いた。


「今日はみんなの自己紹介を行ってから、解散となるけど……教科書の受け取りは忘れないようにな! それじゃあ、窓側の列から自己紹介を始めようか。頼めるか?」

「はい、僕は――」


 石川先生の言葉を聞いて、窓側の先頭の生徒が立ち上がり自己紹介を始める。

 紹介を聞きながらこれって、どういった席順で決められているんだろうと考える。

 どう考えても、あいうえお順じゃないと思うし……。

 そう思っているとわたしの順番が回ってきたらしく、石川先生から名前が呼ばれる。


「次は、只野か。只野?」

「……只野シミィン、です。よろしく」


 立ち上がり、自分の名前を告げて席に座る。

 すると先生がちょっと困った様子で話しかけてきた。


「只野、もうちょっとだけ自己紹介はしておいた方が良いと思うぞ? 例えば趣味とか、何か得意なものとかさ」


 素っ気なさすぎたみたいで、わたしを見て言う。きっと先生の想像を超えた紹介だったのかも知れない。

 だけど、わたしは「○○が趣味です」とか「○○が得意です」とかいう言葉はあまり好きじゃない。

 そう思っているとクラスメイトからの視線を感じた。たぶん、髪の色が気になっている?

 だったら、いちおう言っておこう。

 決めて、もう一度立ち上がる。


「……いちおう、この髪は地毛、です。マ――母がスウェーデン人、なので……」

「なるほど、他の先生も知ってると思うけど、一応は言っておくよ」

「ありがとうございます。以上……です」


 わたしはそう言って会話を終わらせ、座ると次のクラスメイトの自己紹介が始まる。

 その自己紹介を聞きながら、わたしはボーッと窓の外を見る。

 窓から見える空は青く、せいてんだ。

 そこから地上へとゆっくりと視線を下に向けていくと、畑が見えた。

 夏になると作物で緑が生い茂るようになっていると思うけど今はやっぱり土ばかりで茶色い。

 そんな畑を見ながら、窓から差し込むポカポカとした春の温かさがわたしを照らしてしまい、ウトウトしてしまう……ねむい。

 けど完全に寝てしまうのはダメ。そう思いながら必死に眠るのを頑張ってこらえる。

 そんな状態のまま、わたしは自己紹介をきいていたため……あまり名前を覚えることができなかった。


 ●


「それじゃあ、今日はこれまでだけど教科書はちゃんと受け取って帰るように! みんな、明日からはよろしくな!」

「「よろしくお願いしまーす!」」


 全員の自己紹介が終わり、石川先生が明るく言うと先生に親しみを覚えたクラスメイトの何名かが返事をする。

 それを見届けて先生は教室から出て行くと、クラスメイトたちが思い思いに会話を始めた。話の内容は……どこから来たといったものや、いまは何処に住んでいるかというものだった。

 多分だけど先生が来る前に話していたとか、自己紹介で興味があったとか、そんな感じだと思う。当然だけど、周りに関わろうとしていなかったわたしには誰も来ない。

 若干見られている感じがするけど、関わりたくないからカバンを持って立ち上がる。

 カバンを持って立ち上がったわたしに一瞬だけ視線が向いたけど、すぐに視線を外して会話が再開された。

 そんな話し込んでるクラスメイトを無視して、わたしは教室から出て行った。


 わたしがいま歩いている校舎は、上から見ると『甘』という漢字の真ん中を抜いたような形をしている。……廿って、にじゅうっていうんだね。

 まあ、『廿』という形の3階建ての建物が基本的に授業を学ぶ校舎で、進級するにつれて下の階に教室が変わっていく。1年が3階、2年が2階、3年が1階という感じに変わっていくという感じに。

 『廿』の真ん中の線は2階の通用口となっていて、移動するのに便利となっているようでそこから中庭が見えたけれど……色とりどりの花が植えられた花壇があった。

 きっと授業が始まったら、お昼休みにお弁当を食べる人が出てくると思う。

 もしくはこのまままっすぐ進んだり、1階から進める『廿』の右側奥にある大食堂で食べるのも手かも知れない。そのときになったら考えよう。

 ちなみに反対側の奥に進むと部室棟がある。生徒が多いから色んな部活があるみたいだけど……わたしはあまり興味が無い。


「とりあえず……多目的室はこっちで良いみたい」


 壁に貼られた紙を見ながら、わたしは呟き階段を降りる。

 他科の人だとここで教科書を貰う以外にも、専用の授業用の教科書や道具の受け取りを行わないといけないみたいだけど、普通科は必要なのは教科書だけ。

 廊下を歩き、多目的室の入り口に到着するとすでに他科の生徒が教科書を受け取っているみたいだった。

 その中へとわたしも入ると、受付を行っていた業者の人に名前をつげる。

 業者の人は名簿を確認して名前を見つけると、普通科であることを確認したようで言う。


「普通科ですから、ここに置かれている教科書を一部ずつ持っていってください。袋を持っていないようだったらビニール袋がありますので」

「ん、わかりました」


 返事をし、チェック用の紙を受け取ってカバンからエコバッグを取り出すと要所ようしょに詰まれた教科書をいちぶずつ取って、カバンの中に入れていく。

 数学、国語、英語、科学……学ぶのがおおい。けど、高校生なら当たり前なんだろう。

 数学1とか数学2とかってどんな違いがあるんだろう? まったくわからない。

 中学のころにはなかった内容の教科書もエコバッグに詰めこみつつ、どんな授業を学ぶことになるのか疑問に思いながら残りの教科書を詰めていく。


「これでいいはず」


 必要な教科書すべてを取り終え、チェック用の紙を見ながら確認する。

 ……うん、問題はない。

 必要な教科書を取り終えたことを確認して、わたしは多目的室から出て行った。

 そして下駄箱で靴を履きかえて、校舎から出ると家に向けて歩き出す。

 しょうじき、かなり、ねむい……。


「あふ……」


 口元を手で隠しながら小さく欠伸をしつつ歩いていると、校門の辺りで学校へと入ってくる指定ジャージ姿の女性に気が付いた。

 ジャージ姿で学校に入ってくるし、多分だけどきっと上級生だと思う。2年か3年か知らないけど。

 そう思いながらその女性を見た瞬間、その女性が理事長とは違ったタイプの美人だということに驚き、少しだけ見ほれてしまった。

 茶色に近い黒髪をポニーテールにして、はだは日焼けをしているからか小麦色になっていて、見るからに活発さだと感じさせるようなするどい眉毛にきれながの目と奥に見えるこい茶色の瞳。

 でも、それ以上に驚いたのは……なんでこの人、大きな剣なんて背負っているの?

 どう見ても演劇用のアイテムとかじゃないタイプの剣を持った女性がわたしとすれ違う。そのとき、一度だけこっちを見てきたけど……わたしはむしをした。

 だって、剣なんて背負っている時点で関わりたいと思わないから……。


 そう思いながら、わたしは再び歩き出した。

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