第55話 嘘つきの二人
遥かなる昔、創世の時代。
女神とは別に、この世界には神が存在していた。
男神と呼ばれた神は現在の魔王城に住み、自分の眷属を創造していた。
それが気に入らなかった女神は気が遠くなるほどの長い間、その男神と争った。
二柱の神の実力はかなり拮抗していたが、女神は自身の力を込めた神殺しの槍を創り出し、遂に男神を仕留めることに成功した。
「アイツの力を、私が全て奪ってやった。その時、全能感にも似た感覚を得たのだ……」
仮面の中でくぐもった声を出す女神。
神のような威厳もオーラも感じないが、それが逆に得体のしれない不気味さを醸し出している。
「私は更なる贄を欲した。もっと力を得て神格を高めれば、もっと上級の神になれると確信したからだ」
殺すことで相手の力を得ることが出来ると知った女神は、手始めに彼の眷属を皆殺しにした。
結果、彼女に敵う者は誰も居なくなった。
だが女神はそれでも満足できなかった。
世界を越えて、他の神よりも強くならなければ。
男神のように、自身の力が奪われないように。
「まだ足りない。そう思った私は、なら他の世界から連れてくればよいと思い付いたのだ」
「それって、まさか!!」
「――そうだ。その存在を魔王として育て上げ、私の分身が倒せば、更に力を得ることが出来るのだ!!」
豊穣と愛情の権化と崇められ、民からも慕われていた女神の正体。
それは、満たされることの無い自己への愛欲に塗れた存在だった。
「聖女モナよ。その身体を、私に寄越しなさい。そして女神像の槍を手に取るのです」
さも当然だと言うように、身体を明け渡せとのたまう女神。
そんな彼女がローブに包まれた腕で指差したのは、祭壇に安置されている女神像だった。
凛々しくも美しい姿の彼女が手にしているのは、古の悪神を討ち滅ぼしたとされる神殺しの槍だ。
実際には女神がかつての兄弟神を滅ぼし、自らが唯一神となるために生み出した特別な武器。
肉体が滅んでも復活する男神を殺すため、精神体や魂といったものだけを確実に仕留める能力を持つと言われている。
しかしまさか、この教会の女神像が持っている槍が本物だったとは。
「そしてその使い物にならない勇者の人形を、神殺しの槍を
要するに女神は、魔王討伐のやり直しをモナの身体を使ってやろうとしているようだ。
ただし今回は勇者ではなく聖女の身体を借り、レオの身体の中に居る魔王を殺す。
神殺しの槍を使えば、彼の力は全て自分のモノとなって返って来る。
「あ、主よ!! まさか、あの像にあるのは本物だったのですか!?」
「そうだ。私がこの地上で神力を発揮するためのキーともなっている、まさに神器であるぞ」
代理とはいえ、神の武器を持てるとあれば信徒としてはこれ以上ない程の誉れである。
その身に女神を宿せるのも、聖女であれば喜んで差し出すだろう。
だがそれも、今までの
「そんなこと、絶対にお断りよ」
「聖女の洗礼を受けたものは、例外なく私の分身。悪いが、問答無用で従ってもらう」
「逃げろ、モナ!! コイツは魔法でキミを操ろうとしている!!」
「魔王は黙っていろっ!!」
警告をするウルを隣に居たミケが殴り飛ばす。
女神はそんな二人に構わず、ガバッと両腕を上げると、ブツブツと何か呪文を唱え始めた。
どうやら契約魔法の応用で、自分の魂を聖女であるモナに自身の魂を植え付けようとしているようだ。
両手から放たれたオレンジ色の光球が、狙い違わず目標に命中した。
これで聖女は再び女神の操り人形に変貌した――かと思われたが。
「な、なぜ魔法が発動しないのだ!?」
「それは当然よ? だって私、聖女じゃないもの」
頬に手を当て、ワザとらしくふふふ、と上品そうに笑うモナ。
やがて彼女の姿は次第にブレ始め、少しずつ本当の正体を現し始めた。
「ま、まさか……貴様は……」
「あーあ、残念だよ。アタシはミケのことを応援していたのに。愛してるとか言っておいて、お姉ちゃんのこと……聖女っていう肩書きでしか見てなかったんだね」
「お前……リザだったのか!! クソッ、僕を騙したな!?」
「ふんっ、それはお互いさまでしょ? それよりも……良かった、時間稼ぎは成功したみたいね!」
完全にリザの姿になった彼女は、なにかを感じ取ったのか教会の入り口がある背後を振り返った。
その視線の先には、少しグッタリとしている母レジーナの姿と、嬉しそうにピースをするモナが居た。
「ど、どうします女神様!」
「ふん、慌てるな。この場にやって来た時点で、聖女なぞ私の人形よ」
先程と同じ呪文を使い、ノコノコと現れてしまったモナに向かってオレンジ色の魂を飛ばす。
高速で一直線に向かったそれは、避けようとしたモナを追尾するようにして衝突した。
「お姉ちゃん!」
「「モナ!!」」
「ははは!! いいぞ、神と同化した彼女こそ僕の伴侶に相応しい!!」
あっという間の出来事で、結界を張る隙も無かった。
抵抗も許されず、女神の魂が身体に入ると……モナの身体がビクンと大きく跳ねた。
そしてゆっくりと、彼女の髪が汚染されたように黒く染まっていく。
女神の乗っ取りは成功してしまったようだ。
だがモナは悲壮感に囚われることも無く、それ以上の抵抗することも無かった。
何かを信じている様子で、不敵な笑みを浮かべるとウルに向かって別れの言葉を吐いた。
「ウル。貴方に最期に伝えとくわ。貴方のこと、やっぱり好きになれなかったわ。むしろこんなことになって……大っ嫌い」
「ふ、ふふふ。そうか、キミの気持ちは良く分かったよ。俺も本当はね、モナのことが大嫌いだったんだ」
「えぇ、そう。それなら……とっても嬉しいわ……この、
最期の別れ際で、仲違いの言葉を交わし合う二人。
完全に取り込まれてしまったのか、モナは頭をガクっと力なく垂らしてしまった。
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