第56話 契約違反のペナルティ

 

「ははは、仲間割れか? さぁ、女神様。神殺しの槍を持ってあの偽物を殺してください!」


 モナは女神像にあった神殺しの槍を持ち、聖魔法を込める。

 ただのイミテーションだと思われていたそれが、まばゆい光を放ち始めた。



「……? どうしたんですか。僕が押さえていますので、はやく!!」


 ミケが女神となったモナを急かす。

 彼女はまだ床に倒れたまま、一向に動かない。



「な、何故なんだ!?」

「それは既に俺が彼女を手に入れていたからさ」


 ミケに床へ押し付けられながらも、クツクツと笑う魔王ウル。

 どうやら彼女が動かないのは、この魔王のせいだったようだ。


「俺とモナの間には契約魔法によって取り引きがされている。今の彼女は、身体も魂も全て俺のモノだ」


 契約違反をした者は、大事なモノを契約者に奪われる。

 モナは最後の最後に嘘をついた。

 わざと契約を破ったことで、文字通りひとつ残らず自分の全てを彼に奪わせたのだ。



 彼女の心の中では、異物である女神がモナによって取り押さえられていた。

 本来であればとっくにモナを掌握し、自分のモノとしていたはずなのに。モナとウルの最期の足掻きによって、立場が完全に逆転していた。


「残念だったわね……でも、自業自得よね? さぁ、私の家族をメチャクチャにした報いは受けてもらうわよ」

「ば、ばかな……聖女なら世界のために役目を果たせ!! 今すぐに――!!」

「その聖女だってアンタが作ったシステムでしょう。それに従ったところで、それは世界の為じゃない。アンタの自己満足のためよ」

「やめっ――!!」



 モナは自分の身体ごと、神殺しの槍を心臓に突き刺した。


 精神体だけを殺す槍によってモナの身体には傷一つない。代わりに、ローブを着ていた女神の身体がボロボロと崩壊し始めていた。

 女神は己が生み出した最強の武器によって、その身を滅ぼしたのだ。



「そん、な……う、ぐうう。こ、このまま死んでたまるか。もういい!! ミケっ、その男もモナも全員殺せ!!!!」

「はい」



 すっ、とミケの表情が消えた。

 すでに魂から忠誠を誓ったことで、彼はとっくに操られていたようだ。


 ミケは自分の腰元に差していた宝剣を抜くと、床に倒れ伏していたウルに突き刺そうと振りかぶった。


 時が限界まで引き伸ばされ、スローになる。

 モナが危ない、逃げてと叫びながら近寄ろうとするが、残酷にもその手は届かない。



 ゆっくりと訪れる、最期の間際。

 ミケの剣が首元に触れる寸前、ウルは何か口を動かしていた。


 魔王ウルの首が飛んだ瞬間、女神の死骸が絶叫する。

 女神の仮面のなかはグズグズになった肉塊のようだった。どうやら女神はモナ達が倒した魔王、サルバトーレ=ウルティムの死骸に自分の魂を入れて利用していたようだ。


 新しい身体を求めていたのは、この身体が朽ちかけていたからかもしれない。



「これでお前の大事な人は全員こわしてやった、ざまぁみろ……はは、ははははっ……」


 それだけ捨て台詞を吐くと、モナの中に僅かに残っていた女神の欠片が完全に消えた。


 しばしの間、沈黙が訪れる。

 モナはすすり泣きながら、レオであり、ウルだった亡骸を抱き寄せている。



 これですべてが終わった。

 この世界から女神は消え去り、モナはしがらみから解放された。

 だが、代償として愛する人を亡くしてしまった。



 そしてこの結果に納得できない人物がもう一人。


「モナ……僕の大事な人……だけど手に入らないならもう要らない……」


 血に濡れた宝剣を引き摺りながら、ゆらりとモナに近付いていく。


 モナは逃げもせず、ウルから離れようとしない。

 それが一層ミケの殺意を増幅させてしまったのか、頬から涙を一筋流しながら剣を振り上げた。



「あぶない!」


 咄嗟に放ったリザの炎魔法がミケを吹き飛ばす。


「がああっ、モナあああっ!! モナァァアア!!」

「ごめん、ミケ……でも、もう……お姉ちゃんを解放してあげて……」

「モナ……モ、な……」


 自分自身で招いた嫉妬の炎に焼かれ、遂に息絶えるミケ。



 戦いが終わり、全員がモナのもとへ駆け寄ってきた。

 母レジーナがボロボロになっていた娘に必死で回復魔法を掛ける。



 温かい光に包まれながら、モナの意識はゆっくりと遠ざかっていった。






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