第51話 似たもの姉妹
「なぁ、そろそろ出てきたらどうだ?」
モナは既にこの家からは出て行った。
彼の視界の先には、当然誰の姿も無い。
だからと言って、別にウルが酔っ払って幻覚を見たわけでもない。
魔法を極めた魔王である彼だからこそ、自身の家の違和感を感じ取ったのだ。
無言のまま、気配を感じた方をジィと睨みつけると、次第に空間が歪んでいく。
「やはりな」と呟くとそこから、一人の人物が両手を上げながら登場した。
「……今の話。どういうことなの。ちゃんとアタシにも説明してくれるんだよね、魔王」
「まったく、キミたち姉妹は本当にもう……」
まったく悪びれも感じること無く現れたのは、モナの双子の妹であるリザだった。
どうやら英雄メンバーの中でも魔法使いの立ち位置だった彼女はお得意の魔法で姿を消し、二人の会話を盗み聞きをしていたようだ。
それは魔王や勇者、そして女神との隠された関係についてだ。
当然、彼女は自分の姉が置かれていた状況についても理解してしまったのだろう。
そして今この家に居るのがレオではなく、魔王ウルだろうということも。
目の前に居るのは、あの諦めの悪いモナの双子の妹である。
大人しく引き下がるようには到底思えない。
仕方なく、彼はリザにも話せる範囲で伝えることにした。もちろん、モナとの契約と同じように誰にも口外しないという契約を
「女神は連れ去った勇者と聖女の子どもから力を抜き取り、自分の魂と混ぜて魔王を造りだす。そして抜け殻となった身体を勇者人形として地上に戻すんだ」
勇者レオナルドは魔王を倒すという自作自演の出来レースのために、女神が用意したキャストだと言う。
だが、そのレオを姉は愛していたのだ。
それを知っているリザは「はい、そうですか」と納得することなど、到底できない。
「人形!? でもレオは動いていたじゃない」
「あぁ。勇者は女神が操るからね。そりゃあ、立派に活躍するだろうさ」
女神は次代の魔王として身体が馴染むまで魔王城で待機する。
魔王が力をつけている間、聖女は人間の王と関係を持ち、次代の聖女を産む。
頃合いになったら女神は勇者人形を操り始め、宣託と称して旅に出させるのだ。
そうして勇者は女神の為に人々の信仰を集め、魔王を倒せるまで鍛えさせていく。
魔王を倒せばまた勇者に宿り、新しい聖女と子を成させる。
それを延々と延々と。
この世界に女神が居る限り、永久に繰り返していくのだ――。
つまり、最初から魔王も勇者も女神の駒だった。
すべてはこのサイクルで信仰心を集め、自身を強化するため。
勇者の存在を怪しむ物がいても、まさかヤラレ側の魔王までもが女神だとは誰も思わないだろう。
「でもアンタは魔王だけど、女神サマには逆らってるじゃないの」
「……それにもとある事情があってね。悪いがこれ以上は言えない」
自分にも縛りやルールってものがあるんでね、と言ってウルは目を瞑ってしまった。
どうやら彼も何もかも自由という訳では無いようだ。
リザはまだ不満なようだが、これ以上問い詰めても無駄なのは察することができた。
「あっそう。ならここまでで良いわよ」
「納得してくれたならなによりだね」
片目だけ開けてリザをチラ、と見る。
モナもそうだが、リザも中々にやっかいだ。
だが普段は直情的な彼女にも理性があって助かった。
バレないように小さく息を吐くと、再びブランデーの入ったグラスに手を伸ばした。
だが――
「話はこれで終わりじゃないわよ」
「……というと?」
だろうなぁ、というとは分かっていながら聞かずにはいられなかったウル。この姉妹に責め立てられて彼はもうタジタジだ。
「それで? アンタはお姉ちゃんをどうしたいのよ」
ウルは口元を引き攣らせているが、リザの方もいい加減に我慢の限界だった。
難しい話はもういい。
自分ごときがいくら考えても、ちっとも分からないからだ。
だけど、彼女にとって一番許せないのは、自分の大切な家族を悲しませること。
「お姉ちゃんはレオが大好きだったんだよ!? それじゃあレオは戻って来ないってことじゃない!! お姉ちゃんはずっとレオのために命懸けでここまで頑張ってきたのに!!」
一番近くで、誰よりも長く一緒に居たからこそ姉の気持ちが分かる。
壊れてしまいそうなほどにショックを受けたことも、それでも諦めきれずもがき続けてきたことも。
だが、それはウルも同様だった。
「……分かってる!! 分かってるさ、そんなこと!! だから俺は……!!」
「お姉ちゃんをこれ以上悲しませたら、今度こそアタシがアンタを魔法で燃やし尽くしてやる。分かった? ……覚悟しておいてよね」
モナと同じ金色をした鷲のような双眸が、ウルの目を刺すように睨みつける。
性根は違っていても、こういうところは姉妹だな、とウルは内心そう思った。
「リザ」
「なによ!?」
もう話すことはないとばかりに席から立ち上がっていたリザに、ウルが呼び止めた。
「テーブルの上の日記、キミの手から彼女に返しておいてくれないか。忘れものなんだ」
「……ふん、分かったわよ! お邪魔したわね!」
そういうとテーブルの上の日記を持ち、玄関の扉をバンと力強く開く。
追い打ちとばかりにもう一度ウルをひと睨みすると、リザはフンスと鼻息荒く帰っていった。
あの姉妹がいなくなっただけで、やけに無音が静かになった。
「ふぅ。これで蒔ける種は蒔いたか……さて、あとはどうなるか……」
楽しく飲んでいたはずのブランデーも、すっかり氷が融け切って薄くなってしまった。
疲れ果てた様子のウルはそれを眺めながら、肺の奥から深く、とてもとても長い溜め息を吐き出した。
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