第49話 先代聖女を嬲るものたち


 ミケがモナと口論になったあの日。

 彼はその帰り道、王城ではなく自身が立ち上げた騎士団の詰め所へと馬車で向かっていた。



 それはスラム街近くの、通称“掃き溜め”と言われる区域。敢えて彼は担当する部署としてそこを選び、ここに駐屯地を設けた。


 ミケは詰め所へと到着すると、馬車から袋に入った積み荷を肩に抱え、中へと入っていく。



「へへへ。ミケラッティオ団長には感謝してもしきれねぇや」

「あぁ。お陰で給料だけじゃなく、女まで誂えて貰えるなんて思ってもいませんでしたぜ」


 王から直々に任命されたとはいえ、元々はあってないような部署。詰め所もボロの小屋のようで、簡単な牢と生活スペースしかない。


 そんなところでミケの部下たちは、脚の欠けたテーブルでカードゲームで賭けを楽しんでいた。彼らは上官であるミケが来たのに、挨拶すらする気配がない。

 拾ってもらった恩などすっかり忘れ、堕落の限りを尽くしている。


 さらにその見た目も酷い。

 ボロボロの防具を身に纏い、体臭もスラムの連中と大差無いほどの悪臭がしている。


 一向に身嗜みを改めない盗賊の様な部下たちを見て、ミケは心の中で溜め息を吐く。

 かつて彼らは魔王討伐によって不必要になった、王都の防衛要員だった者達だ。このままでは本当に盗賊になりかねなかったところをミケが王に嘆願し、自らの部下として拾った挙句がこのザマである。



 現状は秩序を守るどころかスラムの人間と癒着し、違法な薬物や金銭の取引で小銭を稼ぐ輩ばかり。いくら取り締まりを厳しくしても、団長の目を掻い潜って悪さをする。

 小賢しいことばかりに脳を使うイタチごっこぶりに、ミケはもう疲れ果てていた。



「はぁ……いいか、お前ら。今から牢屋に入れるこの女性の面倒を見ておけ。それにこれは大事なポーションだ。一応ここに保管しておくが、貴重だから丁重に扱うように……分かったか!?」

「「「了解でさぁ!」」」


 来たばかりでまた席を外す上官に向かって、視線すら向けずに言葉を返す部下たち。彼らの興味はきっと、目の前の賭けの結果にしかないのだろう。ミケの言ったことなど誰の頭にも残っていない。



 呆れかえった顔で馬車に戻ると、中で待機していた仮面をした人物と視線が合った。


「……まったく、アイツらには困ったものです」

「ははは。使えない部下を持つと大変だな」

「ホントですよ……で、これでいいんですか?」

「あぁ。これで先代聖女は壊れるまで、この掃き溜めで過ごす羽目になるだろう」


 先ほどミケが詰め所に積み込んだ、一つの大きな荷物袋。その中に入っていたのは、モナの母である先代聖女だ。


 教会に手紙を置きに来た彼女をミケが拉致し、ここへと連れてきたのだ。これから行う儀式で、モナをおびき出すための人質として。


「……レジーナは殺してしまうのですか?」

「いやいや、あくまでもこれは罰だ。これで先代にも聖女の務めというモノを改めて理解して貰う」


 ミケの協力者は監禁するだけで殺さないとは言ったが、ただで生かすのではないと言う。

 その証拠に、その人物はミケに瓶に入った謎のポーションを渡していた。



『これは超濃密の魔力ポーションだ。魔法使いにとっては垂涎モノの秘薬だが……ただの人間にとっては強力な媚薬となる』



 ミケはこの人物に言われ、あのポーションの中身を数滴だけ試してみた。

 数滴だけであれば英雄と言われた自分なら大丈夫だと思ったが、それは完全なる間違いだった。


 おそらく部下たちが使ってしまったら……。



 そんな恐ろしいポーションを、モナの実母に使ってしまうという罪悪感が微塵も無いといえば嘘になるだろう。

 躊躇と戸惑いが顔に表れていたのか、仮面の人物がミケに問いかける。


「どうした、ミケ。やめるなら今の内だぞ」

「……いや。これも僕の役目だろう。すべてが終われば彼女達も理解してくれるはずだ」

「ククク。だと良いけどな」


 嗤う協力者をこれ以上見たくなかったのか、移動する馬車の窓の外を眺めているミケ。

 もう全ては動き始めてしまったのだ……今さら途中下車なんてできない。

 こうしてミケは次の一手を打つべく、不穏な雰囲気が漂うスラム街を後にするのであった。





 口煩い上司が居なくなった後のスラム街の詰め所にて。


 賭けに負けた兵の一人がイライラを収めるために酒の追加を取りに行こうと席を立った時。

 視界の端に、この場には居ない筈の存在が映った。


「なぁおい、牢屋に女が居るぞ!!」

「おお~っ!? マジかよ、一級品の上物じゃねぇか! なんでこんなところに!?」

「ガハハハッ。理由なんてどうだっていい。牢屋に居るってことは、コイツは罪人だろぉ? なら俺たちが罰を与えてやらなきゃなぁ!」


 レジーナは口を縛られていることを良いことに、好き勝手言うゴロツキ兵たち。

 野蛮な男たちの下卑た目を向けられ、彼女は恐怖の余り目を震わせている。


 さらに彼女にとって運の悪いことは重なっていく。


「お、この瓶は酒かぁ?」

「よし、景気付けに飲むぞ!」

「おい独り占めすんじゃねぇ、俺にも寄越しやがれっ!!」

「じゃあコイツにも飲ませてやろうぜ、天国に連れてってやるよ!!」



 ミケが置いていった小瓶に口をつけたものから、狂気の瞳を浮かべ始めるケダモノたち。

 高濃度の魔力に当てられ、彼らの理性は崩壊していく。


 そう時間が経たぬうちに、このスラム街に一人の女の悲鳴が響き渡った。



 ――レジーナが救われる日はまだ、こない。





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