最終章 カラダの解放

第45話 先代聖女の懇願


 勇者達を輩出したこの世界最大の国、ルネイサス王国。

 この国の初代国王は女神の加護を受け、魔王を討った最初の勇者だと言われている。そして魔王討伐後、天より女神が現れ、この土地に国を作り民を平和に導けとの言葉を女神よりたまわった。


 彼はその言葉に従い民を集め、防壁を築き、兵を鍛えて国をおこした。

 出自も不明、経歴も不明だったただの男が一大国家を一代で築き上げるのは到底不可能だが――彼はやり遂げた。


 後の歴史家も彼は本当に神に選ばれたのでは、何か特殊な能力でも授かったのでは、などと推測されている。



 現在の国王、フレイ=ルネイサス王は十二代目。

 建国二百年の節目に女神の宣託によって選ばれた勇者を育て、再び魔王を見事討伐させた賢王と民から讃えられている。



 この話からも分かるように、この国の歴史を見ると必ず女神という言葉が出てくるのだ。

 そして歴代の王たちは、何故か自身を最高権力者とは呼ばない。女神がこの世界で最も尊い存在であり、全ての生命の母であると口を揃えて言うのだ。


 もちろん、王であることを笠に着て権力を振るおうとした愚か者は存在した。しかしそのような愚王は早々に不運な事故だったり、病だったりと様々な理由で死んでしまうのだ。

 それはまるで……女神が下す天罰の様に。



 そのような理由もあり、この国では女神を守護する教会は最重要視されている。

 信者たちはすべからく女神の眷属、子ども達とされ、寵愛を受けるのだ。


 そして女神の代理人とされ、たびたび宣託も受ける聖女。

 その存在はありとあらゆる人々――それは王も含む――から愛されていた。




 そんな女神の化身とも言われる先代聖女、レジーナ。彼女は大陸最大規模を誇るルネイサス教会の地下にある隠された通路を通り、王城へと来ていた。


 外では彼女が行方不明になったと娘たちが探し回っている。……にもかかわらず、全身を黒のローブに覆い隠しコソコソとここへ来たのには理由があった。



「偉大なる我が国王陛下に一つ、お願いがあるのです」


 王城にある、教会へと続く通路がある隠し部屋。

 狭い部屋には不釣り合いな豪奢な椅子には、クラウンを被った人物が座っている。


「ふむ。願い……か。ふふふ、珍しいな。其方がわざわざこうしてきたのだ。――まずは内容を聞こう」


 大事な娘であるモナを救うため。

 母レジーナが頼ったのは、このフレイ=ルネイサス王だったのだ。


 フレイ王は床で深々と頭を下げているレジーナにその願いとは何なのか、続きを言うように促した。




「ご配慮、ありがとうございます。実は……我が娘、モナについてなのでございます」

「ん? モナ、か? 当代の聖女がどうしたのだ」


 てっきり重大な困りごとでも起きたのかと思えば、あの英雄の一人である聖女のことだという。

 今まで何も厄介ごとなど起こしたことも無い、フレイ王も信頼している人物が出てきたことに彼も驚きを隠せない。


 しかしレジーナは王に構わず、突然土下座を始める。


「あの子は勇者であるレオナルドに恋をしております。そして恐らく、レオナルドも。私は母として、モナを夫婦とさせてやりたいのです」


 彼女の綺麗な顔が汚れてしまうのも厭わず、床に擦りつけるように懇願している。

 王は思わず駆け寄ろうとして、ギリギリのところで留まった。


 長い付き合いである彼女がそこまでする理由。

 フレイ王はその理由に直ぐに思い当たった。



「普通の、というのは……まさか」

「はい。を、私の代で終わらせていただきたいのです」

「はぁ……やはり、そうきたか」



 国王は喉の奥底から深い溜め息を吐き、背もたれをギシリと鳴らした。


 王もなんとなく、いつかそんな時が来る予感がしていたのだろう。

 彼らが幼い頃から見てきたし、戦勝報告に来た時も勇者と聖女の関係は、戦友の仲を越えた絆が見て取れた。


「余に女神との盟約を破れ、と申すのか?」

「……女神様が仰ったのは『勇者と聖女、そして国は盟友であれ』でございます、陛下。必ずしも男女の契りを結べ、とは」

「しかし我らは、何代もそうしてきたのだぞ!? そして万が一女神の怒りに触れたとして、殺されるのは!!」



 フレイ王は普段は賢王として穏やかな治世を見ている。だが命を危険に晒せと言われて、はいどうぞと返せるほど命知らずではない。



「それはのため、でもでございますか……」

「おい、レジーナっ!」



 レジーナの口から漏れた言葉。

 モナとリザの死んだとされていた父。



 そう……それはこの国の王、フレイ王だったのだ。


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