第44話 聖女の決意

 

 妹と師匠の密会を目撃してしまい、逃げ出すように宿酒場から飛び出したモナ。

 それを追い掛けていったウルが中央広場のベンチでうずくまる彼女を見つけ、傍へと近寄っていく。


「そんな……リザはあんな子じゃ……明るくてお姉ちゃんお姉ちゃんって……」

「モナ。彼女も大人の女性だ。どこの誰と愛し合おうが自由なはずだろう?」


 顔を両手で押さえ、ブツブツと呟いている彼女を慰めるつもりで、ウルは諭すように語り掛けた。

 だが、モナはそんなウルを拒絶する。


「そんなことない!! 私はあの子のことを護る為にずっと頑張ってきたのよ! お父さんが居なかったせいで、私たち家族を守らなきゃいけなかったんだから!」




 ~10年前~


「お姉ちゃん……」

「どうしたの、そんなボロボロになって!」


 モナが教会の仕事の後に夕飯の支度をしていると、泥だらけになったリザがキッチンに入ってきた。

 その当時のモナは、十にも満たない年齢だった。

 もちろん、先代のレジーナが現役だったのでモナは聖女とはなっておらず、リザも魔法を使うことも出来なかった。

 そう、彼女らがまだ普通の女の子として生活していた頃だ。


「街で孤児院の子達と歩いてたらクソガキ共に絡まれた」

「えぇっ、なんでそんなことを!」


 口をへの字にして涙を必死にこらえているリザ。

 街の子と激しい喧嘩でもしたのか、どうやら怪我もしているようだ。

 驚いたモナは調理の手を一旦止め、リザに駆け寄る。


 このまま放っておいたら大変だ。

 棚にある救急箱から包帯とガーゼを取り出し、額から出ていた血を拭ってやる。


「もう、女の子なのに傷が残ったらどうするのよ……」

「だってアイツら、アタシたちのこと馬鹿にするから」


 ポツリポツリと、悔しそうに事のあらましをモナに話す。

 どうやら喧嘩の理由は、自分たちに親が居ないことをネタにして揶揄ってきたのが原因らしい。

 正確には母親は健在なのでリザは孤児ではないのだが、彼女は父が居ないことを気にしている節があった。

 その部分が彼女の怒りの琴線に触れてしまったのだろう。


「……ねぇお姉ちゃん」

「なぁに。お母さんに秘密にしろっていうなら、聞けないお願いよ」


 モナでも簡易的な応急処置は出来るが、リザの顔に痕に残ってしまっては大変だ。

 レジーナの回復魔法でキレイに治してあげた方が良い。

 だから事情を説明しない訳にはいかないだろう。


 だが、リザが言いたかったのは違うことらしい。

 ふるふると頭を横に振ると、真っ直ぐにモナの瞳を見つめて口を開いた。


「お姉ちゃんはもし……もしもだよ? 居なくなったアタシたちのお父さんが見つかったら……どうするの?」


 もしかすると、リザはただ、父親が居なくて寂しかっただけなのかもしれない。

 モナは二度目の人生で、両親や夫を亡くした経験があるので慣れてしまった部分はある。

 だが目の前の自分の現身うつしみとも言える幼女はまだ、そんな経験は無い。

 双子の妹なのに、それをちゃんと分かってあげられなかったことが、モナの心をチクリと痛ませた。


「お母さんが言ってたでしょ。お父さんはもう死んじゃったんだって。だからお姉ちゃんとお母さんがちゃんと……」

「だって誰もお父さんを知らないってオカシイじゃん! じゃあおとぎ話みたいに神様がお母さんに子どもを授けたっていうの?」


 以前にモナが前世の時に読んでいた物語を話してあげた内容を、リザはしっかりと覚えていたらしい。

 彼女の言う通り、父に関してはあまりにも不審な点が多い。

 誰も父のことを知らないのだ。

 気付いたら母は妊娠しており、一人で産んだらしい。

 他のシスターも、母が誰かと二人で居たところも見たことが無いらしいし、男の気配が一切なかった。



「だけど知らないものを考えたって仕方がないでしょ。きっとお母さんにも色々あったのよ」


 女だって人には言えないことの一つや二つもある。

 ましてや娘相手に誰かと寝ただなんて言えるはずもない。

 あんな清楚な母だって、一晩だけの付き合いがあった男性がいてもおかしくはないのだ。


「アタシ、いつかお父さんを探しに行く!! 絶対に見つけ出して、アタシ達を置いていったことを後悔させてやるんだから!」


 シュッシュッと拳を突き出すリザ。

 だが、彼女のその瞳は涙に濡れていた。


 そんな妹を見て、モナは父の分まで彼女を守ると誓ったのであった。




 ~十年後の現在、王都の中央広場~


「ウル……貴方がリザを唆したのね!? そうよ、貴方の契約……違反したら大事なモノを奪うってそういう事なんでしょう!?」


 大事に守ってきた妹のリザが、師匠として信頼していたヴィンチによって奪われてしまった。

 そんな感覚に陥っていたモナは八つ当たりのようにウルに食い掛かった。



「……モナが俺を疑うのは仕方ない。なにせ俺は魔王だからな」

「えっ?」

「今のモナにどんな弁解をしたって疑いは晴れないよな。俺は俺で、黒幕を探ってみる。キミも……無理するなよ」

「あっ……」


 ウルはモナを責めることも言い訳をすることも無く、そのまま広場から去って行ってしまった。

 言ってしまった、と彼を引き留めようと手を伸ばす……が、それは届かなかった。


 力なくその手を下ろすと、ふたたびガックリと項垂うなだれてしまう。

 本当は、モナも分かっていた。

 ウルが自分の為に、いろいろと動いてくれていたことを。



(駄目だ、私。はぁ、どうして上手くいかないんだろう……もう、自分が嫌になる)


 頑張っても報われないことがこんなにもつらいだなんて。

 今度の人生では失敗しないように、後悔をしないように頑張ってきたのに。

 ガラガラと、自分が崩れていくような感覚。

 これ以上何かをするのも疲れてしまったモナは、気付けば悔し涙をはらはらと流していた。





「どうです。言った通りになったでしょう?」

「ああ。素晴らしい。まさか、こんなに上手くいくとは」



 そんな彼女を陰から見ていた二人組が居た。

 王子ミケと、仮面をつけた謎の人物だ。

 仮面をつけた不気味な人物が、ミケに語り掛ける。


「ふふふ、これで信じてくれましたか」

「もちろん。僕は貴方との出逢いに感謝しなくてはならないな」


 親し気に話す二人は、どうやら何かを結束しているようだ。

 まったく表情の見えない顔で、仮面の人物は仕上げだとばかりにミケを煽る。


「ではあの勇者を殺すのだ。王子が勇者の代わりになれば、全てが丸く収まる。聖女は王子の腕の中に。そして父である王も立派な息子だと認めてくれるだろう」

「そうだ……それですべて上手くいく。ふふっ、ふはははは!!」


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