第42話 初心な聖女様

 

「結局、この辺りの酒場にも居なかったわね」

「……ああ」


 絡んできた衛兵たちを撒いてからの二人は、やや治安の悪い地区の酒場通りを探し回っていた。

 だがそんな場所に居たのは、昼間から飲んだくれている酔っ払いやゴロツキばかり。

 目的のリザの姿は何処にも見当たらなかった。


「もう、いつまでイライラしてるのよ!」

「……だって」


 若い男女が出入りするのが気に入らなかったのか、二人は衛兵だけでなく客や店員たちにやたらとケンカを売られてしまった。

 衛兵に『魔王は大したことが無かった』などと罵られてから相当ご立腹だった魔王様ウルはその度に抜刀しかけたので、モナは毎回彼を引き留めるのが大変だった。


「まったく、変なところで子どもなんだから……」

「うるさいな。魔王がその辺のガキ共に舐められたりなんかしたら、カッコつかないだろ」


 頬っぺたを膨らませて怒る姿は、どうしても魔王には見えない。

 中身はともかく、見た目はレオなのだから尚更である。

 その姿を見たモナは焦りや疲れも忘れて笑いが込み上げてきた。


「ふ、ふふふっ」

「なんだよ、笑うなよ!」

「だって……ふふふふ。ご、ごめんね?」


(そういえばレオも昔、孤児院の子ども達とケンカした時に半泣きになりながら強がってたっけな……)


 昔のことを思い出し、ちょっと懐かしくなるモナ。

 あの頃は今みたいに難しいことを考えなくて良かった。

 どうして……いつからこうなってしまったのか……



「どうしてこの世界には……魔王と勇者たちが居るのかしら……」

「なぁ、モナは……」


 急に立ち止まったかと思えば、口を開きかけて……閉じてしまった。

 いつもハッキリとモノを言う彼には珍しく、何かを言いまどっているようだ。


「え? なに、ウル」

「――いや、なんでもない。いつかその時が来たら、全て君に話そう」

「うん? 相変わらず変な人」


 この魔王はたまに、今みたいな思い詰めたような表情をする時がある。

 あの少し悲しそうな瞳はやはり、とてもこの世界を恐怖に陥れていたようには見えない。



「おっと、俺の使い魔が何か情報を得たようだ」

「……使い魔?」

「そう、支配下に置いたモンスターは使い魔として俺の意のままに操れるのさ。……ほら、来たぞ」



 ――キュエェエッ……


 人差し指を上に向けると、そこには一匹の真っ白なカラスが空中で八の字を書くように飛び回っていた。ウルが指笛でピィと吹くとバサバサと音を立てて降下し、ウルの左腕にとまった。



「すごく綺麗な翼……まるで天使みたい。それが貴方の使い魔、なの?」

「あぁ。こんな俺には似合わないだろ? でもコイツ――イェタを見つけた時、どうしても仲間に欲しかったんだ」


 目付きはカラスと同じく鋭いながらも、甘えるような仕草で頭をウルの身体に擦りつけている。

 彼も指でイェタと名付けられたカラスの顎を、くすぐる様に優しく撫でていた。


(動物を可愛がるなんて、なんか意外ね……それにさっき、この子のことを仲間って……)


「それで、リザの事は見つけてくれたのか?」

『キュエッ』


 どうやらこの白カラスは人間の言葉を理解するらしい。

 鳴き声を肯定ととったウルは撫でていた手をイェタの頭に被せ、何かを念じながら目を閉じた。


「んん? えぇ……それは本当か?」

『キュイイッ』

「ど、どうしたのよ? リザに何かあったの!?」


「……いや。どうやら彼女はヴィンチと一緒に、王都の外へ泊まり掛けでモンスター狩りをしていたらしい」

「なんですって!?」


 ヴィンチとは魔王討伐の祝勝会の時にも居た、勇者パーティの師匠である。

 元々は王国騎士団所属で、引退後は剣の指南役をやっていた。

 女神の宣託による勇者が選ばれた後は、彼らをイチから扱きあげた武の達人である。


 最近ではもっぱら酒場で飲んだくれているタダのおっさんに成り果てていたのだが……。



「なんだ、師匠と一緒に出掛けてただけなのね。まったくあの子ったら、なんてお騒がせな……ていうかこんな時に何をやっているのよあの子は……」


 無事という事が分かってホッとしたのかモナはその場で、ヘナヘナと座り込んだ。

 すると今度は自分たちをこんなにも心配させておいて、いったい何をしているのかという怒りが湧いてくる。


「それで、今あの子は何をしているの?」

「どうやら先ほど帰ってきて、いつもの酒場に向かったらしい」


 酒場、というワードでモナの怒りは頂点に達した。

 すくっと立ち上がると、ウルでも引くぐらいの怒りのオーラをユラユラと立ち上らせた。


「一度怒らなきゃだわ」

「……ほどほどにしときなよ。そもそも君たち姉妹が喧嘩したのが原因だろう」

「巻き込んだことは謝るわ。でも、それとこれとは別よ!!」


 さっきまでとは立場が逆転したようになってしまっているが、モナの口元は不敵に微笑んでいた。きっとこれなら大丈夫だろう、そう思ったウルはもう少し彼女に付き合ってあげることにした。




 モナとウルの二人は宿屋が併設されている酒場へと向かう。

 そこのマスターに妹のリザが来ていないか尋ねると、グラスを拭く手を止めて口ごもってしまった。


「居るのは分かってのよ。ははーん、さてはリザに口止めされているわね?」

「い、いや。そういうワケじゃないんだが……」

「ならさっさと言いなさいよ。マスターが奥さんの知らないところでウェイトレスさんに色目使ってるのバラすわよ!?」


 マスターの喉からうぐっ、という言葉を飲み込む音がした。

 伊達にモナもここの常連ではないという事だ。

 実際には彼の妻も夫が時々女遊びを仕掛けているのは知っている。

 それをネタに尻に敷いてコキ使っているので、ある意味持ちつ持たれつなのだろう。


 まぁ、マスター本人はそれに気付いていないようだが。


「それは勘弁してくれ。……分かった。分かったよ! だが、あんまりリザちゃんを責めるなよ。彼女だってもういっぱしの大人なんだ」

「分かってるわよ、そんなこと。リザは私の双子の妹よ? 歳だって同じなんだから」


 自信満々に胸を張るモナを見て、マスターは深い溜め息をひとつ吐くと、上を指差した。


「上? 上って宿屋でしょ? なんてそんなところにリザが居るのよ」

「い、いや……」

「モナ、もしかしてキミは……」


 動揺している男性陣とは別に、モナは二人が何をそんな困った態度を取るのかが分からない。

 モンスター狩りの後に休憩しているか、身体を清めているのだろう。

 そう思ったモナはマスターに向かって、カギを渡すように手を差しだした。


「まぁいいわ。実際に行って会って来る」

「あっ、おい! 待てよモナ!」

「はぁあ……俺は知らないぞ……」


 マスターキーを受け取ったモナは、老朽化でガタがき始めている木製の階段をタンタンと勢いよく上がっていく。

 まだ昼間の時間なので、客はほとんど居ないようだ。


「うーん、リザたちは何処の部屋に居るのかしら?」


 キョロキョロ見回してしていると、一番奥の突き当たりの部屋から物音がした。

 どんどん進んでいくモナの後をウルがついていくが、彼は部屋に行きたくないのか口が引き攣っている。


「おい、待てってばモナ!」

「なによ、ウルまで私の邪魔をする気なの?」

「……いいから。黙ってみてろ。いいか、絶対に声を漏らすなよ?」



 どうして、と開きかけた口を、モナを止めるのを諦めたウルが左手を当てて黙らせる。

 そしてそのまま空いている右手でドアノブを握ると、音を立てないようにその扉を僅かに開けた。



「――ッ!?」


 思わず息を呑むモナ。

 僅かな隙間から見えた、衝撃の光景。


 それはリザとヴィンチが、ケダモノの様に激しく性行為を行う姿であった。


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