第41話 煽られ耐性の低すぎる魔王様
魔王が討ち滅ぼされ、平和が戻った王都の街。
女神祭の影響か、未だに人の出入りが多い。
様々な商店が立ち並ぶ大通りには、勇者バブルに目をつけた商人たちや仕事を探しに来た若者などで溢れている。
その好景気の立役者の一人である聖女モナは、行き交う人混みの中をかき分けるように走っていた。
「はぁっ……はぁっ……まさか今度はリザが居なくなるなんて……」
母レジーナに続いて、ついに妹のリザまでも家に帰って来なくなってしまった。
昨日姉妹喧嘩をした時も何となく嫌な予感はあったのだが、彼女は頻繁に朝帰りを繰り返していたので、不貞腐れて酒場で一晩を過ごしてるかと思ったのだ。
しかし仲直りをしようとしたモナがいくら酒場を探しても、リザの姿は何処にもなかった。
一抹の不安がモナの脳裏をよぎる。
あの母が何かの事件に巻き込まれているとしたら。
最強の魔法使いであるリザも、母が人質になっていたらそう迂闊には手は出せないだろう。
犯人はいったいどんな人物なのか。
目的も理由も、何もかもが不明。
だが、警戒心が異様に強く、とても用意周到なのは間違いない。
モナの目的の人物は、先日の女神祭で演説を行った中央広場で待っていた。
なるべく目立たないようにローブのフードを深めに被っているが、聖女は立ち姿を見ただけですぐに彼だと見つけることが出来た。
「参ったね。母上に続いて、リザまで見つけられないとは。魔王の名が泣いているよ、まったく」
「ウル……ごめんなさい、私……」
「ふふふ。気にするな。俺はモナに頼ってもらえて嬉しいよ」
そう、モナが急いで向かっていたのはウルのところだった。
この状況で頼れる人間と言ったら、彼女にはこの魔王ウルしかいなかったのである。
ちなみに、ミケとはあの時から会っていない。
あれから自分が聖女としてどうするべきなのか散々考えた。
だけど、どれだけ考えても答えは出ない。
自分がこの世界では異分子なのはわかるけれども、長年想い続けてきたレオを諦めてミケを選ぶなんてこと出来ない。
母レジーナが居れば、かつて歴代の聖女が婚姻についてどうしていたのかを聞けたのだが……
(そもそもお母さんはレオのことを応援してくれていたはずよ。ならなぜ、最初から王族であるミケと結婚するように言われなかったのだろう……)
モナはリザを探している間も、そんなことを頭の中でいつまでもグルグルと考えていた。
「モナ、なにをボーっとしているんだ」
「え? あ、あぁ……ごめんなさい」
再び立ったまま考え込んでしまっていたモナを、ウルが注意する。疲れが溜まっているのか、何となく思考が鈍いようにも思える。
「……大丈夫か? ともかく、探せるところを当たってみよう。リザの行きそうなところは酒場以外にはある?」
「ありがとう、大丈夫よ……そうね、あとは教会の孤児院にもよく顔を出していたわ。あの子は教会は嫌いだけど、子どもたちは好きだったから」
妹のリザは自由奔放で他者を
誰にでも優しく、時に厳しい先生のようなモナとは違って、リザは同じ目線で会話の出来る姉のように接していた。
いつも子ども達と一緒になって悪さをしていたので、子どもたちに余計なことを教えるなとリザに怒ることも多かった。
だけど心の中では、モナはリザが羨ましかった。
きっとあの子達と心の距離が近いのはおそらくモナではなく、リザの方だろう。
「あと他に行くとしたら……キャッ!?」
「おっと失礼……んん? おぉ、これはこれは。なんと貴方は聖女様じゃないですか。いったいどうしたのですか、こんなところで」
普段はあまり行かない、街の外れのスラム街近くにある飲み屋通り近くに来たところで、モナが三人組の男の一人とぶつかってしまった。
体勢を崩してふらついたモナをウルが抱きとめたお陰でケガも何もなかったが、珍しくモナは動揺していた。恐らく、普段は余り向けられない感情を感じ取ったからかもしれない。
「え? あ、ええっと……」
「おい、急にぶつかってきて危ないだろう」
というよりこの男たちは、相手が聖女と分かっていて向こうからワザと当たってきた様子である。
外面は勇者であるウルに咎められて、形式だけは謝ってはいるものの……彼らの態度に反省の色は無く、終始ニタニタと笑っている。
しかもこの人物、スラムのゴロツキではなくこの辺りを巡回する衛兵のようで、革製の防具に帯剣とそれなりに整った装備をしていた。
「すみませんねぇ。なにせ我々は、最近配属されたばかりの新人なモンでして。俺みたいな使えない中古野郎は、こんなゴミクズの集まった場所でコソコソするしかねぇんでね。おっと失礼、お綺麗な聖女サマたちの前でいう事じゃありませんでしたな!!」
「貴様……っ!!」
「やめて、ウ……レオ!!」
恐らくこの中年の男は自身でも言っていた通り、元々はどこかの部署に配属されていたのだろう。
これは以前ミケが言っていたのだが、魔王の侵攻から防衛するための予備隊として王都に編成されている軍隊があると。国にとって最重要拠点である王都を守護するのは当然であり、その為の軍は必要不可欠。
――しかし、それは魔王が討伐されるまでの話だ。
この部隊はひとまず用済みとなり、優秀な人材以外は解散となる。その時のあぶれた兵を護る為に、ミケは自分で騎士団を作りたいと言っていたのだが……
「ふん、騎士団で働き続けているミケ様と違って、フラフラと街でデートか?」
「随分と良い身分なようだな、英雄サマっていうのはよ」
「俺たちみたいな底辺なんて、どうだっていいんだろうよ。なんたって、英雄なんだもんな!」
「……それ以上、我々を侮辱するようなら「レオッ!」……どうして止めるんだ、モナ」
本人たちの与り知らない悪口を言われて、モナも当然悔しい……のだが、自分たちはここでケンカなんてしている場合ではない。
それに、こんなところで魔王が本気を出したりなんてしたら、それこそ大惨事だ。
「はっはっは。随分と勇者サマは聖女に尻に敷かれてるんだな。これが勇気ある者? 笑わせてくれるぜ。どうせ魔王なんて奴も大したことが無かったんだろうなァ」
「――ほぅ? よかろ「もうっ、さっさと行くわよ!!」……貴様。絶対、後で殺してやる」
二重の意味で煽られた勇者な魔王様は遂に堪忍袋の緒が切れたようだ。モナはそんなウルの腕を問答無用で掴み、急ぎ足でこの場から去っていく。
何度も言うが、あんな輩に構っているヒマは二人には無いのだ。
だがそんな事情を知らない衛兵たちは、逃げる様に遠ざかって行く二人の背に向かって、更に煽る様に嘲笑や罵りを浴びせかけ続けていた。
(まったくもう、こう見えて全然煽りの耐性がないんだから。男ってみんなこうなのかしら……)
自分の隣りで恐ろしい呪詛をブツブツと呟きながら濃密な魔力を高めている男を見て、モナは深いため息を吐くのであった。
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