第40話 痛み分けと離れていく手

 

 一縷の望みを賭け、王子であるミケに母の捜索の相談をしたのだが……その結果は散々なものだった。


 彼はモナとの関係を持つことを条件に、捜索の支援をする提案してきたのだ。お互いの立場を考えれば、民の安寧の為にも婚姻を結ぶべきだ、というもっとももらしい理由をつけて。





「はぁ……まさかあの優しいミケがあんなことを言うなんて……」



 誰もいない自宅のリビングで独り言を呟きながら、昨日のミケとのやり取りを思い出す。


 確かに聖女という立場を考えれば役目の終わった平民の勇者と結ばれるよりも、王子と結婚した方が国としては権力も強固となるだろう。

 だが、人の弱みを握るようなやり方で好きな人を手に入れようとされるのは、モナにとっては屈辱だ。



 今日何度目か分からない溜め息を吐き、ストレスで頭を掻きむしっていると玄関から物音がした。

 気付けばもう夜になっている。たぶん、妹のリザが帰ってきたのだろう。



 ――バシッ!!


 おかえり、そう言いかけたモナの頬を、鬼の形相をしているリザがいきなり叩いた。


「え……?」

「見損なったよお姉ちゃん! お姉ちゃんがそこまで人でなしだなんて思わなかった!」


 姉妹喧嘩なんてほとんどしない二人だが、珍しくリザが本気で怒りを向けていた。

 天真爛漫な彼女がここまで負の感情を露わにするということに、姉であるモナも驚きを隠せない。


 正直、叩かれた痛みよりもショックと驚きの方が大きい。



「ど、どうしたのリザ……」

「……お姉ちゃん、お母さんの事でミケに相談したんだって?」


 その答えはイエスだ。

 ただ、相談の結果は……さっき言った通り。

 ケンカにまで発展してしまい、母の捜索を手伝ってもらうどころではなくなってしまった。



 その話を妹のリザにもするが――どうやら彼女は姉のモナよりも王子ミケの味方だったようだ。


「お姉ちゃんは結局レオとミケ、どっちが好きなのよ」

「それはレオよ!! ずっと好きだったんだから当たり前じゃない!! だけど……」


 それはもちろんレオだが、今の彼は魔王のウルだ。

 今の彼と結ばれるわけにはいかない。


「だったら、ミケを惑わすようなことをしないでよ。どうしてお姉ちゃんはハッキリさせてあげないの!」

「私はちゃんと断ったわよ!」


 そこに関しては曖昧なことを言った覚えはない。

 どうしてリザは自分ではなくミケの肩を持つのか分からない。


 と、ここでモナはその答えに対する予想がついた。



「……もしかして、リザはミケが好きだったの?」

「違うわよ! ……でもミケのことは家族の様に思ってるわ。お姉ちゃんと同じように、アタシにとっては彼だって大事な弟だわ」


 レオの戦闘のパートナーがモナだったら、ミケの相棒はリザだったのだ。


 旅の間、夜のばんもこのペアになることも多かったので、二人はよくお互いの事を話していた。年下に優しいリザは彼女の言う通り、ミケを弟のように可愛がっていたに違いない。

 ミケの恋愛についても相談に乗っていたのだろう。



「お姉ちゃんはいつも家族が大事って言うけど、それは自分の思い通りになる都合の良い人間が欲しいだけなのよ! 私のことだってそう。お母さんぶって文句ばっかり――」

「そんな……私はただリザのお姉ちゃんとして……!!」

「――そうよ、お姉ちゃんは彼の気持ちを利用して、自分の聖女としての役割を果たすために魔王討伐の旅に巻き込んだだけだわ。彼のことを自分のアクセサリー程度にしか思っていないんでしょう!?」



 ――バシッ!!


 今度はモナがリザの左頬を張った。

 元々双子でよく似ている顔だ、まるで鏡写しのような状態なった。


 リザは涙目でぎり、と奥歯を噛みしめ、何かを言い掛けたが……


「リザ! どこに行くのよ!!」



 リザはそれ以上言葉を継ぐことなく、いつも使っているお気に入りのカバンを掴んで外へと飛び出した。




「リザ……どうして……」



 次から次へとモナの手から大事な人が離れていく。

 それはあのジャックが忠告していた通り。



 ――果たして彼女に平穏な日常は戻って来るのだろうか。

 だがこれはまだ、これから彼女に起こる悲劇の序章であった。


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