第38話 闇が深い夜
「ダメだよ、いくら魔法で誘導されたからって喋っちゃったら一番重いペナルティだったんだからね!?」
「魔法で誘導!? ちょ、まさかお母さんが私に自白させようとしたとでも言いたいの!?」
あの善意の塊のような母が、そんな人を操るようなことをするとは思えない。
噴き出すように口元から零してしまったワインを差し出してもらったナプキンで拭きながら、モナはそんなことは有り得ないと抗議する。
「キミは自分の母親のことを、欠点の無い神か何かだとでも思っているのかい?」
「はい? そんなわけないでしょうが! 偉大な聖女だったけど、お母さんはれっきとした人間。私の大事な家族よ」
「……本当に分かっているのかな。ともかく、今回は俺が警告したお陰でバラさなかったみたいだけど、助けてあげた分のお礼ぐらいは貰ってもバチは当たらないよね、聖女サマ?」
「なっ……」
たしかに珍しく助けてくれたことに関しては感謝の気持ちも僅かにある。
だがこの男のいうお礼と言うのは勿論、アレなわけで……。
「今日はまだシテ貰って無かったし。モンスターを狩ったせいもあって、ちょっと
「こっちはそんなことをしている場合じゃないのよっ! いい加減にしなさっ「いいの? 俺に何かあったら母上を探す機会が失われるかもしれないんだけど」……この悪魔」
「ブッブー。魔王、だよ」
「――くっ。分かってるわよ、そんなこと! いちいちバカにして!! ……はいはい、分かったわよ! やればいいんでしょ、やれば!!」
結局は腕力でも口でもこの男には敵いそうにもないという事は、モナもこの数週間で身に染みて分かっている。
もうさっさと済ませて帰ろう、そう切り替えた方が良いと理解してしまっているのだ。
「ちなみにさっきモナが呑んだそのワイン。さっき俺の魔力を溶かしてみたんだよね……もうすぐ効くと思うんだけど、どうかな?」
「……いつかそのクソみたいなことしか考えられない頭と胴体を泣き別れにしてやる」
疼く身体のせいで顔を真っ赤にさせたモナがこの後解放されたのは、結局夜中を過ぎた頃であった。
「もういや……お母さんのことも探さなきゃなのに、魔王のことで手一杯……誰か助けてよ……」
心身ともに疲れ果て、トボトボ自宅のある教会へと歩くモナ。
いつだったかもこんな状態で帰ったような気もする……そんな考えが脳裏をよぎったその瞬間。
周囲が夜よりも濃い闇に溶け込んだ。
音が喪失し、光が消える。
そして恐ろしいほどの魔力……あの時と同じ感覚がモナを襲った。
「……誰!?」
「ふふふ……相変わらず勘が鋭いね、聖女。さすがさすが」
「貴方は……ジャック!?」
雲の厚い夜空に生まれ出た月のように、ゆっくりと姿を表した男。
そいつは度々モナに意味深なセリフを告げて惑わす、謎のカボチャ仮面のジャックだった。
「そう、覚えてくれていて嬉しいよ。今晩は、月が綺麗な良い夜だね」
カボチャお化けの仮面をしていても果たして見えているのか……視線をぼんやりと虚空へと向けるジャック。もちろん、この闇の中に月など出ていない。
相変わらずこの男が何を考えているのか掴めない。
今日もジャックは漆黒のマントを全身を隠すように羽織り、夜の闇と相まった不気味さを漂わせている。
神出鬼没に現れては人を小馬鹿にしてくる様子を見て、モナは苛立ちがピークに達しそうだった。
「今度はいったい何をしに来たのよ……」
「いやぁ、楽しく過ごしているところを悪いんだけどさ。ボク、忠告したよねぇ。女神を信用するなって」
それは初めてこの男と出逢った時に言われたセリフだ。
だがしかし。
聖女は女神の使徒であり、心の支えでもある。
無信仰だった前世ならともかく、食事を摂れることも生きることも、息をが出来ることだって女神のお陰というほどに、彼女の骨の髄にまでそう教え込まれて生きてきたのだ。
それを捨てろというのは、今までの自分を否定しろということと同意だ。
「あれからいったい、何が起こった? 聖女はずいぶんと熱心に女神に祈っていたみたいだけど。結局、状況は何か少しでも改善したのかい?」
「だから何が言いたいのよ! 女神様は全てを見ているのよ!? 貴方みたいな異教徒はそのうち天罰が当たるわ。今さら後悔したって遅いんだからね!!」
何と言っても、この世界の女神は本当に存在している。事実として、国王ですら道を間違えれば天罰がくだるのだ。
目の前の男だって、彼女に歯向かえばいずれ近いうちに必ず罰せられることだろう。
「くくく、天罰ねぇ。確かにもう、天罰は当たっているかもしれないね。でもそれは、ボクなんかにじゃなく――聖女にかもしれないよ?」
「はぁ? なんで私に天罰が当たるのよ!」
幼い頃より女神を崇め、彼女の忠実な僕である聖女として働いている人間もそう居ないと自負している。まったくの清廉潔白だなんて言うつもりは無いけれど、この男に天罰なんて言われる筋合いも無い。
「だって、ねぇ? キミ、女神の天敵である魔王とイチャイチャしてるんだもの。クククッ、そりゃあ女神だって怒っちゃうよねぇ」
図星を突かれ、グッと息を呑むモナ。
たしかに自分の意思ではないとはいえ、彼と一緒に過ごしたというのは事実だ。
コイツの言う通り、女神がその行いの一部始終を見ていたとしたら。その罰として、本人ではなく母を連れ去ったのだとしたら。
「まさか、女神様がお母さんを連れて行ったっていうの!? 冗談も休み休み言いなさいよ。お母さんは先代聖女なのよ!? 何年も女神様に尽くしているのに、そんなことをされるはずがないじゃない!!」
「さぁ~、ボクには女神のキモチなんて分からないよ。そもそも、ボクはこの世界の住人じゃないしね〜?」
「ふざけるのもいい加減にして!」
ステッキのような杖をクルクルと振りながら煽ってくるカボチャお化けの仮面男に罵声を浴びさせる。
もう我慢の限界だ。モナは激昂し、知ってることは全部吐けと言わんばかりにジャックを睨みつけた。
「おぉ、怖いこわい。聖女サマに怒られちゃったよ〜。ふふふ、
「駄目よ。今回は事情を聞くまで帰さないわ」
仮面の男は真剣な表情をしているモナを見て、漸く彼女をあざけるのをやめた。
「――警告はこれで最後だ、聖女。いいかい。今度こそ取り返しのつかなくなる前に、ちゃんと大事なモノをその手でしっかりと掴まえておくんだよ。……それじゃね」
「ちょっと、待ちなさいよ!!」
ジャックはモナの制止の声を無視して指をパチン、と鳴らした。
すると周囲の闇はジャックを中心にして竜巻のように巻きあがり――あっという間に空へと昇って消え去ってしまった。
当然そのときにはもう、ジャックの姿は何処にもない。まるで煙の様に跡形も無く居なくなってしまった。
「なんだったのよもう……」
モナはすっかり混乱していた。
母を連れ去ったのは魔王ではない。
事情を知っていそうなジャックもかなり怪しいが、正体も目的も不明。
「警告ならもっと分かるようにはっきりと言いなさいよ……」
今日の夜はいつもより闇が深い。
空を見上げながらそんなことを考えるモナなのであった。
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