第37話 疑う聖女と疑われた魔王様

 

「お母さんを何処へやったの」


 モナはウルの家に入ってくるなり、有無を言わせぬ口調で目の前で座っている男を問い詰める。

 ここの現在の家主であるウルはリビングで、先日訪れたメルロー子爵の領で購入した赤ワインのボトルを片手に、優雅な晩酌をしていたところだった。


 契約の時ですら見せなかったような怒りの形相を見せる彼女をチラッと一瞥いちべつすると、グラスに入った血のように赤い葡萄酒をひと口だけ含んでから、コトリとテーブルに置いた。



「何の話だか「とぼけないで! アンタ以外に、いったい誰がお母さんを連れて行くっていうのよ!」……そんなの知らないよ。なにか用事があって出掛けているとかじゃないの? あぁーあ、せっかくのワインが……」


 惚けるウルに怒りが抑えきれなかったのか、モナは話の途中でテーブルをバァンと叩いた。衝撃でまだワインの残ったグラスは倒れ、机上の料理たちを紅く染めていった。

 モンスターをなぎ倒すほどのダメージを与える聖女の攻撃は、テーブルの上のディナーに甚大な被害を与えてしまっていた。


 クロスで机の上を綺麗にしながら、少し機嫌が悪そうにモナに苦言を呈す。


「だいたい俺は昨日から王都の外に居て、やっと帰って来たんだよ? それでどうやってモナの母上と接触するっていうのさ」

「そ、それは……」


 一緒に母を探していた妹のリザが一人で街の外へ出るレオを見たと言っていたので、それは恐らく事実だろう。だが魔王である彼ならば、なにか方法があるかもしれない。

 そもそも、あの強い母を誘拐できる人間と言ったらこの王都ではかなり限られているのだ。



「まず何があったのかちゃんと説明してくれ。母上が誰かに連れ去られるところでも誰か見たのか?」


 いつもの調子とは違った真面目な顔でそう問われると、さっきまでの勢いも削がれてしまった。

 この時点でモナの心中では、もしかしたら本当に魔王は無関係なのかもしれないと思い始めていた。


 少し冷静を取り戻したモナは、ウルに事情をイチから説明することにした。




「つまりキミの母君が家族の誰にも告げずに家を二晩ほど留守にした、と。……キミは本当にそれだけで俺を疑ったのか」

「……う、ううっ。だってあの真面目なお母さんが、そんな不良娘みたいなことをするなんて有り得ないんだもん」


 ここでいう不良娘というのはモナの双子の妹であるリザだ。彼女は良く街の宿屋兼居酒屋に入り浸って、数日家に帰ってこないこともしばしば。


 そんな不真面目なリザを良く叱っていた立場であるレジーナが、自らそんなことをするはずがない……というのが、モナの意見なのである。



「ふぅん、たしかに聞く限りではモナの母上らしいっちゃらしいね」

「なによ、なにか文句でもあるっていうの?」

「いや、ふふふ。聖女っていうのは性格まで受け継がれるんだなぁって思っただけさ」




 確かに先々代、つまりはモナの祖母にあたる人物も、穏やかでありながらも民の為ならば一歩も引かない優しさと強さを兼ね合わせた、とても高潔な人物だったと聞く。

 それはお腹の中に子どもが居たにもかかわらず、当時の魔王を討伐したほどに。



 親子三代で見てみても、モナも間違いなく聖女の血統というべき性格をしている。友人を大事にし、民を想い、愛に情熱を傾けられる人物だ。

 実際にはモナの中には前世の魂が紛れ込んでいるのだが、それをんでも彼女は間違いなく聖女の家系だと言っていいだろう。



「私のことはいいの。それよりも、本当にお母さんのことは知らないのね?」

「……だから俺は一切関与してないよ」

「そう……本当にどこに行っちゃったんだろう……」


 母もモナと同じように教会で育った身で、親戚や友人と言える人物も殆ど居ない。

 そちらは妹が今も探してくれているが、恐らくそちらのセンも薄いだろう。


 どちらにせよ、娘に黙って消えてしまう必要が無いからだ。



「……俺も独自のツテを使って捜索の手伝いをしてみよう。だけど今の俺はこの身体だ。あんまりアテにはしないで欲しい」

「本当!? ありがとう……ごめんなさい。私、つい貴方だと疑っちゃって……」



 母ほどでは無いが、モナもそれなりに聖女の仕事を通して人を見る目を鍛えているつもりだ。

 今までのやり取りで、ここまで来ればウルが今回の件とは無関係だという事もほぼ確信していた。


 相手が悪の魔王であろうとも、素直に謝れるのが彼女の美点である。



 そんな素直なモナを見て、ウルは少しほっとした顔になる。新しくグラスにワインを注ぎ直すと、それをくいっと飲み込んだ。

 そして空いていたグラスに新しく注ぐと、モナにも飲むように勧めた。


「なんだか悪いわね……何だか気疲れちゃったし、一杯だけいただくわ」

「ところでモナ」

「なぁに? あ、やっぱり子爵のワインは美味しいわね」


 注がれたワインを一気にあおる。さらに自分で再びなみなみになるまで淹れたグラスに口を付けながら、ウルに話の続きを促す。


「キミ、昨日教会で母君に契約のことをバラそうとしたよね?」

「ぶふあ」



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