第20話 ベッドの上で、魔王様と思い出話。



 初めて魔王ウルが目覚めたときにはもう、そこは既に魔王城の中だった。

 しかしそれば温かい母の腕の中でも、ふかふかのベッドの上でもない。誰もおらず、荒れ果てた城の中の床で、ただ独り物のように置かれていた。


 なんのドラマも無い。

 何か使命があると言われたわけでも無く、ただそこに有るだけ。

 それが、魔王ウルという男の誕生だった。


「別に生まれた時から悪意に染まっていたわけじゃ無いんだ。あの空間に産み落とされ、魔王としてそこに存在することになった。ただ、それだけなんだ」


 あの空間や城は魔王が作ったと思っていたが、そうではないらしい。

 ではいったい、彼をあの場所に存在させたのは誰なのだろうか……。

 彼より前の魔王なのか、はたまた別の存在なのか。


 ただ前世からこの世界に転生しただけのモナでは、考えたところで答えが出そうもない。

 もし女神様と会話することが出来たのなら、彼の出生の秘密も分かるのかもしれない。



「それから貴方はどうしていたの? あれだけの力を持っていたのなら、別に魔王にならなくたって良かったのに……」


 その有り余る暴力を持ってこちらの世界に侵攻しなくたって、それなりに平和な国を築けそうなものだ。他にやりたいことだっていくらでもやれただろう。


「いや、それは出来なかった。そもそも俺は生まれてから一度も、あの魔王城のある空間から一歩も出られなかったんだ」

「なんですって!?」



 衝撃の事実。

 魔王は引き篭もりだった。


 いや、事態はそんな可愛いものではない。

 本人はあの世界から出ることも叶わなかったのに、こちらの世界では最悪の存在として忌み嫌われていたのだ。


 ただ、存在するだけで嫌われているなんて……。

 魔王を討伐し、憎んでいたはずのモナでさえ、彼を同情し始めてしまう。



「自分の中にとんでもない力……今では魔力だって分かったけど。最初はそれを使う方法も知らなかった。当然、魔法だって使えなかったからね。だから城にあった本で勉強したり、自分で試行錯誤してみたりして長い間を過ごしていたんだ……」


 親の愛情も受けられず、たった一人であの寂しい空間で生きていた魔王ウル。

 そしてそんな彼を待ち受けていたのが……。


「――あの日。とつぜん勇者が来て、俺は問答無用で魔法を放たれ、そして斬られた。……それは当然、キミたちも知っているだろうけど」

「……だけど、それはっ!!」

「周りの大人にそう教えられていたからだろう? 仕方が無かったって。……でも、俺は誰にもそんなこと教えてもらえなかった」


 急にやって来た勇者たちによって、有無も言わさず勝手に悪だと断定されて処理されたのだ。

 そんなの、ウルじゃなくても嫌だろう。



 どれだけの苦痛と悲しみ、恐怖が彼を襲ったことか。

 そしてこれらは契約のタトゥーを通して嘘ではないことがモナも分かっている。


 つまりこれが、魔王という存在の本当の歴史。

 世界が嫌った男の過去なのだ。



「だから俺は勇者の身体を乗っ取り、この仕組みを壊したかった。外の世界で、普通の人間として生きたかった。――ただ、それだけなんだ」


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