第19話 奪い、奪われる身体

「でもモナの心はまだ奪わない。その代わりに右手の自由を貰う」


 嘘を吐いたペナルティを与えると言うウル。

 嗜虐的な笑みをたたえながらモナに語り掛ける。


「右手ですって?」

「そう、でも何も斬って奪うワケじゃない。そのを貰うだけだよ」


 そういうとウルはモナの腹部にある羽の紋章をしたタトゥーに触れる。

 すると急にその部分が熱を持ち始めた。まるで、高熱のタバコを押し付けられたみたいだ。


「あつっ!?」

「ふふ、これでモナのは俺のもの。ほら」


 いきなり何をするんだと睨みつけるも、悪戯が成功した子どものような顔で流されてしまった。

 そもそも、権限とはなんだ。疑問に思いつつ自分のお腹を触ろうとするが……右手が、動かない。

 と思いきや、自分の意思とは別に右手が動いて、ウルの左頬に触れた。


「なっ……!? なによコレっ!! どうして勝手に!!」

「――ね? これで分かったかい。約束を破ったらどうなるのかってこと」


 モナもこのやり取りで、理解した。

 理解、してしまった……。


 つまり、この契約のルールを破れば問答無用で身体の自由が奪われる。

 このままでは……自分の身体を次々奪われ、人形にされてしまうだろう。

 だが、裏を返せば彼が契約違反をすればモナが主導権を握れるという事だ。


(レオの身体を返すってそういうこと……)


 同じ条件で契約をしたのだから、このクソみたいな男にどうにか契約を破らせれば期間中でもレオを取り戻すことが出来る。

 ややリード先手を奪われてしまったが、諦めるわけにもいかない。

 モナはここから巻き返さなければならないだろう。


「覚えてなさいよ、絶対に奪い返してやるんだから。そしていつかレオの身体を私のモノにしてやるわ」

「ふふふ、楽しみにしているよ。でも今日はまずは……」


 クイ、とモナの顎を上げてキスのような体勢で見つめられる。

 銀色の瞳の中に困惑しているモナが反射して映っていた。

 まだ酔いが残っているのか……顔がまだ熱い気がする。




(こんなの……もう、戻れないかも……)


 結局ウルに好き勝手弄ばれ、ベッドの上で気を失ったモナ。

 再び意識を取り戻した時にはもう深夜だった。

 

「ねぇ、ウル。さっきシャルドネさんに『勇者について聞け』って言ってたけど。あれ、どういうこと?」


 ベッドで横になりながら、隣りに寝ているウルに尋ねた。そう、彼は自分とだ。


 レオの身体は見慣れているつもりだが、ベッドの上で見るのはなんだか恥ずかしい。盛り上がった胸の筋肉が呼吸と一緒に上下しているだけで何故か艶めかしく思える。


「まったくキミは……そこまで聞いていたのか……」

「私だって聖女よ。いわばこの件に関しては当事者。なのに先代の聖女だったお母さんも『その時が来たら教える』って言って、私にすらずっと秘密にされてきたのよ? 気付いたらもう魔王だって……形上は討伐されたのに……」


 あの時、魔王城で確かに首を落としたはず――実際には自分の隣で寝ているが――なのだから、もう教えてくれても良いだろう。

 今がその時ではないというのなら、それは一体いつなのか。


「そうだな……まずキミは魔王についてどこまで知っている?」

「魔王について、ですって? うぅん、そうね……この世界の主神である女神様を恨み、この世の全ての生命を憎み、それらを滅ぼそうとする存在……ということぐらいかしら?」



 滅ぼしてもなぜか復活する魔王。

 その間隔は聖女が数代ごとで、前回の魔王が生まれたのはモナの祖母の時だ。

 祖母は当時の勇者だった祖父と共に旅をし、数多なる苦難の末に倒された。


 ちなみにその時は王国から名のある剣士と魔法使いが駆り出され、残念ながらその二人は戦死してしまった。王都の中央広場には、かつての英雄たちの魂を鎮めるための石碑が建てられており、そこに彼らの名が刻まれていた。


 英雄たちが偉業を成す度に吟遊詩人たちが歌を作り、それを物語として書物に綴られる。

 その本はどの家庭でも子どもに読み聞かせられていて、いつの時代も絶大な人気を誇っていた。


 だから勇者の物語というのは、人々にとっては非常に親しみのあるものなのだ。

 ――ちなみに。どの時代の物語でも、勇者と聖女は結ばれる結末となっている。それは最早お決まりの展開らしいのだが、フィクションではなく、事実らしい。少なくとも聖女の家系であるモナは母からそう聞いていた。



 しかし魔王に関しては教会の経典に少し書いてあるだけで、極端に情報が少ない。

 魔王が出現するたびにモンスターが溢れ、街や村を襲うので民からはかなり恨まれている。だから彼について口にするのも、書き記すことさえも疎まれているのだ。


 たまに魔王を信奉する破滅主義者が出てくることがあるが、勝手におかしな儀式で自滅するか兵に根こそぎ処刑されているので、ほぼ世の中には存在していない。


 そもそも今までの魔王にはまるで人形のように感情が無く、人間に対して害しかなさない彼を崇めるメリットが無いと言われていた。

 まるで幽霊のように突然現れ、そしてモンスターが増える……というだけなのだ。

 今回のようなウルのケースは珍しいと言えるだろう。



「そういえば、なんで魔王が生まれるとモンスターが沸くのかしら?」

「それは魔王があまりにも強大な魔力を持つために、魔力を生命エネルギーとする魔物が活発化する……と言われているね」

「そうなの? うーん……何故か分からないけれど、あまり魔王について考えたことが無かったわ。どうしてだろう」


 他の人間が魔王についてあまりにも口にしない、ということもあったが、そもそもこの世界の人間ではないモナがこの仕組みについて興味を持たないのは流石におかしい。


 モナは生まれ育った教会で魔王は悪だ、聖女は勇者のサポートのために誠心誠意尽くすのだ、と小さなころから教え込まれていた。

 今まで疑問に思えなかったのは、そのやたら熱心な教育洗脳の所為なのかもしれないが……。



「ねぇ、ウル。今更だけど私、貴方についてほとんど知らなかったわ。魔王って、いったい何者なの? なぜこの世界でこんなにも疎まれているのかしら……」

「……そうだね。出逢った時はまともな自己紹介すら出来なかったし。まずは俺が魔王として生まれた時のことを話そうか……」



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