第4話 祝勝会にて


「「「「我らが偉大なる王に多大なる感謝を」」」」


 報酬を受け取った聖女たちは王都にある、行きつけの宿屋兼酒場で祝杯をあげていた。

 王子もこの小汚い場末の飲み屋には慣れたもので、安くて温いエールを勢いよくゴクゴクと、美味しそうに飲み干していく。周囲の客もここに王族が紛れていることなぞ気に留めている様子もない。


 王の御前ではあんなに淑やかだった聖女も、ここではこんがりと焼きあげられた骨付き肉を手掴みのままモグモグと頬張り、水で薄められたワインをカポカポと飲んでいる。

 教会の関係者が見たら咎められそうな光景だが、モナいわく『これは般若湯(薬用酒)扱いだから大丈夫』らしい。


 聖女だって常に教会の気の張る厳しい環境よりも、本当はこっちの自由な気風が性に合っていた。

 妹のリザなんて、最初から教会の生活は嫌だと言って魔法使いへの道を選んだほどだった。



 お腹もくちくなり、酔いもほどほどに回り始めた頃。

 レオが急に椅子から立ち上がったかと思えば、神妙な表情で語り始めた。


「なぁ、みんな。これまでの長い旅、本当にお疲れさまだった」

「どうしたのよレオ。いきなりそんな真面目な顔であらたまっちゃって……」


 モナは空になった三本目のワインボトルを置いて、珍しい言動をしているレオのことをまじまじと覗きこむ。

 たしかに彼もいつもよりお酒を飲んでいたが、普段から酔ったところなんて見たところがない。

 他の面々も食べる手を止めてレオの次なる言葉を待った。


「魔王討伐も無事に終わり、俺たちは別々の道を歩むことになるかもしれない。だけどこれで俺たちの縁は終わりじゃないだろう? だから時間が合う時はこれからもこうして、ここに集まって酒を飲もうじゃないか」

「……なによ、レオ。そんなことを態々言いたかったわけ?」


 てっきり何か重大な発表をするのかと思い、実は内心でハラハラしていたモナ。

 この幼馴染は時々ふらっと何処かへ行ってしまいそうな雰囲気を出すことがあるので、彼女はどうしても不安だったのだ。折角これから愛を育もうと思った矢先、彼に失踪でもされたらたまったもんじゃない。


 一方のレオは「えへへ」と頭をガシガシ掻いて照れている。

 能天気というか、そのメンタルの強さも勇者らしい。


「いいじゃないか、モナ。これでこそレオらしいよ。もちろん、僕も賛成だよ。むしろ王子だからって僕を除け者なんかにしたら、キミたちを不敬罪でしょっ引くからね?」

「アタシも大歓迎ー。ていうか飲み屋なら毎日いるかも?」

「こら、アンタはちゃんと帰って来なさい。お母さんがまた心配するでしょうに」

「えへへ、ごめーんお姉ちゃん」


 なんてことはない。

 魔王討伐の旅が終わっても、これまで通りの生活が続いていくに違いない……。

 モナはホッと胸を撫で下ろし、次のワインボトルの蓋を開けた。



 そんな和気あいあいと盛り上がっている四人のもとに、赤ら顔をしている大柄な男が空気も読まずにズカズカとやってきた。

 片手には空になった酒瓶が掴まれており、身形も何日も風呂に入っていない山賊のようだ。


「ふへへへ。お前ら、随分と楽しそうに飲んでんじゃねぇか……俺様にもその旨そうな酒を分けてくれよっ!!」


 そんな不潔感の塊のような男はゴロツキのようなセリフを吐きながらフラフラと勇者に近付くと、馴れ馴れしく彼の肩を抱いた。

 勇者に対してそんな命知らずなことをする輩など、少なくともこの酒場の常連なら誰も居ないだろう。

 だが、たった一人だけ例外が居た。


「「「師匠!!」」」

「あっ、ヴィンチ!」


「よぉ、良くやったなお前たち! 戦い方を教え始めた時はあんなひよっこだったってのに、気付けばこんなに立派になっちまってよぉ!」


 リザにヴィンチと呼ばれた男はレオの背中をバンバンと叩きながら、弟子たちの偉業を喜んでいる。

 モナたちもテーブルにスペースを空け、友人を迎えるかのように彼のための椅子を準備した。


「ごほっ、師匠。痛いですって、本気で叩かないでくださいよ!」

「ばかやろー、俺様が本気で叩いたら勇者だってワンパンだろうが。なんたって、俺様は勇者の師匠なんだからな!! がはははは!!」

「まったく、飲み過ぎですよ師匠……」

「なぁにを言ってる。俺様が手塩にかけて育て上げた弟子が偉業を成し遂げたんだぜ!? これが飲まずにいられるかってんだよ」


 そんなことを言いながら、四人のうちの誰かが注文しておいたエールを勝手に飲み干してしまった。

 だが、この弟子四人はこの師匠がお祝いなど関係なく、日ごろから常に飲んだくれていることを知っている。

 どれだけ止めさせようとしたって無理なのはもう分かっているので、リザは諦めて空いているカップに温いエールを注いで手渡した。


「おぉ、悪ぃなリザ。ククク、それじゃあ最高にクソ野郎な弟子どもに乾杯すっぞ!! よっしレオ、音頭とれ音頭!!」

「はぁ……もう無茶苦茶なんだから……はいはい、みんな。師匠にも乾杯っ!!」

「「「「かんぱーいっ!」」」」


 こうして五人の英雄たちは、何度目かも分からない乾杯を繰り返していく。

 辛かった修行の日を笑いながら。救えなかった民をしのびながら。


 だが命懸けの戦いの日々はもう、終わったのだ。

 これから彼らを待っているのは笑い声の溢れる、明るく楽しい日常だ。


 魔王が倒された今、こうした平和な時がいつまでも続いていくはず。



 だがしかし。

 彼らの知らないところで、新たな脅威はすぐそこにまで迫ってきていた。


 ――そう。世界を巻き込む崩壊への幕は、既に切って落とされていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る