第3話

「おい、友樹、聞いたぞ」

 友樹が学食で唐揚げ丼を食べているところに、斎藤和馬がやってきた。

「お前、荒野美咲と付き合い出したって、マジかよ?!」

 和馬はがたいのいい身体を狭苦しそうに学食の椅子にねじ込みながら、友樹の向かいに腰掛けた。

 友樹と和馬は高校時代からの仲だった。友樹が地味グループの人間であるのに対して、和馬は派手グループの言わば一軍。中でもその中心にいるタイプの人間であったが、友樹はなぜだか和馬に気に入られ、三年間クラスが同じだった縁もあり、よくつるむようになっていた。高校卒業後も、同じ桜慶大学法学部に進学した、いわゆる腐れ縁だ。

「和馬くん。君が悔しがるのも無理はないが、マジかと聞かれれば、マジなんですよ。これが」

 友樹が噂話を広めるおばさんのような手つきをして見せる。

「そうじゃなくて、あの女はヤバイって」

 和馬は大きく足組みをし、大きな頬杖をついた。

「荒野美咲って、ザイ科の橘晴人と付き合ってんだろう。橘っつったら、歩く性器って言われるくらい女に見境ない野郎じゃん。それだけじゃなくて、バカ商の桜井俊哉とも噂があるらしいぞ。お前、なんでそんな女と付き合ってんだよ」

 和馬は良からぬ宗教にはまった人間でも諭すような表情で言った。

 余談だが、友樹たちの通う桜慶大学では、経済学部をザイ科、最も偏差値の低い商学部をバカ商と呼んでいる。

「知ってるよ」

 友樹は飄々と答えた。

「でも橘晴人くんは日曜担当。桜井俊哉くんは土曜担当。僕は火曜担当だから、大丈夫。かぶってない」

「言ってる意味がわからないんだが」

 和馬は顔をしかめた。友樹は、美咲への告白の一部始終を和馬に話した。聞き終えた和馬は、お腹を抱えてどっと笑った。

「お前、それ、からかわれてるって。日替わりの彼氏なんて、聞いたことないぞ」

 両眼に滲む涙を拭いながら、和馬は言った。

「なんだ、和馬でも知らないのか。いつも最先端をいってるイメージだったけど、恋愛偏差値は案外、僕と変わらないんじゃないか」

 友樹は悪戯に肩をすくめた。

「知らないんじゃなくて、そんな流派、存在しないんだよ。どこぞやの一夫多妻制の国ならあり得る話かもしれんが、この民主主義国家の日本において、そんな訳のわからん制度、成り立たねぇ。荒野美咲は、被写体としてならかなりの上玉だが、付き合うのには到底向かない。曜日交際なんてもんは、男をとっかえひっかえしたいビッチの言い訳だな」

 高校時代に写真部に所属していた和馬は、女性のことをよく、彼女にしたい女、やりたい女、撮りたい女の三つに分類していた。

「人の彼女を捕まえてヒドい言い様だな。自分だって、彼女、何人もいる癖に」

「俺は男だからな」

 和馬がふんぞり返る。

「そういうのを男女差別と言うんですよ。それに、彼女はプラトニックなんだから」

 今度は友樹が胸を張って、誇らしげに言った。

「日替わりで男を変える女のどこがプラトニックだよ」

「身体の関係は一切持たない決まりだからね」

「お前、本気でそんな言葉信じてんのか?」

 和馬は友樹の顔をまじまじと眺めた。友樹は微笑みながら、ゆっくりと頷いた。

「もうダメだ。救いようがねぇ。もし万が一、億が一、その話が本当だとしたら、お前たち二人に加えて、頭の腐った人間があと六人もいるのか――」

 和馬は頭を抱えた。

「世も末とはこのことだな」

「とんでもない。一人で同時に七人もの男性を幸せにするなんて、すごいと思わない? 世の中、捨てたもんじゃないよ」

「お前、後で泣きついて来ても知らねぇからな。まぁ、これも良い経験か。せいぜい素敵な思い出でも作っとくんだな」

 和馬は団扇で顔を仰ぎながら、諦めた口調で言った。

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