第16話


 沖縄旅行から帰った美咲は、再び入院することになった。美咲は認めなかったが、恐らく旅行の無理が祟ったのだ。

 思えば、帰りの飛行機の中で、美咲は終始咳き込んでいた。友樹はそれを単純に、機内の乾燥によるものと思い、リュックに入れていたマスクやら喉スプレーやらを差し出していたのだが、そういうことではなかったようだ。

「ごめんね。僕が無理に誘ったから」

 苦しそうに咳き込む美咲の様子を思い出しながら、友樹は、病室のベッドに座る美咲に言った。

「もう、そのせいじゃないって。それに、何度も言ってるけど、あれは私が行きたいって言ったんだから。私のわがままに、君が付き合ってくれた。それだけ。いい?」

 美咲が諭すような口調で言った。友樹は納得した訳ではなかったが、その場しのぎに無言で頷いた。

「そうそう。今日は、これ、持ってきたんだ」

 気を取り直し、友樹はリュックから沖縄旅行の写真を取り出した。

 美咲がそれを手に取り、眺める。

「すごい。どれも、よく撮れてるね。カレンダーにしたら売れるんじゃない」

「一応、写真部だった和馬に、景色をうまく撮るコツは聞いてたからね。でも、景観ばっかりで、まるでインターネット上のフリー画像集だ。もっと二人の写真を撮ればよかったな。君と二人で映ってるまともな写真はこれしかないよ」

 友樹はある自撮り写真を取り出してみせた。美咲にプロポーズをした古宇利島で撮った一枚だ。美咲はピース貝と指輪を持ってとびきりの笑顔を浮かべている。一方の友樹も、辛うじて笑っていることは分かるが、その笑顔は半分しか収められていない。自撮りに不慣れだったため、うまく撮ることが出来ていなかった。

「ヒドいカメラマンだ」

 写真を見て、美咲は笑った。

「それから、これも、持ってきたんだけど」

 友樹はクリアファイルに入った紙切れを取り出した。

「沖縄市が出してる用紙を見つけたから、それをプリントアウトしたんだ。うみんちゅの君にはピッタリだろう」

 友樹が笑いながら、沖縄市のオリジナルデザインの婚姻届を広げてみせた。美咲は、それをまじまじと眺めた。

 書面には友樹のサインだけが刻まれている。いつぞやの契約書を彷彿とさせた。

「気が向いたら、君もここにサインしてくれないかな」

 友樹は美咲の名前や住所を書く欄を指した。

 美咲は笑顔で頷いた。その頷きは、先ほどの友樹が使った、その場しのぎと同じなのだろうと、友樹は心の中で思った。

「ところで、唐突だけど、やっぱり女性というのは、一生のうち一度はウエディングドレスを着てみたいと思うものなのかね」

「一度はというか、一度だけね。それは、もちろん! って言いたいところだけど、私はそれほどって感じかな」

 美咲は首を捻った。

「では、聞き方を変えよう。和装と洋装なら、どっちが好き?」

「それは、どちらかと言えば、洋装かな? 私、自慢じゃないけど、結構肩幅あるから、和服よりドレスの方が似合うの」

 美咲は自分の両肩を抑えた。

「なるほど。ドレスの色は、やっぱり白だよね」

「それは、どういう場で着るかによるんじゃない?」

「じゃあ、ブーケのお花はどういうのが好き?」

「君が何をしたいのか、バレバレなんだけど」

「何のことかな?」

 友樹はあえてとぼけてみせた。

「君にそこまでしてもらう義理はないよ。無理だと思ってた旅行に連れてってもらっただけで、もう充分。やり残したことは、もう何もない。ここまでで、もう大満足」

 美咲は笑ってみせたが、その表情はどこか歪んで見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る