第13話

 翌日、友樹が美咲の病室を訪れると、扉の向こうから何やら口論をしているような声が聞こえた。

 友樹は部屋に入っていいものか迷ったが、盗み聞きの方がよっぽどタチが悪いと思い、勇気を出してノックをした。

 その直後、部屋の中の声が止んだ。かと思うと、美咲の母親が一人、扉から出てきた。友樹が挨拶をすると、母親は友樹の顔を一瞥し、無言で去って行った。

「何か、タイミング悪かった?」

 病室の戸を閉めながら、友樹は言った。美咲は首を横に振ると、友樹の顔色を伺うように尋ねた。

「何話してたか、聞こえてた?」

「いや、全然。全く。着いたらすぐ、ノックしちゃったから。まさか、僕に秘密のガールズトークでもしてたの?」

 友樹は場を和ませようと、わざとふざけるように言った。

「よく分かったね。実は、君が契約違反を犯して私にキスをしてきた話や、パンツを見せろってせがんできた話について、相談してたの」

 友樹は驚いて、思わず変な声を上げた。美咲はぷっと笑った。

「冗談に決まってるでしょ。大したことない、ただの痴話喧嘩だよ」

「驚かせないでくれよ。心臓に悪いな」

「大丈夫だよ。ここは病院だから」

「そのジョーク、笑えないんだけど」

 美咲は「ごめん」と舌を出して笑った。

「話は変わるけど、この間の件」

 美咲の言葉に、友樹は首を傾げた。

「ほら、沖縄旅行に行こうって誘ってくれた、あの話。よく考えてみたんだけど、やっぱり――」

 断られると思い、友樹は耳を塞ぎたい衝動に駆られた。

「一緒に行きたいと思う」

「そうだよね。こんな時に、ラクダと一緒に沖縄旅行だなんて不安だし、返事はもちろんオッケ――え?! オッケー?」

 友樹は拍子抜けした。美咲は笑って頷いた。

「放射線治療のおかげで、ガンが少しだけど、小さくなってきたの。体調も格段に良くなったから、緩和ケアに切り替えて、しばらく普段通りの生活に戻ることが出来るんだって。だから、沖縄旅行もやっぱり行きたい。もちろん、君にまだその気があればの話だけど」

 友樹は、美咲の回復を知り、胸を躍らせた。

「やっぱり、君はすごいよ。どんな不幸も吹っ飛ばして、幸運を招き寄せる星の元に、やっぱり君は生まれたんだ。今日、帰ったら早速予約しておくから」

 美咲の両手を握ると、沖縄旅行に想いを馳せながら、友樹はとびきりの笑顔で言った。

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