第12話


 その日、講義が終わると、友樹は手早く荷物をまとめ、足早に教室を去った。

「おい、友樹、ちょっと待てよ」

 大教室の扉から出たところで、和馬に引き止められた。

「早く行かないと、アルバイトに遅れちゃうんだ」

 友樹は焦って言った。ダッシュで駅に向かって、スムーズに乗り換えができて、ギリギリ間に合うかという時間だった。

「お前、大丈夫かよ?」

 和馬は友樹の足元から頭までをゆっくりと眺めながら言った。

「大丈夫って、一体、何が?」

 友樹は意味が分からず尋ねた。

「なんか、お前が病人みたいに見えるぞ」

「そんなことないよ。僕はこの通り、ピンピンして――」

 友樹は言いながら、ついよろけてしまった。

「ほら、やっぱ危ねぇって」

 和馬は心配そうに言った。

 考えてみれば、ここのところ、見舞いと授業以外の時間のほとんどを、好時給の日雇いアルバイトに費やしていた。寝る間も惜しんで夜通し働くことも珍しくなく、友樹の身体はすでに悲鳴を上げていた。友樹も自分では分かっていながら、気付かないふりをしていた。

「いくら必要なんだよ」

 和馬が尋ねる。

 まだ合意は取れていないが、美咲を沖縄旅行へ連れて行きたい。プロポーズに成功した暁には、結婚指輪とウエディングドレスも購入するだろう。ざっと見積もって、最低五十万、いや六十万円は用意しなくてはならない。

 友樹は通帳の数字を頭に浮かべた。真面目に貯金をしてこなかったことを、この時ほど後悔したことはない。

「あと、二十万円は稼がなきゃ」

 和馬はリュックから何かを取り出すと、友樹の方へ投げた。友樹がそれをキャッチする。

「何、これ?」

 手に握っているのは、白い封筒だった。戸惑う友樹に、和馬が言った。

「少ないけど、足しにしろ。十万入ってるから」

「こんなの、もらえない。受け取れないよ」

 友樹は封筒を和馬に差し出す。

「やるなんて一言も言ってねぇだろ。貸しだよ、貸し。十一でな」

 友樹は胸に込み上げるものを感じながら、和馬に礼を言った。

 和馬は照れ臭そうに鼻を掻いた。

「親友に臓器でも売り始められたら、困るからな」

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