第11話

「あら、友樹くん」

 聞き馴染みのある声に、友樹は立ち止まった。

 見ると、美咲の母親がペットボトルを二本抱えて立っていた。

 友樹はすかさず、「どうも」と頭を下げた。

「もうすぐ友樹くんが来る頃だって美咲が言うから、買ってきたの」

 美咲の母親はお茶の入ったペットボトルを掲げて友樹に見せた。

「ついでだから、これ、持ってってくれる?」

 友樹は頷いて、ペットボトルを受け取った。

「本当に、ありがとうね」

 美咲の母親は、噛みしめるように言った。

「感謝されるようなことは、何も」

 友樹は頭を掻いた。

 病室に入ると、美咲は卓上ミラーを見ながら、何やら帽子の角度を確かめていた。

「お邪魔します」

 友樹の声に、美咲ははっとした。一瞬悲鳴ともとれるような声が聞こえたが、すぐに笑顔になって言った。

「お母さんかと思って、完全に油断してた」

 言い終えると、美咲が被っていた帽子を外してみせた。

 その光景を見た友樹は驚いた。

 美咲の頭は丸坊主になっていた。そのことに、驚いた訳ではない。

「綺麗」

 友樹は思わずそう漏らした。

 不安そうな表情を覗かせていた美咲の顔がぱあっと明るくなり、笑顔で言った。

「ね、思ったより悪くないでしょ。坊主が学校の校則だったら、私ってもっとモテてたと思うんだ。週単位じゃなくて、月単位で彼氏が作れたかも」

「それじゃあ、坊主が校則になくて助かったよ」

 友樹は笑って言うと、加えた。

「これ、君のお母さんから」

 お茶のペットボトルを二本テーブルに置く。

「それにしても、君はお母さんによく似てるね。まるで、君の三十年後の姿だ」

 友樹は言った後にマズいと思ったが、美咲はそれに対して何も言わなかった。

 気を取り直し、友樹はカバンからあるものを取り出した。

「今日は、君にこれを見てもらいたかったんだ」

 クリアファイルに入ったパンフレットを開いて見せる。パンフレットには、ハイビスカスやシーサーのイラストが賑やかに散らされている。

「二泊三日、沖縄弾丸ツアー」

 美咲がパンフレットの表紙タイトルを読み上げた。

「そう。君の第二の故郷、沖縄のツアーだよ」

 美咲はまだよく分からないという表情を浮かべた。

「二人で一緒に行こうよ、沖縄旅行!」

 友樹の言葉に、美咲は笑った。

「君、それ、本気で言ってる? ステージ4の炎症性乳ガンだって診断された、この私に?」

 美咲は友樹のオファーを一種のジョークと受け取ったようだった。

「僕は本気中の本気だったんだけど、難しいかな?」

「難しいを通り越して、もはや異次元の話」

 美咲はおどけて笑ってみせたが、その笑顔はどこか寂しそうだった。

 その物哀しい笑顔の奥に僅かな可能性を感じた友樹は、食い下がった。

「今すぐにとかじゃなくてもいいんだ。君が無理せずにいけると思ったタイミングで。僕はいつまででも待つから。だから、頭の片隅にでも置いといてよ。あのラクダ、こんなこと言ってたなって」

 美咲は笑って頷いた。

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