第6話

 一限目の講義というのは、なぜこうもやる気が出ないのだろう。国際法の講義が行われる大教室で頬杖をつく友樹は、そんなことを思いながら、一向に進まない時計と睨めっこをした。

弁護士になる心算で、名門と言われる桜慶大学の法学部に入ったはいいものの、三年生になり、進路を本格的に決定する段階に来ると、それが本当に自分のやりたいことなのか分からなくなっていた。

 隣の和馬は参考書を机の上に立て、その影に隠れる形でガーガーと眠っている。

 友樹は、前日の美咲とのデートを思い出した。

 昨日は、美咲がカラオケに行きたいと言い出したので、二人で大学の最寄駅近くのカラオケ店に入った。最初はそれぞれ歌いたい曲を交互に入れたが、それに飽きたのか、美咲が突然、幼稚園児が歌うような童謡を入れ始めた。意外な趣味だと思って見ていたら、友樹に歌えと要求してきた。歌だけでは飽き足らず、歌に合わせて踊ることも求めた。友樹はまるで道化師のように美咲のリクエストに全力で応えた。ケラケラと笑う美咲は、友樹にとって、憎らしくも可愛かった。

 もし自分が美咲の部下だったら、完全にハラスメントだ。いや、今の関係のままでも、充分ハラスメントにあたるか。友樹はそう思いながらも、幸せな気分に浸った。

 火曜の限られた時間の中で、友樹は美咲の笑顔を見るために、全力を尽くした。共に娯楽を楽しむだけでなく、図書館で一緒に勉強したりもした。

 美咲を自宅マンションに招待したこともあった。美咲の課題を手伝う約束があり、長丁場になりそうだったので、大学から程近い友樹の家で行うことにしたのだった。思った以上に課題は長引き、二人は途中でお腹が空いてしまったので、友樹は冷蔵庫にあった材料でパスタを作って振る舞った。ご馳走になったからと、美咲は慣れない手つきで洗い物をしてくれた。その後ろ姿を見て、彼女と結婚したらこんな感じなのだろうか、と友樹は考えた。

 もし、そうなるとしたら、やはり彼女には苦労をさせないだけの稼ぎがほしい。子どもが産まれたら、彼女はしばらく子育てに専念したいと言うかもしれない。それならば尚更、充分に安定した稼ぎを作れる仕事に就かなければ。

 産まれてくる子どもは、ラクダと美女のハーフか。出来れば、彼女に似てほしいものだ。友樹は未来の子どもの顔を想像しながら微笑んだ。

「何、ニヤニヤしてんだよ、気持ち悪りぃな」

 甘い妄想タイムに邪魔が入り、友樹は腹を立てた。隣を向くと、さっきまで寝ていたはずの和馬が、友樹の顔を覗き込んでいる。

「勝手に人の妄想の邪魔をしないでくれないか。さっきまでグースカと鼾かいて寝てたくせに」

「童貞に彼女ができると、こんなにも分かりやすく浮かれるんだな」

 和馬は片手をついてニヤけながら言った。

「で、どうなの? 順調なわけ? その一夫多妻の逆バージョンみたいな付き合いは?」

「極めて順調だね。残念ながら」

「それはどうもご愁傷様。相変わらず、プラトニックな関係ってやつを貫いてんの?」

 友樹は、「もちろん」と得意げに頷いた。

「本当に真剣なのかね、向こうは」

 和馬は少し心配そうな顔を浮かべた。

「別に、身体の関係が全てだとは言わんが、小学生の付き合いじゃあるまいし、少しくらい、そういうお愉しみがあってもいいだろう。せめて、軽くキスするとか、パンツ見せてもらうとか」

 友樹は美咲の姿を想像してしまい、思わず赤面した。

「キスはまだ分かるけど、なんでパンツ――」

「おっ! また妄想してコーフンしちゃったか。じゃあ、来週の火曜、お願いしてみろよ」

「出来るか、そんなこと!」

 友樹が思わず立ち上がり、大声をあげた。周りの生徒と教授から鋭い睨みをくらう。

「バカなこと言うなよ。僕は現状で満足なんだから、勝手な横やり入れないでくれ」

 友樹は椅子に腰掛けながら小声で言った。

「へいへい、左様ですか」

 和馬は再び参考書を机に立てると、そのままグーグーと鼾をかき、眠りについた。

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