最終話 ヒマワリの話他

☆☆☆ 二人の母親の話 完結編 ★★★


 その日の夕食の後、家族全員がリビングに集まった。

 ミウノノテナフウコウ、それからコンとサク。そしてサナ。

「大事な話しがあるんだ」

 そう切り出したのは、ミウだった。

 ミウが視線が視線をむけると、サナはうなずく。

「サナを産んだのは、ノノじゃなくてサクなんだ」

 驚くテナフウ、そしてコウ

「でも待って」

 そう言ったのはフウだった。さらにこう続ける。

「僕、サナが生まれた日のこと覚えて……」

 だが、その言葉は途中で止まった。

「……あれ? 確かにおかしい。サナが生まれた日、『無事に生まれてよかったね』ってお母さんと話してた。そのとき、お母さん、台所でご飯つくってた」

 ノノはうなずく。

「ごめんなさい。あなた達二人には、記憶を改変する術をかけていたの。テナ、フウ、おいで」

 ノノテナフウを近くに呼ぶと、それぞれの額に手をかざす。その手は鈍い光を帯びる。

「思い出した。……そっか。そうだった」

 テナはつぶやくように言った。

 ノノはうなずいた。


 それからミウは、サナの生い立ちについて丁寧に説明した。

 時々、ノノやサクが補足を入れる。

「――っていうのが、これまでにあったことだ」

 そして、ミウは長い話を終えた。

「じゃあ、サナ姉ちゃんは、姉ちゃんじゃなくて従姉ってこと?」

 最初に口を開いたのはコウだった。

 サナはゆっくりと、言葉を選びながら言う。

「コウの言う通り、姉ちゃんや兄ちゃん、コウとは血の繋がりで言えばいとこだけど、私は、今まで通りこの家で暮らしていきたい」

 テナはサナに近寄ると、そっと頭をなでた。

「叔母さんはどうするの? これから」

 フウが尋ねる。

「私も、この家で暮らさせてもらいたいんだけど、いいかな?」

 サクは周囲を見渡す。全員、異議はないようだ。

「それでね、私のお母さんがどっちか、って話なんだけど」

 サナが様子を見ながら、ゆっくりと言った。

「両方とも、私のお母さんだと思いたいなって、思うんだけど」

 ノノ、そしてサク。

 二人はそれぞれうなずいた。


△△△ 大人になっても苦手な話 ▽▽▽

 ある日のこと。

 鳥取市内の病院の診察室。

 ノノとサク、それから医師に見守られながら、椅子に座るサナは右腕をぐりぐりと動かす。

「どう? 痛いとかない?」

 医師は尋ねると、サナは「大丈夫です」とこたえた。

「キツネの姿になってくれる?」

 医師に言われ、サナはベットにのると、キツネの姿になった。

「ちょっと触るね」

 医師はサナの右前脚を触診する。

「違和感ない?」

「はい、大丈夫です」

 医師はニコリと笑った。机の上のレントゲン写真。そこに写っている腕の骨はぴったりとくっついている。

「もう大丈夫だね。サナちゃん」

 サナはキツネの姿のまま、嬉しそうな表情を浮かべた。

「話は変わるんだけど、サクさんとサナちゃん、今年の狂犬病の予防接種、まだみたいだけど、今日うけていく?」

 医師が尋ねると、サナはすぐにうなずく。

「はい、お願いします」

 一方で、サクは右へ左へせわしなく視線を動かす。

「ま、まあ、狂犬病は人間から人間へは感染しませんが、キツネから人間には感染しますもんね。私たちがしっかりと予防しなきゃだね」

 サクの手は微かに震えていた。

「サク、相変わらず注射苦手なのね」

 ノノが呆れたように言うと、サクは慌てて言い返す。

「ち、違うよ。私もう三八歳だし、注射が恐い年じゃないもん。でもね、こう、体質の問題とかもあるし、ちゃんとした知識を身に着けてからね――」

 サクが長々と語っている間に、サナはあっさりと注射を終えた。

「終わったぞ」

 ノノはサクの肩を掴み、椅子に座らせる。

「やりますよ! やってやりますよ! やればいいんでしょ!」

 医師はニコニコと笑顔を浮かべたまま、サクの二の腕をゴムチューブでしばり、血管を探す。

 サクの表情が徐々に恐怖にゆがみ、

「ちょっとチクってするよー」

「キャンっ!」

 診察室に、イヌに似たサクの悲鳴が響いた。


◆◆◆ お風呂の話 ◇◇◇

 夜、サクは使用済みのタオルを手に脱衣所の扉をあけた。

「あっ」

「あっ」

 そこには、全裸のサナがいた。

「あ、ごめん。これからお風呂?」

「うん。コンと入ることが多いんだけど、今日は用事があるらしくて」

 そこでサナは、サクがじっと見つめてくることに気付いた。

「あの、どうかしたのか?」

 サクは慌てた様子で首を横に振る。

「ううん。なんでもない。ごめんね」

 サクはタオルを洗濯かごに投げ込むと、扉を閉めた。


 次の日の朝。

 ノノが裏庭で洗濯物を干していた時だ。

「おはよう、お姉ちゃん。私がやるよ」

 そこにサクがやってくる。

「ありがと。じゃあ、そこの洗濯かごのヤツ、洗濯機で回してくれる?」

 サクはうなずくと、言われた通り近くに置いてあった洗濯かごの中身を洗濯機に入れていく。

「ありがと。こうも人数が多いと、一回の洗濯じゃ終わんないのよ」

 そう言いながら、ノノは洗濯が終わった衣類を干していく。

「あ、サナのワンピースだ」

 サクは水色のワンピースをみつけた。

「サナの匂いだー」

 サクはためらうことなく、ワンピースに鼻をつける。

「ウチの娘の服になにしてくれとんじゃぁー!」

 ノノがサクの後頭部を叩いた。

「じょ、冗談だよ。そんなに強く叩かないでも……」

 サクは苦笑い浮かべながら、小声で「でも、いい匂いだった」と付け足し、ワンピースを洗濯機に入れた。

 表から、サナの声がする。

「アカリのとこ、遊びに行ってくる!」

 ノノとサクは同時に返事をした。

「はーい、行ってらっしゃーい」

 夏の風が干された洗濯物を揺らす。

「きっと、サナはまだまだ大きくなるから、私たちで支えていこうね。お母さん」

 ノノが言うと、サクはうなずき、自分の胸元に目をむける。

「本当に大きくなったね、サナ。私みたい胸元がどのくらいあまるか気にしながら服を選ばなくてもいいよ。私を超えたあなたなら」

 ノノはサクに目をむける。

「なんの話?」


〇〇〇 ヒマワリの話 ●●●

 ある日のこと。

「じゃあ、行ってらっしゃい」

 駅まで見送りに来たノノに見送られて、サナとサクは列車に乗り込んだ。

 サナの背中にはリュックサック。首からは姉に借りたコンパクトデジタルカメラ。

 カタリ、コトリ。列車は稲穂の育つ田園風景の中を走り抜け、若桜鉄道の終点で、JR因美線に接続する郡家こおげ駅に到着する。

 時刻表を見ると、列車の到着まで十六分ほどある。

 二人はベンチに座った。


「――ってことがあったんだ。面白いだろ?」

 サナは楽し気に話し、サクは「うん、うん」とうなずく。

「ねえ、サナ。彼氏くんとは仲良くやってる?」

「か、彼氏? いないよ!」

 サナの反応を見たサクは意地悪な表情を浮かべる。

「ショウタ君は?」

「ショ、ショウタはただの友達だ! ……まぁ、嫌いじゃないけど」

「大丈夫。私たちだけの秘密にしておいてあげるから」

「だ、だからただの友達だって」

 その時、ホームに二両編成の列車が滑り込んでくる。鳥取駅と岡山駅を結ぶ特急『スーパーいなば』号だ。

 自由席の座席は埋まっていた。

「立っていようか」

 サクが言うと、サナはうなずく。

「うん」

 二人はデッキの壁にもたれる。

 扉が閉まり、列車は走り出した。

 サナは窓の外を見つめる。

「せっかくのお出かけなのに、曇ってる」

「大丈夫、これから晴れるよ。きっとね」

 サクはそう言った。

 山陰地域と山陽地域を隔てる山を、二両編成の特急列車はウサギのような軽やかさで駆け抜ける。

 県境を越え、兵庫県へ。


 二人が降り立ったのは佐用町さようちょう佐用駅さよえきだった。

 轟音をたてながら走り去る特急列車を見送り、姫新線きしんせんのホームへ。

 バスのような一両だけの車両に乗り込み一駅。

 播磨徳久駅はりまとくひさえきで降りて、三十分ほど歩く。

「来年はバイクで来たいね。後ろ乗せたげる」

 サクはそう提案するが、サナは首を横に振る。

「えー、こけそうで怖いな」

「大丈夫だよー。ちゃんと安全運転するから」

 しかし、サナは信用していない。そんな表情をしている。

「この前も立ちゴケしたって、コンが言ってたぞ。怪我しないか心配なんだ」

「……気を付けます」


 そんな会話をしている間に到着したのはヒマワリ畑だ。

「うわぁー」

 サナは思わず歓声をあげる。

 いつしか空は晴れ渡っていた。

 その青い青い夏空の下に広がる、鮮やかな黄色いヒマワリ。

 サナとサクは、ヒマワリの間に設けられた通路を歩く。

「来てよかったね、サナ」

 サクが声をかけると、サナは足を止めた。

「サナ?」

「あの……まだ、呼んだことなくて、ちょっと、恥ずかしいんだけど、一回、言ってみるぞ」

 サナは意を決した表情を浮かべる。


「ありがとう。よろしくね。サク……お母さん」

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コンと狐と咲は夏景の花便り(コンと狐とSeason7) 千曲 春生 @chikuma_haruo

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