第17話 二人の母親の話 その2
私は目を覚ました。
私はサク叔母さんに抱き着き、眠っていた。
叔母さんは穏やかな表情で眠っていた。
私はおこしてしまわないようにそっと、布団を抜け出た。
どのくらい眠っていたかわからない。でも、今は深夜のようだ。
縁側をあるいていくと、リビングに灯りがあることに気付いた。
扉の前まで行くと、中から声が聞こえてきた。
コンと、それからお母さんの声だ。
「サナちゃん、サクさんに抱き着いて眠ってました」
コンが言う。
「そう……。サナも随分とサクのこと気に入っているみたいね」
お母さんは、どこか寂しそうな声だった。
そして、こう続けた。
「二人で暮らしていくことが、できそうね」
二人で暮らす? 誰と誰が?
深く考えなくても、答えはわかる。
私と、サク叔母さん。
なぜ?
私が、お母さんの子供ではなく、叔母さんの子供だから。
私の脳裏に、さっきの夢。サク叔母さんの出産と、お母さんが生まれた赤ちゃんに『サナ』という名前を与えたあの光景。
「サクさんは、サナちゃんはノノさんがとミウさんが育てるべきだって言ってました。だから、この家を出ていくつもりだって言ってました」
コンがそう言った。
「私たちに、サナを奪う権利はないわ。私だって、親だから、子を思う気持ちはわかるもの」
私はリビングの扉を開いた。
「お母さん」
コンとお母さんが同時に私を見る。
「……サナ」
私は話しの切り出し方を少し考えてから、口を開く。
「お母さん。私、叔母さんの記憶を見た。私を産んだのは、誰だ?」
お母さんは困ったように視線を泳がせたあと、こう言った。
「あなたを産んだのは、サクよ」
予想はしていた。
だけど実際に告げられると、頭の中が一気にグチャグチャになる。
そのグチャグチャの中から、何とか言葉を引き上げて口にする。
「どうして、教えてくれなかったんだ?」
お母さんは私から目をそらす。
「……サナが、腕を怪我しちゃったから、それが治ってからって、思ってて……」
そっか。
ガッカリした。
だってお母さんの口から出た言葉は、明らかに出まかせだったから。
きっと、なにか事情があったんだろう。
きちんと理由を話してくれれば「それなら、仕方ないな」って納得できると期待していた。
だけど、お母さんは気まずそうに私から目をそらした。
私には話したくない。そんな雰囲気を感じさせられた。
「もういい」
私は静かにそう言うと、リビングを出て自分の部屋にむかった。
お母さんがどんな顔をしていたか、見られなかった。
自分の部屋に入ると、机の上に置いた漫画本が目に入った。
本当のお父さんじゃない男のヒトのところで暮らす女の子の話。
最初から知っていたら、なにか変わったのかな?
自分に問いかけても、返事はない。
少し気持ちが落ち着き、同時に私がお母さんの子供ではないという事実が一気に襲い掛かってきた。
お母さん。
いつでも私の味方だと思っていた。
私の全部を理解してくれていると思っていた。
なのに、お母さんはお母さんではなかった。
私は“いい子”ではなかったと思う。
学校の成績はあんまりよくないし、ワガママ言って困らせたこともいっぱいあるし、体調を崩すことも多い。
お母さんは嫌な顔せずに、私を看病してくれた。
だけど、お母さんはお母さんではなかった。
お母さんはどうして、私に優しくしてくれたんだろう。
お母さんにとって、私はなんなんだろう。
何で繋がっている関係だったんだろう。
そのとき、部屋の扉が開いた。
開けたのはコンだった。いつもは必ずノックするのに、今日はいきなり扉を開けた。
「……サナちゃん」
コンは言葉を探しているようだった。
「お母さんじゃ、ないんだな」
私の口から出たのは、そんな言葉だった。
「追いかけてきてくれたの、お母さんじゃなくて、コンなんだな」
「あんな、サナちゃん……」
コンの言葉を遮り、私は抱き着いた。
「コン……」
コンの肩に顔をうずめる。
「いつから、知っていた?」
「サナちゃんが、階段から落ちて怪我した、あの日にノノさんから聞いた」
私はコンの服を掴む。
「じゃあ、コンもずっと隠してたんだ」
わかっている。
コンにこんなこと言っても、どうしようもないのはわかっている。
「うん。知ってて黙ってた」
「コンは、酷いよ。お母さんも、サク叔母さんも、みんな、酷いよ。私のことなのに、私に話してくれないなんて。私を置いてけぼりにしないでよ」
コンの腕が、私を抱きしめる。
「ごめん。寂しかったよな」
「お母さんに、そう言ってほしかった」
私はコンの肩にかおをうずめたまま、そう言った。
それからコンは、知っていることを全部教えてくれた。
サク叔母さんが私を身ごもっていたのと同じ時期に、お母さんのお腹にも赤ちゃんがいた。マナ、という名前らしい。
だけどマナは生まれてくることはなかった。
お母さんは流産してしまったのだ。
その後、サク叔母さんの旦那さん、つまり私のお父さんがお役目の最中に失踪してしまった。
そして、叔母さんは今、私が住んでいる家で私を産んだ。
それが、私がさっき夢で見たあの光景。
私を産んだ後、叔母さんは山で迷子になった子供を助けに行き、土砂崩れに巻き込まれて植物状態となる。
その後、お母さんは、私を自分の娘として育てることにしたのだという。
コンの話を聞き終えた私は、ゆっくりと勉強机へむかった。
引き出しを開け、乱雑に入っている小物の中から手鏡を探し取り出す。
鏡に映る私の顔。
サク叔母さんによく似た、私の顔。
「コン……私、サク叔母さんにそっくりだよ。私は、長尾サナなんだ。マナじゃなくて、サナなんだ」
そっと、手鏡を片付ける。
「でも、私にとってお母さんはお母さんだ」
だけど、サク叔母さんのことも……。
その時、頭の中に声が響いた。
サク叔母さんだ。
『サナ……サナ……』
私は一度、大きく息を吐いた。
「コン。サク叔母さんは私のこと、お母さんに任せて、この家を出ていくって言ったんだよな」
コンは小さくうなずく。
『サナ……私の、サナ……』
また、叔母さんの声が脳裏に響く。
とても悲しそうな声。
本当は、離れたくないんじゃないだろうか?
だって、私もまだまだ叔母さんと一緒にいたいもん。
「コン、話してくれてありがと。私、叔母さんが呼んでるから行く」
コンは小さくうなずいた。
私はサク叔母さんが眠っている部屋にやって来た。
叔母さんは呼吸こそ落ち着いているものの顔色が悪く、まだまだ体調が悪いことがわかる。
私は、このヒトから生まれてきた。
まだ、すんなりとその事実は飲み込めない。
でも私、叔母さんのことが好きだ。
この気持ちが血の繋がりに由来する本能なのか、サク叔母さんに出会った日から今日までのわずかな期間で築かれたものなのかはわからない。
「叔母さんのこと、もっと知りたいよ」
私は叔母さんの横に寝そべると、ギプスをしていない右手で抱き着き、目を閉じる。
さっきは偶然サク叔母さんの記憶に入り込んだ。
きっと魂の相性がいいんだろうな。
親子だから。
だから、私の方から踏み込んでいけば、とっても深いところまで行けるはずだ。
『他人の心に入り込む術』
目を開けると、そこは見知った場所。『和食処 若櫻』の店内だった。
「いらっしゃい。サナ」
私がいつも座っているカウンター席。
そこに六、七歳くらいの女の子が座っていた。
私がちっちゃい頃の姿。
いや。あれは、子供の頃のサク叔母さんだ。
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