第10話 また会う日までの話 前編

 八時五十分に京都駅を出発した特急『スーパーはくと3号』はおおよそ三時間後の十一時五十七分、鳥取駅のホームに滑り込んだ。

 扉が開き、多くの乗客が降りる。

 その中に一人、中学生くらいに見える小柄な少女がいた。

 彼女の名前はカナコ。

 キャリーバッグをゴロゴロと引っ張り、プラットホームに降り立つと、おおきなあくびをする。


 カナコは生まれて間もなく両親が他界し、誘拐されたり、家に閉じ込められて育てられたり色々あったが、児童養護施設に保護され、更に紆余曲折経て現在は祖父母の元で暮らしている。

 その祖父が知り合いにホテルの割引券をもらった。兵庫県にある海辺の観光地、浜坂のホテルだ。

 それをきっかけに話が膨らみ、夏休みを利用して家族旅行に行くことになった。

 カナコと祖父母、カナコの叔父・叔母、それから二人の従弟が参加者で、四泊三日の予定となった。

 だが、問題が生じた。

 カナコは中学校で手芸部に入っている。

 数人しかいない小規模な部で和気あいあいと活動していたのだが、ある日顧問が県のコンクールに出品しようと言い出した。

 そして、カナコのつくったキツネのぬいぐるみが優秀賞を受賞した。

 表彰式は旅行に出発する日だった。

 祖父母は出発を遅らせることを提案したが、従弟が二人共これに不満を言い、カナコも旅行を優先しようと言った。

 しかし祖父母、特に祖父が表彰式に出るべきという意見を覆さなかった。「功績は大勢の前で称えられるべき」と。

 結局、カナコ一人だけが出発を一日遅らせ、表彰式に参加してから浜坂へむかうこととなった。

 最長でも地下鉄で数駅程度の距離しか一人で出かけたことのないカナコにとって、はじめての大冒険となった。


 鳥取駅のプラットホーム。

 ベンチに腰掛けたカナコはスマートフォンを取り出す。

 メモアプリに記録した行程を確認。

 十二時十九分発の浜坂行き普通列車。これに乗れば浜坂まで行ける。終点の駅が目的地だから何も考えず乗っているだけでいい。

 微かな安心感を覚えると、睡魔が襲ってきた。

 昨夜ははじめての一人旅に対して楽しみな気持ちと不安な気持ちが入り混じり、ほとんど眠れなかった。

 大きなあくびをひとつ。

 滲んだ涙を、指先で拭う。

 そのとき、ふと声が聞こえた。

「パパ……ママ、どこ?」と言う幼い子供の声だった。

 目をむけると、まだ小学校にも上がっていなであろう男の子が困ったように右往左往していた。

 カナコは立ち上がり、男の子の前まで歩いていく。そしてしゃがんで視線を合わせた。

「大丈夫? 迷子になっちゃった?」

「うん。パパも、ママも、いないの」

 カナコは笑みを浮かべた。

「じゃあ、お姉ちゃんと一緒に探そっか?」

 男の子は大きくうなずいた。


 片手にキャリーバッグ。

 もう片方の手は男の子と繋ぐ。

 二つの長いホームを見て回り、階段を下りて広い中二階の待合室を見る。

 更に階段を下って一階。

 ここにも、パパとママの姿はない。

「どうしよう……」

 男の子は今にも泣き出しそうだ。

 カナコだって不安だ。しかし、頭をブンブンと振ってその気持ちを振り払う。

「大丈夫。お姉ちゃんに任せて。だから、行こ」

 カナコは男の子の手を握り直すと、改札へむかった。

 駅員さんにカナコの切符を見せながら尋ねると、一旦改札を出てもいいということだった。

 二人一緒に改札を抜け、広いコンコースへ。

 山陰本線の線路を横切る通路としての役割も兼ねているコンコースは絶え間なく多くのヒトが行きかう。

 南口から出て、駅の周囲を歩く。

 駅前は駐車場になっていた。

 男の子の両親は見つからない。

 北口に移動する。

 そこはバスターミナルだった。砂丘行きのバスの看板が大きく掲げられていた。

 その看板の下で、一組の若い夫婦が困ったように右往左往していた。

「もしかして、あの二人?」

 カナコが言い終わるかどうかのところで、男の子は繋いでいた手を振りほどき駆け出す。

「あ、ちょっと待って」

 カナコは慌てて追いかける。

 夫婦は男の子を見つけると駆け寄り、抱きしめる。

「あのお姉ちゃんが助けてくれたんだ」

 男の子はカナコを指差し、事情を説明した。

 夫婦は何度も何度もお礼を言い、持っていた紙袋を差し出す。

「あの、よかったらこれ、持って行ってくれませんか」

 カナコは何度か断ったが、あまりにも夫婦の押しが強いので結局受け取った。

 中身は京都の和菓子店、鼓月の千寿せんべいだった。

 波型のクッキー生地でクリームをはさんだ、カナコの好きなヤツだ。

「ありがとうございます」

 カナコは深々と頭を下げた。

 そのとき、ふとバスターミナルの時計が目に入った。

 十二時十六分。

 乗らなければならない列車まであと三分。

「わ、私、列車の時間なので」

 カナコはもう一度頭を下げ、走り出した。

 運動は苦手だ。

 だけど、この時は凄いはやさで走れた。

 駅舎に飛び込むと、改札の駅員さんに切符を見せ、キャリーバッグを引きずるように階段を駆け上がる。中二階、階段が二手に分かれる。息を切らせながら、右の階段を駆け上がった。

 ホームに出ると、緑色の単行列車が停まっていた。

 カナコはその車内に飛び込む。

 車内は木目調で、レトロな感じだ。

 ドアの近くの座背に座った。

 間に合ったという安心感からか、忘れていた眠気が急に襲ってきた。

 寝てしまってもいいかな。この列車は浜坂行き。終点まで乗るんだから。

 カナコは睡魔に身をゆだねることにした。


『お待たせいたしました。この列車は若桜わかさ行きワンマンカーです』


 列車のアナウンスも、カナコの耳には届かなかった。

 扉が閉まり、列車は走り出す。

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