第6話 清算をした話 前編
終業式の日の朝。
サナの家のリビング。
みんなでそろって朝ごはん。
お父さんはパジャマ姿で、あくびをしながら新聞を広げる。
「お兄ちゃん、のんびりしてるけど仕事大丈夫?」
サクは尋ねてから、みそ汁を一口飲み「美味しい」とつぶやいた。
「今日は年次有給休暇だ。サナとコウの三者面談があるからな。ノノ一人で行ってもらうのは大変だし」
サクは納得したようにうなずく。
そのとき、リビングの電話が鳴った。
「はいはいはい」
真っ先に反応したお母さんが電話に出る。
「はい、長尾です。あ、セリカちゃん。おはよう」
セリカ。それはこの町で暮らすサナの幼なじみだ。
「ど、どうしたの、落ち着いて」
お母さんの表情から、和やかな雰囲気が消えた。
「セリカがどうしたんだ!」
サナは立ち上がる。コンも不安げな表情をうかべる。
「お友達?」
サクが尋ねると、サナはうなずく。
皆が見守る中、お母さんは電話で話し続ける。
「うん……うん。そっか、そっか……。うん、大丈夫。うん、泣かないで、私がすぐ行くから、ねっ」
それからお母さんはそれから数回、セリカを落ち着かせるようなことを言って、電話を切った。
「セリカ、どうしたんだ?」
サナは不安気な表情で尋ねる。
「セリカちゃんの家ね、お父さんもお母さんも熱を出して寝込んじゃったんだって。お婆さんを呼んだんだけど、夜まで来られないらしくて。赤ちゃんもいて心配だし、ちょっと行ってくる。夜まで帰れないかもしれないから、後のこと、よろしくね」
母はエプロンをはずすと、手早くたたむ。
「三者面談、どうすんの?」
弟がポツリと言った。
「私が行く」
名乗りを上げたのは、サクだった。
「サナちゃんかコウくん、どっちか私が行っていいかな?」
父と母は顔を見合わせる。
そして、お母さんが口を開いた。
「じゃあ、サナの方、お願いしていい? こっちから伝えておきたいことはないから、先生の話しだけ聞いてきてくれる?」
「ノノ?」
父は驚きの表情を浮かべる。
「それがいいと思う。頼めるかな? サク」
母の言葉に、サクはうなずいた。
「――というわけで、サナちゃんの保護者として参りました。叔母の秦守サクです」
放課後、昼下がりの教室。
サナの横に座るサク。
二人の正面には、今年の春に大学を卒業したばかりの若い女性教師が座っている。六年生の副担任だ。
その表情から、緊張していることがうかがえる。
「あ、はい、よろしくお願いします。申し訳ございません。今日、担任は風邪で休んでおりまして、副担任の私が面談させていただいていましゅ」
副担任は噛んだ。恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「風邪、流行ってるんですね」
副担任とは対照的に、サクは落ち着き払っていた。
「えっと、それでサナさんのことなんですが……」
副担任震える手では分厚いファイルをめくる。
「先生、私も代理ですし、のんびりやりましょ。サナちゃんの学校でのよ様子、聞かせてください」
サクはおっとりした口調で言った。
「失礼します」
サナとサクは並んで教室を出た。
ひと気のない廊下。
遠くから聞こえる
「サナちゃん、いい感じみたいね」
サクは嬉しそうに言った。
「頑張ったつもりだったのに、思ったほど成績よくなかった」
サナは少し落ち込み気味。
「勉強くらい、私が教えてあげる」
サクはサナの頭をポンポンと撫で、こう続けた。
「お友達と仲良しさんみたいだから、叔母さんとしてはそれだけでオッケーだよ」
サクは思い出す。
人間に拾われ、育てられた化けキツネの兄妹、ミウとサク。
物心ついたころから、自分たちは周囲の人間たちとは違うと自覚していた。
人間には聞こえた音が聞こえ、嗅げない臭いが嗅げ、暗闇でも昼間と同じように景色を見ることができた。
同時に、誰に教えられるわけでなく人間への化け方を覚えていった。
そして、人間として小学校に通いはじめる。
何事もおこらず、一学期、夏休みを終え、二学期の終盤。
昼休み。
サクは女の子の泣き声を聞いた。
声の主を探して、校舎裏に来てみると、二年生の女の子が泣いていた。
膝を擦りむいたようで、傷口には血が滲んでいた。
「大丈夫? 保健室、行こ」
サクが声をかけたその途端、その脳裏に突然、一つのイメージが浮かんできた。
普段なら、そんなこと出来るはずがないと思っただろう。
なのに、このときは理由もなく“できる”と信じられた。
サクは己の中の化けギツネの声に導かれるまま、女の子の傷口に顔を近づけ、ペロリと血を舐め取った。
すると、傷口はみるみる塞がり何もなかったかのような綺麗な肌となった。
「これって……」
女の子は驚きの表情を浮かべる。
「あ、あの……これは……」
そして、困惑してるのはサクも同じだった。
学校では化けキツネであることは隠さなければならない。両親からそう教えられた。人間は異質なものに恐怖を抱くから。
サクは必死に誤魔化す方法を考える。
しかし、焦れば焦るほど頭は真っ白になる。
「ありがとう、まるで魔法みたい」
女の子はそういって笑顔を浮かべた。
「あ、あの、このこと、秘密にしてね」
サクはなんとかそれだけを言い残して、教室に走って戻った。
この一連の様子を、三人の上級生に見られていたことに、このときは気付いていなかった。
次の日から、サクは上級生による虐めを受けた。
バケモノと言われ、石を投げられ、殴られ、蹴られた。
そしてサクは、学校へ通えなくなった。
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