少年は目を輝かせていた

 木戸虎太郎がその少年に出会ったのは戦場の中だった。


 のちに“敬成維新事件”と呼ばれるその闘いが終結後、多くの負傷者が瓦礫とかした街が広がっている。


 その手には、木戸が所属する“トリプルエス”から支給されていたパンをいくつも持って彷徨うように歩いていた。


 おそらくパンを分け与えようとしていたのかもしれない。そう思ったのは、配給のパンが一人一個と決められていたためだ。少年が三つほどもっているということは、だれかに渡そうと思って、もらってきたのだろう。


 全身傷だらけで、着ていた全身白で覆われたシャツとズボンは血に染まっている。

 破れた服から覗かせる肌は白く、ずっと屋内にいたのだろうということは推測できた。


 彷徨い歩くのは彼だけではない。


 他にも数人の子どもたちがさ迷い歩いていた。泣きながら「お父さん。お母さん」と叫んでいる子もいれば、彼のようにパンをもって走っていく者。ただ茫然と歩きながら、町の光景を見ている者。



 さまざまだつた。



 その中で彼だけが異質に感じてしまうのは、なぜなのか木戸自身もわからない。


 直観というやつなのかもしれないのたのだが、その子供を放っておいたはいけないような気がしたのだ。


「君っ」



 気づいたときには、少年に話しかけていた。


 少年は顔を上げる。



 その瞳に木戸は驚いた。


 その少年の眼がなぜかギラギラと輝いていたからだ。


 こんな残酷に戦場の跡だというのに、なぜそんな目をするのかわからなかった。


「お前はだれだ?」



 木戸がそう尋ねると、はっとしたように駆け出した。


「おい。まて」


 木戸が少年を追いかけようと一歩踏み出したとき、同僚が話しかけてきた。

 一瞬、同僚のほうを振り向いたすきに少年のすがたはどこにもなかった。





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 少年は息を切らして走った。


「お前は誰だ」といった“トリプルエス”の男の眼を見ていると逃げ出したくなったからだ。

 

 その言葉がなければ、あの男についていったのかもしれない。


 だれも信じることのできなかった少年にとって、その男だけが信じられる人間のように感じてしまったからだ。


 それでも「お前はだれだ」という一言によって、崩壊したような感じがした。一瞬で彼が少年の正体に気づいたのだと思ったからだ。


 そう感じた瞬間に足が動いた。


 別に恐怖を感じたわけでも男に嫌悪感を抱いたわけでもない。


 どこか気恥ずかしい気持ちになつたのだ。


 なんとなく理解している。


 ただの直観的なものでしかない。


 それでもあの男が自分のなにかを変えてくれるような気がしたのだ。


 少年は物陰に隠れて男を見る。男はどうやら少年を探しているようだった。


 出ていきたいと思った。


 いますぐに男のほうへと駆け寄ろうかと足を一歩踏み出したとき、一台のトラックが邪魔をした。


 少年の足が止まり、踵を返すと崩れたビルの間の路地へと吸い込まれるように消えていった。




 ****************************************





 見失ったか。


 それからしばらく少年の行方を捜したが、戦場跡の中で見つけることができなかった。その代りに木戸が目にしたものは、泣き叫ぶ子供たちの姿だった。もう息絶えている親にすがるものや親を探してさまようもの。


「虎太郎。時間だ」


 上官が話しかけてきた。


「早くしろ」


「でも……」


 木戸は周囲の状況を見る。


 負傷したものが大勢おり、医者たちが必死に救命処置を施している最中だった。その中で自分たちが立ち去っていいものなのだろうか。

 いますぐに彼らの手伝いを続けるべきではないか。


「気持ちはわかる。けど、被害はここだけじゃない。どうやら宇宙ステーションのほうで事件が起こったらしい。そちらへ迎えとのことだ」


「けど……。司令官」


「いいから来い。こっちに関しては自衛隊や救助隊に任せればいい。おれたちはおれたちの役目を果たすんだ」


 そう強い口調でいうと上官はその場を立ち去る。



「しかたないさ」


「そうそれがおれたちの仕事だ。いまの任務を忘れるな」


 同じチームの小野寺と南条がいう。その表情には煮え切れないものを抱えていることがわかった。彼らも木戸と同じ気持ちなのだ。それでもこの場をさらないといけないということは組織に所属しているゆえんだろう。


 木戸は後ろ髪惹かれる思いでその場をあとにした。





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 木戸が“トリプルエス”をやめたのは、“敬成維新事件”が終結してすぐだった。本拠地である月から地球へ戻った後、木戸は少年を探すことにした。


 少年はすぐに見つかった。


「なんでここにいるってわかったの?」


 少年はスラム街で一人座り込んでいた。


 相変わらずのボロボロの服をきた少年は相変わらず瞳を曇らせることもなく、まっすぐにこちらを見ている。


「ただの直観だ。君はどうも生きることをあきらめないみたいだからね」


「なぜ、そう思う?」


「これも直感だ。君は俺に似ている。なあ、俺の元に来ないか?」


 木戸がそういいながら少年に手を伸ばした。


「飯食わせてくれるのか?」



「ああ」


「面白いこと教えてくれるか?」


「面白いこと?」


「ああ、なんでもいい。ここはつまらない。楽しいこといっぱい教えてくれよ」


「いいぞ。君は機械に興味あるか?」


「機械? それは得意分野だ」


「じゃぁ。俺が教えてやるよ」


「船一隻作れるようになれるぐらいにか?」


「もちろん。立派な船を造らせてやる」


 少年は木戸の手を握り締めて立ち上がった。


「俺の名は、木戸虎太郎だ。君は?」


 少年はしばらく考えた。


「早坂あきら……。あきらめないって感じの“あきら”だ」


 そういって笑う少年に木戸も思わず吹き出してしまった。


「おいおい、そりゃぁ、人生あきらめられないな。いいぞ。気に入った。お前はこれから俺の一番弟子だ」


 そういって、木戸は少年の頭を撫でた。






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