第67話 聞くならいましかない
「こらこら。女性が夜道を一人で歩くなんて感心しないなぁ」
一体どこに潜んでいたのか、ひょこ、と私服にお着替え済みのわいせつ神主が現れた。これRPGだったら先制攻撃して良いやつだよね? 残念ながらそういった暴力行為は正当防衛くらいしか認められていないので、反射的に握りしめた手を一旦下げる。
「全くもう、慶次郎のやつ。レディを一人にするなんて」
などとぶつぶつ言いながらちゃっかりと距離を詰め、どこ行くの? 社務所? それとも俺の部屋? とあたしの手をとった。なれなれしく触ってくんじゃねぇ、ともう片方の手でそれを払うと、痛い酷いと言いながらも、顔はにこにこと笑っている。
「ていうか、夜道ったって、ココ、敷地内でしょ? そんな危険なことないと思うけど?」
「いーや、わかんないんだって。あんね、はっちゃん。変質者っていうのはね? 神出鬼没なんだよ」
確かに。
いまお前も、どこから出て来た?! って感じの登場したもんな。
「そんで隙あらば触ろうとしてくるからね」
「成る程」
これ突っ込むところであってる?
完全にお前のことだろ、って。ブーメランがぶっ刺さってんよ。
「だから、慶次郎に代わってこの俺が、はっちゃんを無事俺の部屋まで――あ
「ぶつわ! 誰が歓太郎さんの部屋になんて行くかぁっ!」
オッケー。これは正当防衛にあたるはずだ。あたらないかもしれないけど。
「ちぇー、やーっぱり慶次郎の方が良いのかぁ」
「そりゃああざとさが鼻につくわいせつ神主より――って、思い出した!」
「おわぁ! 何、いきなり!」
そうだ、せっかく歓太郎さんと二人きりなのだ。こんな機会はなかなかない。なかなかないというか、出来るだけ避けてただけなんだけど、とにかく貴重なのである。聞くならいまだ。
「あたし歓太郎さんに聞きたいことがあってさ」
「えー? 何? 年収? そうだよね。結婚相手の収入って気になるもんね。大丈夫、はっちゃんに不自由な思いは何一つさせな――ちょ、痛い! ああでもつねられるのも案外悪くないかも!」
そんなことじゃねぇよ、と二の腕をつねり上げたのだが、顔をしかめつつもこれはこれで、とか言い出して正直気持ち悪い。何なのこの人。ドМかよ。
「違うっつーの! 式神達のこと!」
「え? どの式神? あんこちゃん達?」
「違う! あの三人よ! やたらと粉っぽい名前の三人よ!」
「あー、はいはい。あいつらがどしたの?」
「いや、ほら、歓太郎さんが匿ってたんでしょ?」
「匿って、って……。まぁそうだけど。何、あいつらがバラしちゃった?」
「バラしたっていうか、無意識に口滑らせてたっていうか。ああでも、慶次郎さんは知らないから安心して」
「ならいっか」
俺、慶次郎に怒られるの嫌だしー、と歌うように言って、あたしの一歩先を歩く。
「何で隠してたの?」
「えー? だって、あん時式神禁止令出てたしさ、慶次郎のことだから、お偉いさんに詰められたショックで消しちゃうと思ったんだよ」
麦さんは、慶次郎さんが本気になったら自分達なんて簡単に消せるんだと言っていた。だけど、そうしないのは、心のどこかに迷いがあるからだと。
けれども、まだ心も幼い当時の慶次郎さんならば、お偉いさんに怒られたことで自棄を起こし、消してしまってもおかしくはない。
「さすがに可哀相だし、どうすっかなぁ、って思ってたらさ、あいつらの方から泣きついてきたわけ」
「あの三人の方から?」
「そ」
『歓太郎、助けてよ! ぼく達まだ慶次郎と一緒にいたいよぉ!』
『慶次郎に見つかったら消されてしまいます! どうにかなりませんか、歓太郎!』
『なぁ歓太郎! ほとぼりが冷めるまで匿ってくれよ!』
当時はイケメンの姿ではなく、あのもっふもふの獅子と狛犬だったものだから、わふわふもふもふと歓太郎さんの腰にまとわりつきつつ、そんなことを涙ながらに懇願されたそうだ。
「断れるわけないじゃんねぇ」
その時のことを思い出したのだろう、へらっと相好を崩す。わかる。断れるわけがない。
「でもさ、いくら隠すっていっても、相手は陰陽師なわけじゃん? 気配とかでバレたりするもんなんじゃないの?」
しかも、製造者よ?
人間的にはドがつくほどのヘタレだけれども、陰陽師的には日本一の人でしょ?
そう言うと歓太郎さんは、うんと悪い顔をして、顔の前に立てた人差し指を、ち・ち・ち、と左右に振った。仕草がイチイチうざい。
「俺のバックに何がついてるか、はっちゃんはお忘れかな?」
「は? バックに?」
なんのこっちゃと首を傾げると、彼は、ヒントとでも言わんばかりに、その長い髪をしゃらん、と流してみせた。思わず自分のと比べてしまいそうになる、きれいに手入れされた黒髪である。そんなのあれよ、清楚系美少女が標準装備してるやつだから。なんでそんな無駄にきれいなのよ! 女でもあるまいし! 女でも! おん、おん……?
あ。
「もしかして、神様? あの酒と女好きの?!」
「そ。ウチの神様、俺にぞっこんだからなー。ぐふふ」
「いやいやいやいや! は? そんなのアリなの?! ていうか、歓太郎さん、一体何歳から飲酒神楽してんのよ! 五年前ってギリ十九でしょ、アンタ!」
「やだなぁはっちゃん。
「酒だわ! がっつり日本酒だわ!」
「えー? ほら、あるじゃん、クリスマスに子どもが飲むやつ、子ども向けのシャンパンみたいな。あんなノリよ」
「ノリでしょ? ノリなだけでしょ? 実際はアルコール入ってんだろ! おい神様、未成年に何させてんだ! ていうか、このあざとい神主にまんまとたらしこまれてんじゃねぇ!」
「あっはっは! さすがに未成年のうちはお酌だけだってぇ。俺は飲んでないよ。神様に誓って!」
「その誓う神様もたらしこんでるやつだろうが!」
とにもかくにも、である。
本当に歓太郎さんがここの神様からガチな寵愛を受けているかは定かではないものの、それでも何かしらの加護はあったらしく、式神達は慶次郎さんに見つかることなく、それぞれ自分達のモデルとなった獅子と狛犬の石像の中で眠っていたのだという。いつか、慶次郎さんが心身共に立派な大人になって、立派な陰陽師になって、びしーっと恰好よくお仕事をしている姿を想像し、友として、相棒としてずっと一緒にいるのだと、そんなことを夢見て。
が、心地よくうとうとと数年眠って目を覚ますと、どうにも慶次郎さんの様子がおかしい。
大人にもなったし、仕事もしているけれども、陰陽師ではなく、どういうわけだかカフェの店長になっている。その上、お客を捌き切れずパニックになっているようだ、と。
行くしかない。
予定とは違うけれども、やはり彼には自分達が必要なのだ。
そう思って、彼らは石像から飛び出した。
数年という短い時間ではあるが、
「えっ、
「そうそう。あいつらはね、そもそも、むかーし俺が御神木から彫って作った獅子と狛犬なんだ。慶次郎って、全然人間の友達を作ろうとしないからさー、なんかこう、人形でも、って思って。俺結構そういうの得意だから」
「ええぇ、何かちょっといいお兄ちゃんじゃん。えっ、何だろ、見直すところのはずなんだけど、いままでのがあるから素直に見直したくない」
「ひっど! 素直に見直して? そこは!」
で、それをいたくお気に召した幼き日の慶次郎さんは、それをベースにして彼らを生み出した、というわけである。式神というのは、式札でも何でも、その元となった形が最も力を発揮出来る姿なのだという。だから、人型の式札で作られたバケツリレーの彼らやあんこちゃん達は人型の時が、元々が木彫りの獣(で良いのかな)のあの三人はもふもふ獣モードの時が最も力が強いのだそうだ。
確かに純コさんも「この姿の方が色々出来るんだぞ」とか言ってたっけ。
そんなこんなで、もふもふ部分を節約し、慶次郎さんのお手伝いがしやすい姿になった結果――、あのケモ耳尻尾イケメンが誕生した、というわけである。
あとは慶次郎さんから聞いた通り、颯爽と現れて彼のピンチを救い――、という。
「これですっきりしたかな?」
ふふん、と笑う歓太郎さんは、やはりあざとさ百%のわいせつ神主なんだけれども、それでもやはりちょっと見直した部分はある。彼は彼なりに弟のことを大切に思っているのだ。ただ、まぁ言動がイチイチ腹立つしわいせつなだけで。
「まぁ、一応ね」
「あと何か俺に言うことない?」
そんでちょっと勝ち誇ったような顔をするのがまた癪に障るのだが、だけれども彼には言わないといけないことがあるのは事実である。
「あ――……、ありがと。あたしのこと助けてくれて」
「どういたしまして。ま、直接じゃないけどね。恰好良いところはぜーんぶあいつに譲っちゃった。あーぁ、俺って、マジ良い兄貴」
やっと見えてきた社務所の灯りを指差して、「さ、はっちゃん。ちゃっちゃとお風呂入っちゃいな」と振り向く。それとも俺と一緒に入るぅ? と顔を近付けておどける横っ面をひっぱたいてやりたいをのぐっと堪え、「一人で入る」とだけ返すと――、
「あ――っ! 何で歓太郎がはっちゃんと一緒にいるんだ! は、離れて! もっと距離を取ってぇ!」
安定のクソダサネタTシャツに着替えた慶次郎さんが、あたしの着替えらしきものを持って、ふるふると震えていた。
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