第68話 クイズ、こちらのブラジャーハウマッチ!
「やっぱ防水ったって、多少はねぇ」
さすがにお風呂に入って汗をやら何やらを流すと、完全に沁みるまではなかったものの、それでも中のガーゼは心なしか濡れ、テープの端の方も少し剥がれてしまった。これくらい大丈夫でしょ、というあたしの意見は却下され、再び、全取り替えからの全貼り直しである。過保護すぎるのよ、ここの人達。
せっかく湯上りにすぐコンビニ行こうと思ったのになぁ、と社務所の窓から外を見た。
だけど――、
視線を胸元に向ければ、目に飛び込んでくるのは『犬も歩けば
歓太郎さんが用意してくれた着替え一式は、このTシャツとハーフパンツ、それからボクサーパンツと、カップ付きのキャミソールだった。さすがにブラジャーはサイズがさー、などと笑っていたけれども、ぶっちゃけこのキャミもパツパツである。サイズを見たらLと表記されていた。うん、まぁ、気持ちはわかる。あたしのこの乳なら
というわけで、まぁないよりはましだけど、というカップ付きキャミソールに、メンズのSサイズTシャツ(これも胸がパツパツだ。ダックスフントの胴がさらに長くなりそう。出来ればMが良かった)、そしてこれについてはウエストの紐でどうにかなったハーフパンツ姿のあたしである。この恰好で出歩くのは正直恥ずかしいっちゃー恥ずかしい。まさあたしまでクソダサネタTの餌食になるとは。
「うう。苦しい。きつい……」
胸元に手を当ててはそう呟くあたしに、慶次郎さんは「僕に何か出来ることは」とおろおろしている。君に出来ることはいまのところ一つもありません。
「じゃあさじゃあさ、明日下着買いに行こうよぉ、俺と~」
そして
「いやいや、今後のことも考えて、だよ? これからも度々ここにお泊まりすることになるんだろうしさ? ちゃーんと身体に合った下着を着けた方が良いと思うわけよ」
俺からの誕生日プレゼントってことで! と言って挙手し、「乗る人!」と募れば、もふもふ達が揃って手を振り、それに続いておずおずと慶次郎さんまでもが手を上げた。
「ちくしょう、全員じゃねぇか!」
「はっはっは、民主主義万歳! というわけで、明日買いに行こうねっ」
「民主主義は結構だけど、贈られる側の意見は無視なわけ? ちょっと、慶次郎さん!」
「だ、だって、はっちゃん、苦しいってさっきから言ってるじゃないですかぁ」
「言ったけども!」
アンタ達はねぇ、女の下着(特にブラジャー)のややこしさとか、価格設定とかを知らないからそんなことが言えんのよ。
焼却処分するつもりでゴミ袋の中に突っ込んでいたくたくたブラジャーを引っ掴み、「じゃあこれ!」と叫ぶ。
「わお、はっちゃんたらだいたーん」
「はっちゃん! し、しまって! しまってください!」
「黙っとれぃ! これでガタガタ抜かしてるやつが下着を贈るとか言ってんじゃねぇ! そう、それでよ! これ、いくらだと思う? ずばり当てたらブラジャーでも何でも一緒に買いに行ってやらぁ! その代わり、外れたらナシ! プレゼントはとりあえずこの後アイス奢ってくれりゃそれで良い!」
はい、突然ですが、ここで値段あてクーイズ! かれこれ二年ほどのお付き合いになるこちらのブラジャー、一体おいくらだったでしょう?! クイズ、こちらのブラジャーハウマッチ!
「はい!」
「元気良いね、おパさんどうぞ!」
「千円!」
「はい不正解」
「仕方ありません、不甲斐ない兄の仇はこの私が!」
「はい、そちらの白い方ァ!」
「千五百円」
「はいダメー!」
「全くだらしねぇなぁ兄貴共はよぉ」
「よぉーし、言ってみろ末っ子ぉ!」
「千五百……二十円!」
「刻むな! だとしたら千五百円でも正解にしたっつーの! 違う!」
やはりもふもふ共にはわからんよなぁ。おう、そんじゃあ頑張れ成人男性! 特にそこの恋愛経験が豊富そうなわいせつ神主! お前ならわかんだろ! むしろお前が駄目なら弟にゃ無理だよ! お前が最後の砦だと思え!
「ふっふっふ、これだから式神共は」
おう、さすがこいつにはわかるんだな。弟と違ってその辺派手そうだもんなぁ。年上のお姉さんとかから可愛がられてそうだし、食い散らかしてそう。いや、でも神職だし、そういうのはアウトなのかな? いや、学生時代とかさ。
「この俺様がずばり当ててやろう。正解は――」
ダラララララ……、と頭の中でドラムロールが鳴る。何この演出。あたしの意思無視してそういう演出やめてくださる?!
そして、やはりこちらの意思とは裏腹に、だん! とそれは止まった。と同時に歓太郎さんが一歩足を踏み出す。お前もお前でばっちりタイミング合わせてんじゃねぇよ!
さて、動きをぴたりと止めた歓太郎さんが、にや、と口の端に笑みを浮かべた。
こっ、これは……っ! かなり自信があると見た……っ!
当てられてしまうのか……っ!
何だこの少年誌的テンション!
もう良いよ! 当ててみろやぁ!
「二千円!」
「かすりもしねぇわ! 帰れ!」
見掛け倒しかよ!
「えぇ? これ二千円しないの?! もっと安いってこと!?」
「逆! 高い方だわ!」
「嘘だ! こんな布面積の少ないものが俺のパンツより高いなんて、さすがに嘘でしょ! 絶対二千円でしょ! あっ、わかった!
「細かいけど違う! ていうかね、よっく見ろやぁこの乳をよぉ!
そう啖呵を切って、パツパツの胸元を叩く。かっちりと押さえつけられているために、通常よりもばいんばいん感がすごい。
よく見ろや、という言葉につられた慶次郎さんが、しげしげとそれを見て、むむ、と眉を顰める。
「確かに野口さん二枚では物理的に無理そうです。重さに耐えられる感じがしません」
「物理の話はしてねぇんだわ! 価格の話なんだわ! あんな、この布切れな、一葉さん一人の力でも無理なんだわ!」
「嘘だ! さすがにそれは嘘でしょ!」
そう叫んだのは歓太郎さんである。もふもふ達は『
「俺が見たことある高いやつは、もっとこう、生地がつるつるしてて、レースも何か豪華だったし! あの、調節する肩紐の金具も何か金属っぽくてさぁ。そんで、その肩紐も、何か華奢~な感じでさぁうふふふ」
「思い出して鼻の下伸ばしてんじゃねぇ! ていうかね、あたしだってそういうの着けたいっつーの! レースが豪華なやつとか、肩紐が華奢なやつとか! だけどね、レースが豪華になれば成る程値段が跳ね上がんの! こちとら平均的な日本人女性のカップ数から大きく逸脱してんの! つまり割増料金取られてんの! 肩紐だってね、そんな繊細なやつには任せられない重量なの! 重量級なの! ヘビー級なんだよ!」
だんだんとヒートアップしてしまい、いらんことまでしゃべってしまった自覚はある。無駄にぜぇはぁと肩で呼吸し、「さぁ、最後の解答者ァ、いってみよう!」と謎なテンションで慶次郎さんを指差した。
どう考えたって彼にわかるわけはない!
さぁ!
「え、えっと、とりあえず、五千円以上だということはわかりました。ので……」
おお、案外ちゃんと聞いてたのか、お前。
「五千……と、二十円」
「二十円から離れろ! 不正解!」
かくしてあたしの誕生日プレゼントは無事、アイスになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます