第66話 星の巡りは

 とにもかくにも――だ。


 一件落着、ということらしい。

 ただ、もう一つ気になることがある。


 機だ。


 あたしとリク先輩の星は重なっていたのではないのか、ということである。

 とはいえ、もちろん、それは単なるタイミングの話ってだけだから、どこかでリク先輩に繋がるルートから逸れた、という可能性はあるわけだけど。どこで分岐を間違えたんだろう? まぁいまとなっては結果オーライだったわけだけど。


「慶次郎さん」


 てきぱきと消毒液やら何やらを薬箱にしまっているその後ろ姿に声をかける。


「何でしょう」

「リク先輩のことなんだけど」

「――!!」


 びくりと。

 真っ白な狩衣が震えた。

 現代でいうところのオープンショルダーになっているところから、赤い着物が見える。平安時代にもチラ見せというおしゃれの概念はあったらしい。まぁそれがおしゃれによるものかはわからないけど。


「な、何でしょう」


 はいビンゴ。

 こいつ何か隠してやがる。

 いやほんと、マジでわかりやすくて助かるわ。


「怒らないから、言ってごらん」

「言って、ごらん、とは」


 何のことでしょう、という声が震えている。何なら声だけではなく、薬箱を持つ手も震えている。意識を取り戻したらしいもふもふ達が、どうしたの、と彼に駆け寄った。


「葉月? 慶次郎が何かしたの?」

「葉月、慶次郎のことあんまりいじめないでくださいね」

「頼むよ葉月ぃ、こいつはこいつで一生懸命なんだよ」


 おうおう、すっかり仲良くなりやがってよぅ。


「いや、あのね、あたし別にいじめたりしてないからね? ただ、本当のことが知りたいのよ。隠し事は嫌なの。慶次郎さん、ちゃんと話して?」


 背中を向けたままのその肩を掴んで、こちらを向かせようと力を入れる。手首にぴりりとした痛みが走り、「った」と声を上げれば、彼は慌ててこちらを向いた。


「はっちゃん。傷に響きますよ。特に手の方は切れてるところもあるんですから」

「もう大丈夫。それより」

「はい」

「ちゃんと教えて。あたしはね、慶次郎さんがヘタレでも何でも良いけど、隠し事をするようなやつだったら嫌だ」

「はっちゃん、僕は……」


 と俯く彼の膝元で、もふもふ達がわぁわぁと騒ぐ。ひょこひょこと飛び上がって、「ヘタレでも良いって!」「これは朗報ですね!」「ヘタレはどうしようもないもんな!」と恐らく歓喜に沸いている。いや、それ喜ぶところなの? たぶん慶次郎さんはダメージ受けてるよ? ヘタレ部分でダメージ受けてるよ?! 


「本当は、先輩も向かってたんです。部長さんの家に」

「本当?」

「はい。はっちゃんを助けるために、というわけではなくて、たまたま、借りていた本を返しに向かっていたそうです。だけど、僕が追い返したんです。部長さんに似せた式神を出して、それを受け取って、帰らせたんです」

「そう……なんだ」

「だからもし、僕が駆け付けなくても、恐らくはっちゃんは、先輩に助けられていたはずです」

「そんなのわかんないよ。もしかしたら、部長と一緒になって……とかさ」

「彼は、そういう人なんですか?」

「たぶん、違う、と思う」

  

 あたしの知ってるリク先輩はそういう人じゃない。

 そりゃあ彼女がいる身なのに、あたしに手を出そうと考えていたかもしれないけど。だから、もしかしたら、あたしが思ってるような人ではないかもしれないけど。

 だけど、あの時助けてくれたリク先輩の姿を思い出せば、やっぱり彼は、あたしを助けてくれただろう。


 そしたら、どうなってただろう。

 やっぱり彼のことを見直して、やっぱり好きだって思うんだろうか。

 彼女がいても。

 浮気相手になるとしても。


「僕もそう思いました。僕は、未来が見えるわけではありませんが、彼ははっちゃんを助けてくれる人だと思いました。だけど」


 しょぼんとさらに肩を落として、慶次郎さんは三匹のもふもふ達を掬い上げ、ぎゅ、とまとめて抱え込むとそこに顔を埋めた。うわ、それめっちゃ気持ち良さそう。


「僕が助けたかったんです。だって、助けるって言ったから」

「そうだね、言ってた」

「はっちゃんのことは、僕が必ず、助けると。本当の本当のピンチの時には、僕が」

「わかってるって。あたしだって、慶次郎さんが来ると思ってた。来てほしいと思ったよ」


 リク先輩じゃなくてさ、と言うと、彼はやっと顔を上げた。


「リク先輩じゃなくて、慶次郎さんの顔が浮かんでた。慶次郎さんのこと呼んでた。ずっと」

「はっちゃん……。あの、黙っていて、すみませんでした」

「良いよもう」


 こちらをまっすぐに見つめる慶次郎さんの目は真っ赤になっていた。鼻の頭も赤く、彼が顔を埋めていたもふもふ達の毛皮は一部がぺたりと寝ている。たぶん、濡れているのだろう。


「えーちょっと、これ良い感じなんじゃないのっ?」

「慶次郎、いつの間に!? まったく隅におけませんねっ」

「おい、結納はいつにする? 式はもちろん土御門神社ウチで挙げるんだよな? な?」

「先走るんじゃねえぇぇ、もふもふ共ぉっ! まだそこまで良い感じじゃないし、結納も挙式もまだだ!」


 ていうか、入ってくんな!

 これが良い感じに見えたとしたら、それをぶち壊したのはお前達だよ!


 あたしと慶次郎さんの真ん中で、きゃんきゃんと飛び跳ねるもふもふ達を睨みつけると、彼らは、きゅう、と泣き声なのか何なのかわからない声を発して逃げた。


 うるさいもふもふ達がいなくなると、みかどの中は途端に静かになる。飾りつけだけはお誕生日会の賑やかしい感じだったけど。


 そんな感じの空間に二人きりである。

 変な空気になってしまった、いまだに本気の恰好をした陰陽師と、二人きりである。


 五分で戻ると言った歓太郎さんは、まだ帰って来ない。


「慶次郎さん」

「何でしょう」

「さっきから気になってたんだけどさ」

「何でしょうか」

「その恰好、暑くないの?」

「実は……暑いです」

「そりゃそうよね。ねぇ、着替えて来なよ」

「だけど」


 そう言う声は弱いけれども、あたしを見つめる目はずっと強い。涙は乾き、目の端の赤みは引いていた。


「待ってるから、着替えてきなって。そんでさ、歓太郎さんが用意してるとか言ってた着替え一式も持ってきてくれると助かる」


 そんでさ、とその肩を小突く。


「お風呂入ってさっぱりしたらさ、一緒にアイス買いに行こうか」

「そうですね。行きましょう」

「ほい、そうと決まったら、とっとと行って来て」


 そう言って送り出すと、「十五分で戻ります」という言葉が返ってきた。そうだよな、どう考えたって五分じゃ無理だよ。歓太郎さんはきっと戻って来る気なんてなかったのだろう。あいつ、相変わらずの策士でやがる。いまごろもふもふ達と一緒に社務所でゲームでも――


 いや、ここカメラあんじゃん!

 絶対見てるじゃん、あいつ! 

 ぐわぁ、クッソ恥ずかしいわ!

 あたし何しゃべったっけ。

 慶次郎さんのこと待ってたとか、そんなこと口走ってなかった?

 いや、事実だけどね?! 待ってたのは事実だけれども!


 ああもう駄目だ、見られてると思ったら落ち着かない。


「慶次郎さん! やっぱあたしもそっち行く!」

 

 慌てて勝手口から外に飛び出したけど、あの真っ白い狩衣を纏った陰陽師の姿は、既になかった。

 

 が、その代わりに――、

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