4、ヘタレ陰陽師と、星が重なった日
第60話 待ってんだから!
「準備してたんだ」
何とも穏やかな「着きましたよ」の声で目を開けてみれば、飛び込んできたのは、もういかにも、というベタなお誕生日会会場である。折り紙で作った鎖とか、それから色とりどりの風船、そして――、
『
という横断幕。
おい、こんなのいつ準備したんだお前達。
まさか今日一日店を閉めてたとかじゃねぇだろうな。
そう思うけれども、嬉しいは、嬉しい。
「ただ、準備出来たのはこれだけで、ご馳走やらケーキについては……」
「さすがにそれは明日だと思ってたからさぁ」
あたしはいつの間にか奥の座敷に座らされていて、その周りをもふもふ達に囲まれている。その三色のもふもふが、申し訳なさそうに項垂れている。
「ほんとは、目隠しとかして、ばばーん、ってお披露目する予定だったんだけどよぉ」
いや、そんな残念そうに言うなら、今日はもうあの後解散すりゃあ良かったじゃん!
そう突っ込むと、本気の恰好のままの慶次郎さんが、困ったように眉を下げて近付き、すとんと腰を落とした。目線が同じ高さになったところで、膝の上に置いていたあたしの手を取る。
「だって、今日はどうしてもはっちゃんを一人にしたくなかったんです」
その言葉が引き金となったのか、突然身体ががくがくと震え出した。
和の内装には似合わない、賑やかな飾り付けをされた、見慣れた空間の中、良く知ってるはずなのに、見慣れぬ恰好をした慶次郎さんと、姿かたちをまるきり変えてしまった式神達に囲まれて、やっと心から安堵したのだ。いま、どこよりも安心出来る場所に自分はいるのだと。
そりゃあ家に帰れば家族はいる。
何事もなかったように出迎えてくれるだろうし、あたしだって、出来ることなら、今日のことはなかったことにしたい。けれども、心はそうもいかない。いまの状態で、案外、何も知らない人と一緒に過ごすのは難しい。だったらいっそ、あたしの身に起こったことをちゃんと知っている人達の方が、何も説明しなくて良い分気が楽だ。
「でも、あたしは別に、何も」
あの子達に比べたら。
あたしは何もされてない。
ただ、シャツを捲られて、腹を掴まれただけだ。それだけだ。
確かに手足を拘束はされたし、そういや拉致られる前に何かバチッともやられたけど。けれども。
だけど、別に最後までされたわけじゃない。
ここであたしが被害者面したら、彼女達はどうなる。
あたしより酷いことをされているのに。
「はっちゃん」
馬鹿みたいに賑やかな飾りの下、それに見合った明るいLEDの下で、その明るさとは対照的な暗く重い思考は、割り込まれたその声に中断された。
「腕も足も、痛かったですね」
「え、と。それは、うん」
「お腹、見られて嫌でしたね」
「まぁ、うん、嫌だった、けど」
「掴まれたのも、痛かったですよね」
「結構力いっぱいやられたからね。でも、それくらいは……!」
「怖かったですね」
「こ、怖かったけど」
「誰かと比べなくて良いんです。痛いとも、嫌だったとも、怖いとも、言って良いんですから。何もされてなくはないです」
鼻の奥がつんとする。
ぐ、と胸が苦しくなる。
堪えようと力を入れても、涙が勝手に出てくる。
何も言わずにもふもふ達が、身体を擦りつけてくる。成る程これがもふもふケアなわけだ。確かにこれはマジで効きそう。
「……手首と足首が痛い」
「とりあえず今日は応急処置ですね」
そう言うと、
「お腹は、もう痛くないけど、触られた感触が残ってて気持ち悪い」
「お風呂沸かしましょうね」
すると今度は
「こっ、怖かった。何されるかわかんなくて。いや、ちょっとわかるだけに、怖かった」
「何か温かいものでも飲みましょうか」
そうなると最後に残った
もふもふ達が消えると、自分を囲んでくれていた温もりが急になくなって、いまは真夏のはずなのに寒く感じる。あたしの体温まで奪っていってしまったかのようだ。
「慶次郎さん!」
「何でしょう」
「何でしょうじゃないんだよ、この場合!」
握られていた手を振り解き、それを広げて、はい! と言ってみるも、目の前にいる陰陽師様はきょとんとした顔である。
「わかれ!」
「えぇ?! わ、わかりません!」
「アンタさっき僕は我慢してるって言ってたでしょうが!」
「え、えぇ?! あ、い、言いました! 言いましたけど!」
「我慢すんな! ていうか、来いや! 待ってんだから!」
「え、えええ、そう、なんですか?! 良いんですか?!」
「良いに決まってんだろ! 早く!」
「は、はい! 失礼します!」
失礼しますって何だよ、と思わないでもなかったけど、何とも慶次郎さんらしい。頬に接する、思ったよりも厚い素材で作られているらしい
「慶次郎さん」
「は、はい」
「あのさ、ちょっと確認したいんだけどさ」
「あの、この体勢で、でしょうか」
恐る恐る問い掛けて来る。
これは遠回しに離れたいと言っているのだろうか。背中に触れている手に、ほんの少し力が込められたことに気付く。きっと反対だ。彼はこのままでいたいはずだ。と思う。
「うん、このままで。慶次郎さんが辛くないんだったら」
「僕は、大丈夫です、けど」
それで、何でしょうか、という言葉を待って、すぅ、と大きく息を吸う。
「慶次郎さんってさ、あたしのこと好きでしょ」
「ひぇっ……!? ど、どどどどうしてそれを!?」
「いや、そんなの見てりゃわかるっつーか、まぁ、何となくそう思ったんだけど」
見てりゃわかる。
だけど、自分で言うのは正直恥ずかしい。
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