第59話 それが何か?

「ちょ、ちょっと、ねぇ。慶次郎さん何したの、部長に」


 もふもふ達にそう尋ねると、彼らは何とも微妙な顔をして、ふるふると首を振った。よく見ると、カタカタと震えてすらいる。


「ぼくら、本来はこの姿だけどさぁ」

「ええ、一応、人の姿にもなってましたしねぇ」

、ついてたもんなぁ」

 

 その言葉で何となくだけど、もしや、と思う。

 アレかな? 男性のシンボル的なアレに何かしたってことかな?


 だとしたら、彼の絶叫もある意味納得ではある。何せ一度はそこを蹴り飛ばそうと思ったあたしだ。たぶん、それを実行に移したら、あんな感じになったんだろうし。いや、でもテレビとかで見る感じだと、さすがにあそこまで叫んではいなかったような……。


 とりあえず、「怖い、慶次郎怖い」「敵に回してはなりませんね」「普段温厚なやつってキレるとおっかねえんだよな」とカタカタ震えながら怯えた目で慶次郎さんを見つめる三匹をまぁまぁとなだめていると、当の『普段温厚なやつ』が、いつもの柔和な笑みでこちらに向かってきた。三匹揃って、ぴゃっ、と鳴き、自身の股の辺りを手で押さえつつ、きゅ、と身を強張らせる。いやマジで何したんだ、この人。


「はっちゃん、もう終わりました。帰りましょう」

「帰るけどさ。えっと、どうすんの、


 アレ、というのは、ぽっかり開けた口の端からよだれを垂らして放心している加賀見部長である。おまけに失禁までしているようだ。彼は絶叫した後、慶次郎さんに何やら耳元でささやかれてから、ずっとあのままだ。ぶん殴るか蹴り飛ばしてやろうと思ったけど、どうやらそれ以上のダメージを負ったらしいので、あたしからは勘弁してやろう(近付きたくないし)。感謝しな、クソ野郎。


「色々察したけどさ、あれでしょ、つまり常習犯なんでしょ」


 あたしは未遂で済んだけど、と言うと、縮こまって固まっていたもふもふ達が一斉に飛び掛かって来た。ちょ、毛が! 口と鼻に入るから、ノーモーションで来るのやめて! 心構えとか必要だから!


「未遂じゃないよ! うわぁん、葉月ぃ、怖かったねぇ!」

「そうです! 嫁入り前の葉月に触れるとは!」

「これはおれ達のもふもふケアが必要だな!」


 お前らも触れてんじゃん、ってのは言っちゃいけないのかな、この場合。それとも式神はノーカンってこと? ただ、まぁ、もふもふケアはちょっとお願いしたいかも。このもふもふ、マジでもふもふ。

 

「あっ、こら! ずるい! 僕は我慢してるのに!」

「へっへぇん。人間体ならまずいかもだけどぉ」

「この姿ならば、問題はなし!」

「いやぁ、もふもふで良かったなぁ、おれら」

「ううううう、どうして僕はもふもふに生まれてこなかったんだぁぁぁ」


 せっかくしゃんと伸びていた陰陽師様は、その場に膝と両手をついて項垂れている。この人、色々と落差がえげつねぇな。さっきまでちょっと、いや、結構恰好良かったのに。


「慶次郎さん、とりあえず立とう? あたし、一刻も早くここから出たいし。そんで、出来ればなんだけど――」


 立ち上がろうと腰に力を入れたけど、これが全く入らない。情けないことに、どうやら腰が抜けているようだ。


「またあのお相撲さんみたいな式神やつ出してくれるとありがたい、かなぁ、なんて。その、ちょっと歩けない、みたいで」


 そう言うと、慶次郎さんは「任せてください!」と勢いよく顔を上げた。何だかすごく晴れやかな顔である。たぶん、頼られたのが嬉しいのだ。


「えー! ちょっと待ってよ! 何でぼくらじゃないんだよぅ!」

「葉月、良いですか。確かに我々はいまこのような姿ですけれども!」

「おれ達はな、むしろこの姿の方が色々出来るんだぞ?!」


 ぎゃあぎゃあと吠えるもふもふ達には目もくれず、慶次郎さんはあっという間にお相撲さん型ののっぺらぼう式神を呼び出した。その寡黙なお相撲さんは(何せ口がないものだから)、無言であたしを背負うと、のしのしと歩き出す。それに慌ててもふもふ達が続いた。


「はっちゃんの判断は賢明だと思うよ」


 自分よりも一回りは大きい式神の隣を歩きながら慶次郎さんは言う。何でだ、と口々に異を唱えまくっているのは三匹のもふもふ達だ。


「だって、君達に任せるとなれば、最初は誰がとか、そういうので絶対に揉めるじゃないか」

「そんなことないよ! まずは一番お兄さんのぼく!」

「お待ちなさい。長男であればなおさら弟に譲るべきでは?」

「それじゃあその理論でいくと、おれが一番最初ってことだよな?」

「――ほら」


 案の定勃発した兄弟喧嘩に、慶次郎さんがため息をつく。ていうか、君達兄弟だったんだ!?


「だからね、ここはこの『こしあん』に任せるのが一番――」

「うん?」

「どうしました、はっちゃん」

「いや、いま何て言った? え? この子の名前? え?」

「『こしあん』ですか?」

「え? この子、『こしあん』って名前なの?」

「そうですけど?」

「え? それじゃこないだのは……?」

「こないだ? はっちゃんをみかどまで運んだ方ですか? それとも車で送った時の方ですか?」

「ええと、どっちも」

「それなら、みかどまで運んだ方も『こしあん』で――あぁ、名前は同じですが、別個体です。運ぶのが仕事なんです、『こしあん』は。で、車で送った時の方が『つぶあん』です。護衛用ですね、彼は」


 そんなさらりと「それが何か?」みたいな顔で言うけどさ。え? この人のネーミングセンス独特すぎない? まぁ、この三匹にしたって『おパ』に『麦』に『純コ』なわけだから、まだ『こしあん』『つぶあん』は普通な方……かも?


 まだ『麦』と『純コ』はわかるよ? 純コは女の名前じゃないのって思ったけど、でもまぁ、名前としてはね? いや、『おパ』だって外国の方ならそういう名前の方もいるかもだけど! にしても『おパ』って何!


 歩く度に、たぷたぷとほんのり温かなお肉が揺れるお相撲さん型の式神、こしあんちゃんである。この揺れが心地よい。名前のせいで、何だか甘い匂いまでするような……いやそれは錯覚だ。しっかりしろ、あたし。


「はっちゃん、寝てても良いですよ。みかどに着いたら起こしますから」

「でもさ、こんな謎すぎる物体に運ばれてるの見られたらヤバくない? それこそ何か誘拐とか」

「それなら大丈夫です。他の人に僕らの姿は見えませんから。そうなるようにしました」


 あぁそうか、この人、そういうのも出来るのか。だったら気にせずちょっと寝ちゃおう。


 というわけで、「晴明殿もかつてはこのようにして、牛を模した式神に引かせた車で京の都を――」などという、そこまでは聞いてねぇ的な慶次郎さんの語りを子守唄にして、眠りについたあたしである。

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