第54話 助けに来てよ!

 こういう時って、相手を刺激しない方が良いんだっけ?

 それとも激高させて隙を作るんだっけ?


 いや、隙を作ったところでどうすんのよ。隙を作ってどうこうするのはバトル漫画の話でしょうよ。

 あーもーこんなことならもっと推理小説とかそういうの読んどくんだったー! あるじゃん、こういうシチュエーション。こういう時ってどういう行動取れば助かるもんなの? あーでもアレか、所詮創作だもんな。ギリギリのところでヒーローが助けに来るんだよな。そんじゃ、待ってれば良いのかな? まぁ、あたしがただのモブキャラだった場合は最初の被害者とかだったりするけど。クソッ、やっぱりあたしがヒロインじゃないばっかりに!


『僕が、助けに行きますから』


 ……何がよ。

 来ないじゃん。

 あたしいまめっちゃピンチなんですけど?!

 二十年、(あくまでも結果としてだけど)守りに守ってきた花の処女をこんなところで、こんなやつに奪われちゃうんですけど?! これ以上のピンチってあります、神様?!


 助けに来てよ。

 もう何でか浮かんでくるの、慶次郎さんなんだよ。

 そりゃあそこから芋づる式に歓太郎さんとかケモ耳ーズも浮かんで来るけどさ。一番に浮かんで来ちゃったの、慶次郎さんなんですけど。


 ほんとのほんとのピンチの時には来てくれるって言ったじゃん。慶次郎さぁん!

 

「ああ、大人しくなったね。観念した? 俺としては、もうちょっと抵抗してくれても良かったんだけどさ。ほら、夜は長いし」


 うるせぇぇぇぇ!


 そう叫んでやりたいけど、正直もうかなり疲れてる。叫ぶ元気も暴れる元気もまだ残ってはいるけど、ここで完全に使い切っちゃったらもしもの時に逃げられない。あたしはそこまで馬鹿じゃない。そこまでの馬鹿ではないけど、ただ、この状況をどうにかする方法がわからない。それくらいの馬鹿ではある。


 マットレスに部長の膝が乗る。体重をかけた分それは沈み、身体がそっちへと傾きそうになるのをぐっと堪える。


「り、リク先輩は」


 リク先輩もいるんですか、と尋ねた。まだぺらぺらしゃべらせていた方が良いかもしれないと思ったのだ。きっとこいつはしゃべることがなくなったらいよいよあたしに手を出すだろう。案の定、部長は「磯間?」と言って、動きを止めた。


「ああ来ない来ない」

「は?」

「来てほしかった? 三人でしたいんなら呼ぶけど?」

「そんなわけないじゃないですか」

「でも、好きなんだろ?」

「それは……」

「彼女がいるって言ってもさ、引かなかったもんな。浮気相手でも良いわけだ」

「そんなこと」

「でも、磯間が祝ってくれるって聞いて、嬉しかっただろ?」

「それは、また前みたいに戻れたら、って」


 思って、と続けて黙る。

 

「前みたいに戻って? それで、彼女がいるってわかっててもまた三人で遊んでさ。あわよくば、って気持ちがないとは言い切れないだろ? 彼女と上手くいってないなら、もしかして、って」


 考えなかったわけじゃない。

 むしろ、いずれ彼女と別れるなら、って思ってた。

 いや、別れる、じゃない。


 別れると思っていたのだ。

 だって、上手くいってないって話だったし。


「否定出来ないだろ。そんで遠距離の彼女持ちの落とし方なんて決まってる」

「……は?」

「迫れば良いんだよ。簡単なことだ。磯間もさ、正直蓬田にいま来られたらヤバいって言ってた。やるじゃん」

「やるじゃん、って。別にあたしそんなつもりじゃ」

「だったらこの恰好は何?」

「はぁ?」


 全然そんなエロいやつじゃないでしょ!

 スケスケとかふりふりじゃないじゃん!

 身体のラインも出ないし、下だってジーンズですけど?!


「緩めの服で隠してるつもりかもだけど、それはそれでこっちの想像力を掻き立てられるっていうかさ。正直今日はもうずっとこれを早くめくってやりたくて仕方なかったよ」


 そう言いながら、ぺらりとシャツを捲る。

 しまった、透けない服だからって、下にキャミを着てなかった。

 ていうか、こんなのでもアウトだっつったら、もうあたしが着られるものは何もねぇよ!


「ほら、下に何も着てない」

「ぶ、ブラはしてます!」

「ブラはね」


 でもそんなのあってもなくても変わんないっていうか、と言って、シャツから手を離した。けれど、あたしのへそは露出させられたままである。


 そんな腹丸出しの状況でふと考えるのは、やっぱり慶次郎さんの言うとおりだったんだな、ということである。あたしとリク先輩の『縁』というのはつまり、そういうことなのだ。遠距離の彼女とうまくいっていないリク先輩に、それを知ってか知らずか、あたしがひょっこり現れてそういう関係になる、っていう。そのきっかけとなるのが、あたしの誕生日だったのだろう。


 もしあの時告白していなかったとしても、思いを募らせまくって今日行動していた可能性はある。そしたらきっと先輩は応じただろう。そしてあたしは何にも知らずに浮気相手になるわけだ。結果は同じだ。


 でも、だとしたら。


 この場にリク先輩がいないのはどういうことだろう。

 いまあたしとリク先輩の星は重なっているはずなのである。

 ということは、もしかしたら、助けに来るのはリク先輩なのかもしれない。


 やっぱりヒーローなんだろうか。

 あの人が、あたしの。

 さっきから浮かんでくるのは、あのヘタレ陰陽師なのに。


「あ、あの」

「何」

「リク先輩は、本当に来ないんですか」

「何だよ。やっぱり磯間が良いのかよ」

「良いっていうか、そういうんじゃないんですけど」


 この反応からして、やっぱり部長はリク先輩に声をかけてない。

 てことは、もし来なかったとしたら、知らず知らずのうちに『機』を回避していた、という可能性がある。それはそれで安心ではある。リク先輩は最低野郎にはならない。


 ただ。


 そう、問題があるとすれば、だ。

 

 じゃあやっぱり誰も助けに来ないんじゃん? っていう話なだけで。


「ムカつくよなぁ」

 

 どうしようどうしようと考えていると、再びマットが深く沈んだ。片膝を軽く乗せるだけだった部長が、のそり、と四つん這いで上がり、あたしに跨って来たのである。


「みんな磯間なんだよ。何で? あいつそんなに顔が良いってわけじゃなくね?」

「……は?」

「身体だろ、なんていうかさ」


 さっきからぶつぶつぶつぶつ何言ってんの、この人。


「良いよなぁ、ああいうのはさ。男らしくて、爽やかでさ。みんな騙されてんだよな。別にあいつ、見た目ほど爽やかじゃねぇしさ。ほんと女共は見る目ないわ」

「ぶ、部長? ――ったぁっ?!」


 出しっぱなしになっている脇腹をぎゅ、と強く掴まれる。


「ていうかさ、俺だって努力したっつーの。でもさ、あいつと同じことしてんのに、全然筋肉なんかつかねぇし。不公平じゃね?」


 成る程、それでこの部屋トレーニング器具だらけなんだ、ってマジで腹肉掴むの止めて。痛い! 痛いから!


「蓬田もさ、最初に声かけたの俺なのに、結局磯間じゃん。やっぱ身体目当てなんだろ」

「かっ、身体目当てとか、そういう言い方やめてください! ていうかね! 痛い! 痛いですって!」


 必死に訴えると、ああごめんごめん、と嘘くさい笑顔になって手を離した。そしてそこを気持ち悪いくらいに優しい手つきで撫でて来る。


「赤くなっちゃうかな。ごめんごめん。あんまりんだよなぁ。いやぁ力入っちゃった」


 趣味じゃない?

 どういうこと?


 すると部長はにやにやと笑ったまま、あたしの頭上に手を伸ばした。そしてベッドボードの上に置いてあったらしい『モノ』を手に取ると、それをこちらに見せつけるように軽く振る。


 見慣れたやつである。

 ああこれは、部長愛用のカメラだ。


「蓬田って意外と、って言ったら失礼かもだけど、結構色白なんだよな。だから、出来れば最初はまっさらな感じで撮りたかったんだよね」

「……は?」


 嘘でしょ?

 撮られんの?!


「ちょっとマジでやめてくださいって。何それ。犯罪でしょ、そういうの」

「かもね」

「かもね、じゃねぇっつぅの! 犯罪だわ!」

 

 いよいよ敬語も取っ払って叫ぶと、その瞬間に、強い光が目を焼く。突然のフラッシュに目がくらむ。ははは、良い顔、という笑い声がムカつく。


「やめろ! 出るとこ出るからな!」

「おうおう、威勢が良いなぁ。なぁんだ蓬田、やっぱり猫かぶってたんだなぁ。俺さ、そういう気の強い女の子好きなんだよねぇ」

「アンタの好みなんか知るかぁっ!」


 こうなったら、とにかく動いてその写真ブレブレにしてやる! と頭をぶんぶんと振っていると、レンズに添えていた左手で鼻から下を押さえられた。ちくしょう、あっさり捕まった。


「そんなに暴れたら写真がブレちゃうじゃないか。元気が良いのは良いけど、元気すぎるのも困りものだなぁ。あんまりお転婆が過ぎると、こっちも色々使わないといけなくなるんだけど――」


 どうする? と問い掛けて来る部長の目は相変わらずにこやかに細められていたが、それがかえって恐ろしかった。


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