第55話 万死に値しますね

「い、色々って何」


 恐る恐るそう尋ねる。

 別に知りたいわけではない。

 どう考えてもあたしにとって良いものである気がしないからだ。

 だけれども、全く何も知らないというのもある意味怖い。


「うん? いや、大丈夫大丈夫。合法のやつだから」

「何よ、って」

「え? そのまんまの意味。でもさ、これ系のって、次々アウトになるっていうかさ。ま、どうせその時はまた抜け道みたいな感じで新しいのが出るんだけど。イタチごっこだよねぇ」


 聞かなきゃ良かった。

 もう絶対アレじゃん。何かこうハーブ的なやつじゃん。


 もう究極の選択すぎるでしょ。

 このまま大人しく写真撮影か、それとも何かしらで黙らされた挙句の写真撮影か。結局最終的には撮られるんじゃん。そんで結局それだけでは済まない感じじゃん。


 この場合どっちがマシなんだろう。

 どっちも地獄でしかないけど。

 針の山を裸足で歩くのと、釜茹でにされんのどっちが良い? って聞かれてる気分。どっちも嫌だっつーの! 


「お、やっと立場わかってきた感じ? 俺としてもさ、なるべくならそういうのに頼りたくなかったし。よし、それじゃ――」


 あたしの顔を押さえていた手を再びレンズに添え、「今度はどのアングルからにしようかな」と部長が身体をのけぞらせる。見慣れたレンズが銃口に見える。撃た撮られたら死ぬ。色んな意味で。


「ちょっと、やめてって! 慶次郎さぁん!」


 と叫んだ時である。


 ドン、かもしれないし、バン、かもしれないけど、とにかく大きな音がした。頭上からだ。さっき部長が入って来たドアの辺りだと思われる。ふわりと室内が少しだけ明るくなる。大して明るくならないということは、この部屋は、部屋というよりは小屋なのだろう。そういや『離れ』って言ってたもんな。月明かりだろうか、それとも、庭に照明とかあるのかな。金持ちなんだろうし、あり得る。


「誰だ!」


 部長はそんな当然の問いを発したが、その音の主は名乗らなかった。


 その代わりに――、


「はっちゃん!」


 その言葉で十分だ。

 来てくれたのは慶次郎さんだ。

 じわ、と肩の力が抜ける。

 おしっこ我慢してたら確実に漏らしてたと思う。


「……ぉ、っせぇんだよ! 早く来いっつーの! 馬鹿ぁ!」


 ついそんな言葉が漏れた。

 違う。違うって。

 もっとあるだろ、自分。

 来てくれてありがとうとか、そういうの言えよ。

 慶次郎さんが気ぃ悪くして帰ったらどうすんのよ。


 だけど彼はそんなことで怯まない。

 知ってる。慶次郎さんはアレで案外おかしなところがタフなのだ。


 コツコツ、と革靴とはまた違った音を響かせて部屋の中に入って来たその姿に、ぎょっとする。


 アレだ。

 あん時の恰好だ。

 例の――『本気の時の恰好』だ。

 

 真っ白い狩衣に、闇の中だと正直何色かわからない、暗い色の袴を履いて、そんで頭には長い帽子。それから、先の尖った靴を履いている。いや、その靴は初見なんですけど。


 助けに来てもらっといてなんだけど、アンタなんつぅ恰好で来てんのよ。何かしらの儀式でも抜け出してきたわけ!? だとしたらごめんね? だけどその服、機動性とか大丈夫?!


「遅くなって申し訳ありませんでした」


 そんなことを部長を睨みつけたまま言うものだから、一瞬、彼に言ったのかと混乱する。だけどちらりと視線をこちらに向けて「もう大丈夫ですよ」と言われ、いまのは全部あたしに向けての言葉だったのだと理解した。


 あたしに跨った状態の部長は、慶次郎さんから少しでも距離を取ろうとしているのか、背中を少し引いている。いや、まず降りろや。


 そしてその状態で尚も「お前誰だ」と繰り返しているけど、声と肩が震えている。いや無理もないと思う。いきなりこんな平安貴族風の男が乗り込んで来たら、こういう反応になるわ。普通に怖いわ。


「僕は陰陽師だ」


 いつも聞く声とは違う、うんと低い声である。


 敬語じゃないんだ、とそんなところにちょっと驚く。もしかしてめちゃくちゃ怒ってたりするんだろうか。ってまぁ、普通怒るか。怒るよなぁ。


「はぁ? 何言ってんだお前」


 わかる。

 普通そうなる。

 いま令和ぞ? って。

 いや、実際はね、陰陽師って普通にいるのよ。あたし達が勝手に映画とか漫画とかそういうのをイメージしちゃって、『陰陽師=平安とかそういう昔のファンタジーの人』みたいな認識にしちゃってるだけっていうか。いるのよ、ちゃんと。陰陽師っていうのは。この現代にも。


 ただ、かなりそのファンタジー寄りにガチなのが多分この人くらいってだけで。


「何でここが……! ていうか、ふ、ふほ、不法侵入だ! け、警察を呼ぶぞ!」


 それアンタが言う?

 あたしこの状態よ?


「好きにすれば良い。僕は、この場から一切の痕跡を残さずに消えることだって出来る」

「は、はぁ? おま、お前何言ってんだよ。あ、あに、アニメの見すぎじゃねぇの」


 このコスプレ野郎、と部長は一生懸命噛み付いているけど、虚勢を張っているのがバレバレだ。どもりすぎだから。


 まぁ、普通に考えたら、それ系のアニメやら漫画に影響を受けまくった痛いコスプレ野郎にしか見えないかもしれない。


 普通は。

 普通なら。

 普通に考えたら。


 だけどこの人は普通じゃないのである。

 見た目の美麗さもさることながら、色々規格外の人なのだ。

 

 その証拠に――、


 消えた。

 本当に。

 煙のように――って言葉がしっくりくるくらい。

 

 これには、ある程度の耐性があるはずのあたしだってビビった。


「――は? え? け、慶次郎さん!?」


 まじで消えやがったアイツ!

 警察にビビって逃げたとかじゃないでしょうね!

 だったらあたしも連れてけっての!


「……な、……え? えぇ……?」


 そんで、あたし以上に耐性のない(普通ないと思う)部長は、さらに驚いて、腰でも抜かさんばかりに膝をがくがくさせている。嘘だろ、え、夢? などと言いながら、ずるりとマットレスから降り、慶次郎さんがいた辺りの床を恐る恐る足で突いている。抜け穴でもあると思ったのだろう。いや、ここお前の部屋な? 


 と。


「はっちゃん、大丈夫ですか?」


 耳元で、そんな囁き声が聞こえる。いつもの慶次郎さんの声だ。だけど姿は見えない。


「い、いるのね。ちゃんといるのね、そこに」

「もちろんです。助けに来ました」

「お、遅かったけどね。マジでギリギリだったから」

「すみません」

「……っ、は、腹肉とか、掴まれたし! それも直で!」

「はっちゃんのお肌を直で!? これは万死に値しますね」


 絶対に許しません、という言葉の後に、ぎり、という歯ぎしりみたいな音まで聞こえてくる。本当にここにいるのだ。全然見えないけど。


「ていうか、あの――」

「何よ」

「お、お腹、しまっても良いですか? その、目のやり場が……」

「あ、そうだった。お願い。むしろお願い」

「あの、な、なるべく触らないようにしますから、あの、お腹には」

「うっさい、もうそんなの不可抗力だっつーの。良いからとっとと! バサーっとやれや!」

「は、はい!」


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