第53話 改造手術でも受けるのかな?
目を開けると、視界に飛び込んできたのは、豆電球のオレンジ色だった。ウチのやつか? 違うな。ウチのシーリングはもっとちっちゃかったような。
そんじゃどこだよ。
そう思い起き上がろうとするが、身体が動かない。いや、厳密には動く。動かせる。現に指先は動かせるし、胴体を左右に揺することだって出来る。逆に言うと――、
それくらいしか動かせない。
自分ちのよりもはるかにふかふかのマットレスの上にいるらしいことはわかる。そんで、どういうわけだか、ででん、と大の字になっていることもわかる。
問題は、その大の字の姿勢で固定されている、ということである。手首と足首に当たるのは、金属っぽい感触だ。揺らすとガチャガチャ鳴るし、恐らく手錠なのではあるまいか。よいしょ、と頭を持ち上げてみると、やはりそれらしきもののようである。
はぁ? 何? あたしこれから改造手術でも受けるわけ?
咄嗟にそう思ったのは、『昔懐かしの特撮ヒーロー大集合!』とかいう番組を見たばかりだからだ。身体能力やらIQの高さやらを買われた男子大学生が悪の秘密結社に拉致られ、まさにこんな感じで改造手術を受けるのである。すんでのところで逃げてたけどね、その人は。
てことはもしかして、ここはそいつらのアジトか――?!
と、さらに頭を持ち上げ、辺りを見回す。淡い光しかない闇にもだんだん慣れてくると、部屋の様子がわかって来た。
確実に言えるのは、ここが秘密結社系のアジトではない、ということと、あくまでも推定ではあるけれど、恐らく、相当の筋トレマニアの部屋なのではないか、ということである。スポーツジムにあるような、名前もわからぬトレーニング器具がずらりと並べられているからだ。あの寝っ転がって何か持ち上げるやつとか、座ったまま何か持ち上げるやつとか。とにかく、そう、何か持ち上げるやつよ。名前なんかわかるかー!
ってちょっと待って。
筋トレマニアって言われたら、もう思い浮かぶのは一人なんですけど?!
えっ、何、これがあれ? 機が巡って来た結果ってこと? こんなの避けようと思って避けられるやつじゃないじゃん。このまま行ったら強制愛人コースなんじゃないの?! これ、どう考えたって、ここから逃げる手立てなくない?! あたし、身体能力もIQも完全に並の女子大生だからね?! いやごめん! IQは並以下ですわ!
リク先輩ってそんな人だったの?! 爽やかマッチョマンかと思ってたんですけど?! とんだヒーローだよ、ちくしょう!
いや、でも待てよ。
一緒にいたのは加賀見部長だったよね?
そんじゃ部長はどこに行ったんだろう?
何、部長もグルってこと?! おいおいとんでもねぇ小規模ヤリサーじゃねぇか!
ちょ、ちょっともう、どうにかならないもんなの? 何かほら、漫画とかだと身体の関節を外してさ、こう、ずる、って抜けたりとかさぁ。
いや、無理だわ。
完全に無理だわ。
あたし、未だかつて関節なんて外したことないし、外し方もわからないし、第一、関節どうこうで手錠って外れるもんなの?!
ええい、こうなりゃこの手錠をぶっちぎって――って、無理だわ。女の力でぶっちぎれるんだったら、捕まった犯人もぶっちぎって逃げるわな。
えー、どうすんの。マジで詰んだんじゃない?
ていうかね。
まず大声出したら? って思うでしょ。
それも無理なんだわ。
口に何か巻かれてるんだわ。
一応ね、何かしらは叫んでるのよ。
だけど、いまのところ、むごぉ、むごぉ、としか確認出来てないからね? 体力温存のため、一回黙ることにしたもん。
ええ、どうする。
チャンスがあるとすれば、たぶん、リク先輩なり、部長なりがここに乗っかって来た時だよね。そしたらもう思いっきり股間を蹴り上げてやるわけよ。大丈夫、そういうの漫画で見たことある。とんでもなく痛くてしばらく動けないって聞いたし。よし、そうなればいっちょ練習しとくか。
……いや、足も固定されてるから蹴り上げんの不可能なんだが?! 稼働範囲が狭すぎるんだが?!
ウッソでしょ。
一矢報いることも出来ないわけ?!
いや待て。
その時には外してくれる可能性が無きにしもあらずよ。
そうでしょう? だって服着たまんまだしね? 色々脱がせないといけないわけでしょ? まさか着たままどうにかするわけないよね?
……いやその可能性もあるかー。
あるな、ちくしょう。
いやでも、せめて足は外すんじゃない? ジーンズは邪魔でしょ? 邪魔だって言ってよ! そしたら蹴り飛ばしてやっからさぁ、おうおうおう!
やはり股間キックの練習は必要か。せめてイメトレだけでも、と膝をふんすふんすと動かしていると、頭の方から、がちゃり、という音が聞こえた。次いで、天井にかすかな光の線が見える。ドアが開いたのだろう。それが少しずつ大きくなり――、ぱたん、と暗くなった。この部屋に入って来たのは、誰だ。
大人しくヤられてなるものかと、むごぉむごぉ、ととりあえず抵抗の意を示す。伝わってはいると思いたい。効果があるかは賭けだけど。
まずそもそも誰だ。
リク先輩か、それとも加賀見部長か!?
足音の感じだと一人だった。
どうせヤられるなら――って、この際どっちでも変わらんわ! 嫌だよ普通に! こっちの同意を求めて来いよ! 全力でNO! って叫んでやっからよぉ!
ガッシャガッシャと両手足の手錠を鳴らしまくっているあたしの視界に、ぬぅ、と飛び込んできたのは――、
「おやおや、まるで猛獣だ」
加賀見部長だった。
いつもと変わらぬあの笑みが、ひたすら薄気味悪い。
てめえか! こんちくしょう!
そう言いたくても、結局、むごぉ、とか言えてない。あんまり暴れると、正直疲れるし、何と言っても苦しい。鼻は塞がれてないし、詰まってるわけでもないから呼吸は出来るんだけど、ここまで暴れると息も上がってくるもので、出来れば思いっきり口呼吸したいところだ。
せめてまずこの口のやつだけでも外してくんないかな、マジで苦しいから。
そんな願いだけは届いたのか、にこにこと機嫌よく笑っている部長は、「いやぁごめんごめん」と言いながら、それを顎の方へとずらした。
チャンス! とにかく叫んで助けを呼ばねば!
「誰かああぁぁぁぁ!! たあぁぁすけてえぇぇぇぇぇ!!」
部長が何かを言う前に、声の限り叫んでやった。
最後はもう咳込むくらい、さらに、オエってなるくらい叫んだ。けれども、部長はちっとも慌てる様子はない。それどころか「気は済んだ?」と笑みを崩さないと来たもんだ。腹立つ。
「大丈夫? 声枯れてない? 水持ってこようか?」
何その余裕。こっわ。どういうこと。いや、水は欲しいけど、本当に水かどうかも疑わしい。
「いや、最初に教えようと思ったんだけどさ、蓬田がいきなり叫ぶから」
「何をですか」
「どんなに叫んでも無駄だよ、って。ここ、ウチの離れなんだけどさ、防音しっかりしてるから。それに、ウチの人間って、俺がここにこもってる時は絶対に近付かないんだよ。連絡は全部こっちに来る」
そう言って、ポケットからスマホを取り出す。
「親からすればさ、俺って、いつまでもずるずると大学に残って働きもしない馬鹿息子なんだよな。だけどさ、俺、社会に出ていける気がしないっていうか。いや、俺としてはさ? ニートでも全然良いんだ。いや、ニートじゃないか、カメラがあるもんな。うん、そうだそうだ。だけどさ、親としては体裁が悪いんだろうさ、フリーのカメラマンとかっていうのは。その日暮らしのイメージがあるっていうか……実際そうなんだろうけど。だったらまだ『大学院生』の方がマシなんだよ。少なくとも、
聞いてもいないことをペラペラと語り出す。
正直その辺は右から左だ。
とにかくいまわかっていることを整理する。
ここは部長の家であるらしい。
もっと言うと、離れ、らしい。おい、何だ離れって。聞いたことはあるけど、見たことないやつだぞ。どんだけ離れてんの? どこから離れてんの?!
そんで、防音もしっかりしてる上、誰も近付かない、と。おいおい、もしかして何、部長ってば金持ちのボンボンだったの?!
右から左に抜けていった情報の欠片から推察するに、もしや、部長はご両親から腫れ物扱いを受けているのではなかろうか。だから、この部屋にいる時は、とにかく近付かない、と。
つまり――、
やっぱ詰んだ。
嘘でしょ。
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