第38話 痛いとこつかれたー

 しょぼい噴水を囲むようにして設置されているベンチに腰掛ける。カンカンの太陽によって散々に熱されたそのベンチは、かなり熱かった。


「ぅぁ、暑ぅ~」


 どうしてここで待つって言っちゃったんだろう、と数分前の自分を恨む。ほんと良かった、ジーンズ履いてきて。オッシャレーなスカートとかだったらいまごろ腿裏が大火傷だ。


「なぁ、何か冷たいもん買ってこねぇ?」


 それくらいしてもバチは当たんねぇだろ、と純コさんが言う。隣のベンチでだらりと背もたれに身を預け、天を仰いでいる。太陽の方見るなよ、目がやられるぞ。


「そうですねぇ。あそこの自販機か――」


 と麦さんが遥か数十メートル先にある自販機を指差す。それを、ち、ち、ち、と言いながらぴぃんと立てた人差し指を左右に振って、にやりと笑う。


「いーや、あんなのより、もっと良いやつあんだろ」


 もっと良いやつ? とあたしが首を傾げると、その笑った顔のまま「ん! ん!」と顎でしゃくった先に見えたのはアイスクリームの屋台だ。


「アイスかぁ、良いなぁ。あーでも、慶次郎さん可哀相じゃない? ウチらだけ食べたらさ」

「そうかなぁ」

「お茶とかジュースくらいならまだしも、アイスは何か可哀相だよ。それはさ、慶次郎さんが無事にボールペンを買ってこれたらお祝いで食べよ?」


 大の男がたかだかボールペンを買ったくらいで何がお祝いか、って気もするけど。だけど彼の場合、そのボールペンは『たかだか』ではないのだ。さっきのラップやらビニール袋やらとはわけが違う。その隣にあたし保護者はいないのである。心境としてはね、もーまじで『けいじろう君・五歳』よ。カメラを仕込んだ大きな鞄を持ったスタッフさんにぴったりマークしてもらいたいところよ。


 付き合いの浅いあたしでさえそんな気持ちなんだから、彼らはきっとあたし以上に心配なはずだ。


 その証拠に――、


「葉月、やっさしーいっ!」

「確かに、そっちの方が良いかもしれませんね」

「仕ッ方ねぇなぁ」


 さっきまで実は何だかちょっとしょんぼり揺れているだけだった彼らの尻尾が、再びもふりもふりと元気を取り戻したからである。こういう時、尻尾っていうのはすごく便利だ。


 そうだ、せっかく慶次郎さん抜きで話が出来る良い機会じゃん。


「てかさ」


 ぴったり密着して座るおパさんの頬っぺたを、離れろ、と押しつつ、隣のベンチに仲良く並んでいる麦さんと純コさんの方を見てそう切り出す。むいー、と小さく唸るおパさんが「う、ういえばぁ」と割り込んでくる。


 ああもう、このイケメン共はどうしていっつもいっつも割り込んできやがるんだ。はいはい何ですか、って聞いちゃうあたしもあたしなんだけどさ。いや、だって大事な話かと思うじゃんか。


 そんで今度こそはあたしが主導権を握るぞ、と思っていたはずなのに、ついつい「何?」なんて返してしまう。あまりに密着していると話しづらいと思ったのか、ちょっとだけお尻の位置を移動させて、おパさんはあたしの方を向いた。


「さっきの人の話」

「さっきの……リク先輩?」

「うん」


 口をきゅっと結んでやけに真剣な顔である。あらあら、このゆるふわ僕ちゃん、こんな顔もするのね。なんてこんな真剣な雰囲気に耐えられず、そんなことを考えたりして。


 すると、にゅ、と身を乗り出して、おパさん越しにこちらを見たのは麦さんだ。


「好きなんですか? 彼のことが?」

「ま、まぁね」


 それにつられてあたしも前傾姿勢になる。


「だけどさっきの葉月は何か無理してただろ」

「はぁ?」


 純コさんもまた同じように身を乗り出すが、麦さんもいるために彼はさらに身体を前に突き出さなくてはならない。もうここまで来たらいっそベンチから降りて地べたにでも座った方が良いんじゃないかという気にすらなる。ただ、良い年した大人はレジャーシートもない地べたに座り込んではいけないのだ。それが大人としての常識というかなんというか。


 いや、そんなことはどうでも良い。

 無理な姿勢のせいで彼らが腰を痛めようとも、あたしには関係ないのだ。


「全然無理してないし」

「そうは見えなかった!」


 ぷく、と頬を膨らませ、おパさんが口を尖らせる。


「いや、ていうかさ、あたしが無理してたとしても、関係ないじゃん」

「関係ないけどさ。でも、好きな人なんでしょ?」

「そうだけど?」


 あたしがリク先輩を好きなことで何かあなた達にご迷惑でもおかけしましたかねぇ?! と自然と口調がきつくなる。


「もし仮に」


 明らかに喧嘩腰のあたしに対し、麦さんはあくまでも冷静である。


「その恋愛が成就したとして、葉月はずっとそのままでいるつもりなんですか?」

「は?」

「確かに私達はまだ知り合って日も浅いです。だけど、私達と会話をしている時の葉月はとても生き生きしていて、魅力的です」

「えっ、あ、おう……」


 いやマジでね、そういう真面目なトーンで「魅力的です」とか言うの止めてくださる? ガチで照れるから!


「そうそう、なんつぅかさ、こっちまで元気になるっていうか」

「それ、慶次郎さんにも言われた。力が湧いて来るとか」

「だろ? そうなんだよ!」

「ぼくはさっきのもじもじした大人しい葉月よりも、ぼく達とワイワイしてる葉月の方が可愛くて好きだよ」

「いや、だからさ、その」

 

 もうやめろ、マジで。

 そのまっすぐな瞳で見つめんのやめて。


 そんで、可愛いとか好きとかもいらないから!


 だけど、正直なところ、さっきの麦さんの言葉はちょっと胸に来た。

 

 もし仮に、あたしとリク先輩が上手くいったとして、だ。あたしはいつまであのキャラで行くんだろう。大口を開けて笑うとか、大股を広げて座るとか、大きな声で突っ込むとか。とにかく『大』を避ける、というか。ただでさえ身体の中心にデカい山を二つも搭載しているのである。これ以上の『大』はいらないというか。


 だけど本当のあたしは、だ。

 ガハハと大口を開けて笑うし、何なら食べる時の一口もデカいと女友達からもよく言われる。スカートなんて履かないから、平気で股をおっぴろげるし、胡坐もかく。ツッコミ時のヴォリュームがおかしいのだって自覚ある。そりゃあ先輩の前でもツッコミをすることはあるけど、かなり控えめのやつだ。


 仕方ないじゃん、

 それでずっと失敗してきたんだから。

 男勝りのうるせぇ女ってずっと言われて来た。お前が女っぽいのはその胸だけかよ、なんて。


 だから大学進学を機に変わろうと思ったのだ。

 せめて好きな人の前ではちょっとはしおらしくなろうって。

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