第39話 ケモ耳ーズの理由

「――っし、仕方ないじゃん」


 やっとの思いで絞り出したのは、そんな情けない言葉だった。

 視線をケモ耳イケメンから下に落とし、色気の欠片もないサンダルに固定する。通気のためにか、はたまたデザインか、ドット模様のようにあいている穴からちらりと見える爪に、せめてペディキュアでも塗っておけば良かった、なんて思いながら。そんなところで加点出来るんなら、それくらいはしておいても良かったかもしれない。


「あたしみたいなのは、素を出しちゃ駄目なんだよ」


 そりゃああたしだって、生まれつきゆるふわ系の可愛い子だったら、さらりとした清楚系だったら、クールでスレンダーなモデル系だったらこんな風じゃなかった。眼鏡っ子、ドジっ子、委員長キャラ、色んな属性がある中でどうしてあたしはよりによって男勝り系になってしまったんだ。しかもツッコミ属性もあると来たもんだ。


「アンタ達みたいな、イケメンにはわかんないんだ」


 持たざる者の悩みっていうのはさ。


「ぼく、そのイケメンってのはわかんないけどさ」

「わかんないのそこかよちくしょう」

「好きな人と一緒にいるのに嘘の自分でいるのは嫌だなぁ、って思うよ」


 なぜか彼の方が傷ついたような顔をして、しょぼん、と耳が垂れる。


「まぁ、何年も仮面をかぶったままの夫婦というのもいらっしゃるようですし、別に珍しいことではないのでしょうが」


 あら、麦さんってば『仮面夫婦』なんて言葉知ってるのね。


「でもそんなんで楽しいのかね。いや、夫婦と恋人っつーのは、やっぱ違うじゃんか。別に役所に届出してるわけでもねぇんだし、一緒にいて楽しくねぇって思ったら、即解消出来る関係なわけじゃん」


 うぐ、それはそうなんだけど。


「でも! それは相手がそう思ったら、ってことでしょ? だからつまりあたしが先輩のことずっと楽しませていれば良い、ってことじゃん!」


 そうだよ。

 そういうことでしょ?


「それじゃ、葉月だけがずっと無理するってこと?」

「――は?」


 気付けばかなり熱くなっていらしく、両手を握りしめて立ち上がっていた。依然耳をしょんぼりと寝かせたままの金髪君を見下ろすと、彼は「そんなの嫌だよぅ」と瞳を潤ませている。いや、その顔反則だわ。何かもういよいよ貢ぎたくなってくるからマジやめて。


「別に。おパさんには関係ないじゃん。……ていうか! ていうかね!」

 

 この空気にのまれてたまるか、と無駄に声を張る。ぐ、と胸を張って、びし、と人差し指を――この場合対象が三人もいるもんだから、誰か一人に絞り切れず、彼らのちょうど真ん中あたりという中途半端な位置だったけど――差した。


 急に大声を出したからだろう、一番近くにいたおパさんは、びくり、と肩を震わせ、残りの二名も驚きで目を剝いている。


「あたしのことは良いのよ。そんなことより、慶次郎さんよ」

「慶次郎?」

「そう!」

「お遣いですか?」

「お遣いじゃなくて!」

「そういやまだ戻って来ねぇなぁ」

「それはちょっと心配だけども!」


 じゃあ何なんだよ、と眉をしかめる純コさんに、「迎えに行きましょうか」と麦さんが首を傾げる。麦さんと向かい合って「そうだなぁ」と同意しかけた純コさんのところへ、とうっ! とおパさんが手刀を割り込ませた。


「駄目駄目! 甘やかしちゃ駄目だよ! みんなで協力して慶次郎を立派な男にするんだって、決めたじゃん!」


 二人共忘れちゃったの? と尻尾をピンと立ててぷりぷり怒っているが、迫力も凄味もない。ぼくのプリン食べたでしょ、って怒る五歳児とかそんな雰囲気である。


 いや、それよりも、だ。


「ねぇ、もしかしてだけどさ。慶次郎さんの言うこと聞かなかったり、散々困らせてたのって、そのためだったり……? その、あえて突き放す、みたいなさ」


 二人の前に仁王立ちになっているおパさんの背中をついついと突きながら尋ねると、彼は「しまった!」みたいな顔をして振り向いた。


「ば、バレちゃった……?」


 しゃっきりしていた耳を再び、へにょ、と寝せ、眉を八の字に下げる。彼の後ろでは、ベンチに座っている白ケモ耳と焦げ茶ケモ耳が呆れた顔をしていた。


「バレたっつぅか、いまので確信した感じ。何だ、そういうことだったの。そんじゃさ、いままでどこにいたの?」

「いままで? 社務所だけど?」


 八の字眉毛で、きゅるん、と首を傾げるおパさんは、ぶっちゃけ悶絶級の可愛さである。これが女子なら「あざとい! ぶりっ子め!」となるところなのに、彼だと可愛いと思ってしまうから不思議だ。


「そうじゃなくて。何年か消えてたって慶次郎さんが言ってたからさ」

「あぁ、それはねぇ」


 と、おパさんが言おうとしたのを「隠れてたんだ」と純コさんが割り込む。


「隠れてた? どこに?」


 ていうか、主の命令無視して隠れるとかアリなんだ!?


「それは内緒です」


 残念、麦さんにピシャリと断られてしまった。ちくしょう、そういう時だけミステリアス系生徒会長みたいになりやがって。


「そうそう、歓太郎に悪いからね」

「なぁ、歓太郎が怒られるもんな。おれらやっさしーい!」


 優しかねぇよ!

 いま全部バラしたわ!

 成る程、あいつが匿ってたんか!

 やっぱりあいつもグルじゃねぇか!


 あーもーほら、麦さんが、あーあ、みたいな顔してるもんよ。何かもうごめんな?

あたしが悪いんじゃないけど。


「……慶次郎には言わないでくださいね」

「言わんよ。そういうことなら」


 でも、立派な男ったって、道のり険しいと思うけどなぁ、と呟くと、「んなことわかってるって」と純コさんが苦笑する。


「でも、葉月がいるからな」

「は? あたし?」

「そうです。葉月がいるので、当初の予定よりは何とかなりそうです」

「何であたしよ」

「だって慶次郎、葉月といると元気になるんでしょ?」

「そう言われたけどさ」


 元気があれば何でも出来るって、確かに良く聞くけどさぁ。


「だから大丈夫。慶次郎はいまに立派な男になりますよ」


 まっすぐ前を見て、麦さんが言う。おパさんの肩越しに見えるのは、確信に満ちた彼の目だ。その目は一体何を見つめているんだろう。


 と。


「――は、はっちゃぁん!」


 遠くから、そんな声が聞こえる。

 おお、慶次郎さんじゃないか。意外と早かったな。いや、式神達の名前も呼んでやれって。


 こちらに大きく手を振りながら小走りで向かってくる。ダサいネタTのイケメンである。あの感じからして無事に買えたようだ。


「おーい、お疲れさんー」


 手を振り返してから、再びケモ耳ーズの方を向き、「慶次郎さん来たし、みんなでアイスでも食べよっか」と声をかけると、一番に喜んだのは純コさんである。そうだ、こいつ買い食いが好きなんだっけ。純コさんは、「おぉい慶次郎〜、アイス食おうぜ〜」と彼の元へ駆け出し、おパさんも「慶次郎~、頑張ったねぇ~」とその後に続いた。いやいや、全然甘やかしてるじゃん?


 熱烈なお出迎えに辟易しながらこちらへと向かってくる慶次郎さんの到着を待ちながら、ふと考える。


 このケモ耳式神達が言うことを聞かなかったのは、彼らの意思だとしてもだ。そもそも式神というものに『意思』といったものがあるのだろうか、という疑問が湧く。それに、慶次郎さんが消そうとしても消えなかったという点も引っ掛かる。


 いつの間にか隣に立っていた麦さんに「行かなくて良いの?」と聞くと、「もう少ししたら」という落ち着いた返事だ。


「ねぇ麦さん」

「何でしょう」

「三人が慶次郎さんの言うこと聞かなかった理由はわかったんだけど」

「別に言うことを聞かないわけではありませんけどね」

「まぁまぁ。いや、それでさ」

「はい」

「慶次郎さん、三人を消そうとしたりもしたみたいなんだけど」

「そうですね。知ってます」

「何で消えなかったの?」


 そこも彼らの『意思』であるとか、力のためなのだろうか。そうなると、結局、彼らをコントロール出来ていないことには変わりない。


「葉月、式神が消える条件ってご存知ですか?」

「うん、慶次郎さんに聞いた。えっと、主が命じたら消えるとか、目的を果たしたら消えるとか、あと、形を保てないくらいに傷ついたら消えるとか、でしょ」

「そうです。だから」


 そう言って、麦さんはあたしを見た。

 

「慶次郎は私達を本気で消そうなんて思ってませんよ」

「そうなの?」

「彼が本気を出せば、我々を消滅させることなんて容易いんです」


 結構本気で消したがってるように見えたけどなぁ。


「だけど一度消してしまったら、全く同じ式神はもう二度と生み出せませんから、どこかに迷いがあるのでしょう」

「えっ、同じやつって出来ないの?」

「姿かたちは同じでも、見た目が同じというだけです。記憶も引き継がれません。本来は式神なんてここまで長く共にあるものではありませんから」


 必要な時に都度生み出して、消費するもの。

 命のようで、命ではないもの。

 陰陽師の命によって動くだけの道具。


 悲しそうな顔でそうこぼした後、「それに」と言って、ワイワイとじゃれ合いながらこちらへ向かう三人に視線を戻す。


「ごめん。それ知らなくて、あたし安易に消せばとか言っちゃった」

「別に良いですよ。それで――、私達はまだ、『目的』を果たしておりません」


 きっぱりとそう言い、麦さんはにこりと笑顔を向けた。


「ですから、その時まで私達は何があっても消えません」


 じゃあ、それを果たしたら、消えちゃうってこと? 


 そう尋ねようとしたけれど、麦さんはその笑顔のまま、もみくちゃにされている慶次郎さんのところへと行ってしまった。

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