第36話 どれもほんとのあたしだけれども

「……っあ――……、えっと、リク先輩は、その、えっと、今日はお一人なんですか?」


 いつもなら加賀見部長も一緒なのだ。そういや彼が一人で休日に一人でいるところを見たことがない気がする。


「あぁ、まぁ、一人……、だけど」


 その言い方がちょっと引っ掛かる。

 普段のリク先輩なら、もっと強く断定する。一人なら一人って。何、もしかして、あたしが誘うのを待ってるとか? いまは一人だけど、一緒にどう? 的な? そういうことなんでしょうか!? なんて都合よく考えたりして。


 ああ、だとしてもよ。

 だとしてもよ。

 

 あたしの周りをご覧なさいな。

 これでもかってくらいに男を侍らせてるわけ。

 これがね? どう見ても年下とかね? あるいはあたしに激似だったりすればよ? いやー実は兄弟なんですよ~、って言えたんだけども。

 いや、無理でしょ。

 どう考えたってウチの一族からこんなイケメン生まれないから。ご先祖様には悪いけど、絶対ここまでのイケメンいないでしょ? 良いよ、大丈夫。別に責めてるわけじゃないから。


 じゃあ彼らとの関係をどう説明するか、って話よ。

 高校時代の知り合いです? いや、年齢差よ。

 実はさっきナンパされて? いや、何ほいほいついてってんのよ、って話になるじゃない。


 何かもう、どんな言い訳をしても駄目っぽい。そもそもあたし自身、そんなに嘘をつくのがうまくない。だから馬鹿正直に話すとすれば、昨日あなたに振られた後に飛び込んだカフェの店員さん達です、となるわけだけど、普通は昨日知り合ったカフェの店員さん(しかも揃いも揃ってイケメン)を四人も侍らせる事態にはならないし、内一名に至ってはしっかりと腕まで絡ませているのである。あたしだって正直信じられないくらいだもん。何でこんなことになってんのよ。

 そんでしかも、そのカフェの裏には神社があって、そこの息子さんが陰陽師で? いやいやどんなファンタジー小説よ、って話。


 いや駄目だ。

 ここはもう、何もしゃべらないのが吉だ、うん。


「ええと、それじゃ、あの、また、連絡……します」


 そう濁して適当なトイレットペーパーを引っ掴み、その場を立ち去ろうとすると、「ああ、うん、まぁ」という、ぎりぎり相槌にカウント出来るかな、ってくらいの返事が聞こえて来た。彼からすれば、あたしは昨日振った女なのだ。そいつから「また連絡します」と言われてもそりゃあ困るだろう。そう考えたら、その返答はまだ優しい方かもしれない。


 ずさり、ずさり、と視線を外さずに後退し、ある程度の距離をとってから回れ右。腕におパさんをくっつけたまま、レジへと向かう。ぺこり、と慶次郎さんがリク先輩に頭を下げたのと、それに彼が会釈を返したのがちらりと見えた。


「なぁ」


 レジまでのごくわずかな距離。

 純コさんが「なぁ」と尚も言う。


「何」

「良いのか、あれ」

「あれって、何」

「さっきのやつだよ。何か言いたいこととかあんじゃねぇのかよ」

「別に、ない」


 ごそごそとお財布を出してから気付く。これ、あたしが払うやつじゃなくない? でもまぁ良いや、あとで請求すれば。そう思っていると、「僕が」と言って、慶次郎さんが進み出た。おお、ちゃんとお財布持ってるのね、なんて失礼か。


 ――ってそれ、ジッパーロックじゃねぇか! 確かに透明だしね? 見やすくて便利だよ? だけど二十三歳(イケメン陰陽師)の財布としてはどうだろうか?! あっ、それともアレ? みかどさんの経費的な? だとしたらまぁジッパーロックでも良いけど……いや、せめて茶封筒にしようや! あっ、待って。表面に『慶次郎』って名前書いてる! これ絶対経費じゃない! お給料? お給料ってこと?! だとしても茶封筒に入れろや!


 とにもかくにも会計を済ませ、そそくさと店を出る。レジのお姉さんのあの目は「わお! めっちゃ眼福!」だったのか「クソッ、何でこんな女にイケメンが四人も!」だったのか。それはまぁ良い。


 荷物をケモ耳達――というか、純コさんに持たせ(どうやら彼が荷物持ち担当なんだとか)、帰路に着く。何だろう。空気が重い気がする。


「……ねぇ葉月」


 ぽつりと名を読んだのはおパさんだ。


「何よ」

「さっきの葉月さ、あれは本当の葉月?」

「ほんとのあたしって何よ。全部ほんとだっつーの」


 そう言い返す。いや、言わんとしてることはわかる。自分達の時と態度が違うって言いたいんでしょ。それは認める。それは認めるけどさ。だけど、だからといって偽物のあたしとは言えないでしょ? 演じてるあたしも全部含めてあたしでしょうよ。いくらいつもとは違ったって――


『いつもと雰囲気違うから一瞬わかんなかったわ』


 さっきのリク先輩の言葉が蘇る。


 テンパっててさらっと流してしまったけど、そうだ、さっき先輩は確かにそう言ったのだ。


 いつもと雰囲気が違う。

 さぁぁ、と顔から血の気が引き、背中に、つぅ、と汗が流れる。

 いちいち確認するまでもないけれど、恐る恐る視線を下に向けて見れば――、


 ダボっとしたメンズサイズのTシャツに、裾を捲ったこれまたダボダボ系のメンズジーンズ。そして足元は色気の欠片もない合成樹脂製のサンダル。


 昨日の『THE女子』のあたしとは百八十度異なる恰好である。そんでもちろん化粧もしていないし、髪だってただのポニーテールだ。トップにボリュームがどうたらこうたらとか、ゆるく解してなんたらとか、そういうおしゃれポニテではない。ただ単に邪魔だからまとめました、っていうだけのやつだ。可愛い飾りのついたゴムも使ってない。


 さすがにあそこまで気合を入れたのは昨日くらいだけど、それでも学校に行く時だってもう少しましなのだ。少なくとも、軽く化粧はしてた。だっていつリク先輩に会うかわからないし。Tシャツを着ることはあるけど、それでもまだ小綺麗なやつを選ぶというか、一応女物だし、ボトムだってもうちょいマシなやつだし。『THE女子』とまではいかなくとも『ちょい女子』ではあったのだ。


 ……やっちまった。


「……葉月? どうしたの?」

「おう、急に静かになったな」

「まぁ、さっきの葉月も大人しかったですけどねぇ」


 もふもふ達が耳と尻尾を下げて取り囲む。眉毛も八の字に下がっていて、あたしのことを心配しているのがわかる。


「ほっといて。いまちょっと猛省してるとこだから」

「猛省?」


 いまだにあたしの腕を放さないおパさんが聞き返す。


「そ。あんね、どうせアンタ達お仲間だし、人間じゃないんだしってことでバラしちゃうけどさ、さっきの人、あたしの好きな人なの」

「えぇぇ、嘘だぁ!?」

「そうなんですか!?」

「おい、マジかよ!」

「その驚きようは何!?」


 ちょっとしんみりしてたのに、何なのよ! ここそんなに驚くところでしたかぁ?!

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