第35話 もう黙れ!

「ねぇねぇ葉月、ぼくと一緒に行こうよぉ」

「だ、駄目だってば」

「何でさ! 慶次郎とばっかりずるい!」

「ずるいとかじゃなくて。その、知り合いが近くに――いるから」


 そっとリク先輩がいた方を見る。けれどそこに彼の姿は既になかった。正直なところ、彼がここを出るのを見届けるまでは気が抜けない。どこで見られているかわからないのだ。これなら、見つかるリスクが高かろうとも、目の届くところにいてくれた方がまだ良かった。


「何だ、知り合いがいるのか」


 そんじゃ挨拶しないとな、などと純コさんが余計な気を回す。良いよマジでそんなことしなくても。


「良いの、ほんとに。あともうトイレットペーパー買ったら終わりだからさ。とっとと買って出よ? ね? そうしよ?」


 右腕におパさんをくっつけたままそう提案すると、「やだやだ! ぼくはもう少しここにいたい!」と駄々をこねられてしまう。それが許されるのは五歳までだぜベイビー。君どう見ても成人男性だから。式神だからノーカンとかそういうのないから。大事なのは実年齢より見た目年齢だから。


「良いのですか、お知り合いの方に挨拶をしなくても」

「良いの良いの。どうせ大学で会えるし!」


 昨日振られたばかりなのに、もうこんなにイケメン侍らせてるとかヤバいでしょ。もともと恋多き女だったと思われるか、それとも失恋のショックで自棄を起こしたか。まぁ自棄を起こしたからといって、普通はこんなイケメンを侍らせることなんて出来ないと思うけど。いずれにしても、良い印象は持たれないはずだ。


「さ、ほら。行こ行こ。えっと、みかどさんはダブル派? それともシングル派?」

 

 もうこうなったらおパさんをくっつけたままでも良いや、とそれこそ自棄になって歩き始める。先輩を見失ってしまった以上、いまのあたしに出来ることはさっさと買ってさっさとここを出ることだけだ。彼らにこれ以上追究されないよう、ごく自然に、ただの『知り合い』であるうちに。


 と。


「葉月? ああ、やっぱり葉月だ」


 いたよね。

 よりにもよって先輩のお目当てもトイレットペーパーだったわけよね。手に持ってたもん、二つも。――二つも!? 随分消費するんですね。あ、今日特売なんですね。そりゃあ買うわアハハ。えーどうする、荷物持ちも増えたことだし、ウチも一人一個買ってく? 母さーん、ウチの買い置きまだあるー? なーんて。


 いや、なーんて、ちゃうわ!

 思わずエセ関西弁出たっつーの!


「り、リク先輩……」


 違うんです、この人達は、いや、四人中三人は人じゃないんだけど――ってその辺って言っても良いやつなのかな? 


「買い物か? いつもと雰囲気違うから一瞬わかんなかったわ。えっと、そっちの人達は――」

「は、はい、その、買い物、っていうか。ええと」


 これは『はじめてのおつかいサポート』と言いますか、いや、そういうバイトとかではなくて、むしろボランティア度が高めのやつと言いますか、うん。いやでもそんな良い年した大人が『はじめてのおつかい』ってどうなの? さすがに慶次郎さんのプライド的なものも傷つけちゃうかな? 


「お前誰。葉月の何なの?」


 おおーっとぉー? おパさんが嚙みついたー! ってもちろん物理的にじゃなくてね? ケモ耳尻尾キャラだけどさすがに牙までは搭載されてないんだろうし、いや、なくても噛めるけどさ、ってそういう話じゃない!


 あたしの腕にしっかりとしがみついたまま、敵意剥き出しのゆるふわおパさんである。えー、ちょっと意外だなぁ。などと感心している場合ではない。


「えぇと、俺は葉月の大学の先輩で……学部は違いますけど。磯間いそまと言います」


 ぴしり、と胸を張って軽く会釈。ああ、あの厚い胸板が素敵。慶次郎さんの倍くらいあるんじゃないかな。いや、倍は言いすぎか。


「学部が違うのに、面識があるのですか」


 エセ眼鏡キャラの麦さんが、伊達眼鏡をキラリと光らせて一歩進み出る。リク先輩は当然初対面なので、さぞかし頭脳明晰なIQバリ高キャラに見えていることだろう。騙されないでください。こいつ案外馬鹿です。


「はい、サークルが同じなんです。といっても写真好きがただ集まってる、ってだけなんですが」


 そうそう、そうなのよ。これで納得出来たかしら、(エセ)生徒会長?


「ほんとかよ。葉月が写真好きなんて話、おれは一度も聞いたことがないぞ?」


 そりゃそうよ、だって話してないから! そんな話するほどあたし達付き合い長くもないしね? 何せ出会ったの昨日だよ?


「ぼくも聞いたことない! ほんとに写真好きなら、ぼくのこと撮ってくれるはずだよ! でしょ、葉月?」

「おいおパ。お前だけかよ。葉月はおれのことも撮るに決まってるだろ。そうだろ、葉月?」

「二人共、落ち着きなさい。葉月ですよ? だったら私のことも撮るはずです。そうですよね、葉月?」


 何なのその自信!

 ていうかね、あたし、写真は普通に好きだし! 好きだけど、別にイケメン専門のカメラマンじゃないから! ええい、寄るなもふもふ共! もふもふ尻尾がくすぐったいんじゃ!


「ちょっと三人共。はっちゃんが困ってるから」


 とそこへ慶次郎さん(一応)主! よっしゃ良いぞ、このうるせぇもふもふ達を黙らせろ!


「三人よりもたくさん一緒にいるのは僕だよ。だから、はっちゃんがまずカメラにおさめるのは僕のはずだ。そうですよね、はっちゃん?」


 お前も黙れ――――!


「また出た! 慶次郎の独占欲!」

「みっともないですよ、慶次郎」

「おれらよりたくさんいるからって特別だと思うなよ、慶次郎」


 黙れ! もう黙れ! お口にチャックだ貴様ら――!


 って叫べたら良いのに。

 

 まさか先輩の前でフルスロットルのツッコミをするわけにもいかず、お願いだから伝わってくれ、という強い思いを乗せながら四人をギリギリと睨みつけるに止めた。

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