第34話 お前が監視されてんのかよ!
「け、慶次郎さん!」
ぐっと潜めた声で彼を呼ぶ。近くにはいたから、問題なくそれは彼の耳に届いた。けれど、なぜ急にそんな小さい声で? と不思議そうな顔をしていたけど。
「どうしました、はっちゃん」
「あ、あの、いるの」
「いる? 何が? 鬼ですか?」
「鬼じゃねぇよ! 鬼はいねぇよ! いま令和だぞ!? さっき話した人! 先輩。リク先輩。そこ、そこに」
彼の後ろに隠れて、こっそりと指を差す。慶次郎さんは華奢だが、何もあたしを隠せないほどに細いわけでもない。いや、まぁ、気持ちの上でははみ出しまくってるけど。
「え? あ、成る程。うん、さっき拝見した方ですね。ええ、間違いない」
ですが、と彼もまた声を落とす。
「残念ですが、はっちゃん。まだその時ではありません」
「は?」
「然るべき時が来たら、ちゃんとお知らせしますから」
「え、ああ、そっか。そういう話だったっけ。うん、でも、そうじゃなくてさ」
「何でしょう」
リク先輩がこちらを向き、思わず慶次郎さんの背中を掴んで縮こまった。急に掴まれて驚いたのだろう、彼が、おわぁ、と小さく叫ぶ。あたしは先輩に振られた直後だというのに、他の男の背中に隠れて何やってんだ、といまさら思う。視界の隅に見える
「さっき言ってなかったんだけど。あたしね、昨日振られてるの、あの人に」
「振られた、と言いますと――」
「昨日告ってんのよ。そんで、妹にしか見えない、って振られたの」
「何と」
「それでもどうにかなるもんなの?」
「問題ありません。好機は誰にでも巡ってきます。それを逃しさえしなければ良いんです。だから――」
さっきも言いましたが、と言って、慶次郎さんは肩越しにあたしを見た。白いシャツに負けないくらいに透明感のある白い肌である。髪が黒いせいなのか、それともこのお店の照明のせいなのか、本当にもう向こう側が透けそうなくらいに白く見える。それでも不健康そうに見えないのは、きっと唇の血色が良いからだ。真っ赤とまではいかないけれど、それでも男性にしては――って言って良いのかな――赤い唇である。それが声のトーンに合わせて控えめに動く。
「僕に任せてください。大丈夫ですから」
この人は、こうやって堂々としていれば、それはそれは大層なイケメンなのだ。そんなイケメンがこんな至近距離でにこりと微笑めば、そりゃあ、あたしの胸もどきりとする。いや、この場合の胸っていうのはアレだから。心臓とかそういう意味の方だから。
「必ず、あの彼との縁を結んでみせます。心配しないで」
「うん、まぁ……頼りにしてます」
不覚にもちょっとどきりとしてしまったのを隠すように、『無縁バター』に顔を埋めると、その大層なイケメンは「ひゃああ」と情けない声を上げた。
「ちょ、馬鹿。何叫んでんの。先輩に勘づかれたらどうすんのよ!」
「す、すみません! ででででも、だって! は、はっちゃんの顔が!」
「でももだってもねぇんだよ!」
「そんな!」
とにかく、さっさとトイレットペーパー買ってここを出よう、と提案する。幸いなことに売り場はすぐ目の前なのだ。わかりました、と明らかに不審な動きでその売り場へ足を向けたその瞬間だった。
背後から、
「ああ、いたいた」
というが聞こえてきたのは。
「この……声は」
「麦ですね」
頼む頼む頼む店内ではお静かにお静かにお静かに。
まだ麦さん一人なら何とかなる。彼は一番声も控えめだし、(意外と馬鹿だけど)一番冷静だ。
「わぁーい、葉月ー!」
「おーい、葉月ー!」
駄目だ――!
やっぱりいた――!
「し、しぃ――っ! 店内ではお静かに!」
ぶんぶんと手を振って――まぁ他の人に見えていないだけで振っているのは手だけではなかったけど――こちらに駆けて来る三人に、人差し指を一本立て、しぃぃぃぃ、と繰り返す。最初の「しぃぃぃぃ」で麦さんが、二回目ので純コさんが、そして、到着と共に駄目押しの三回目を放ったところでやっとおパさんが黙った。いや、一回目で伝わってくれ。
ていうかあたしじゃなくて慶次郎さんの方を呼べよ!
「葉月葉月葉月、探したよぉ~!」
「ちょ、ちょっとこんなところで抱きつかないでよ! ていうか、
きゅ、と背中を丸めて腕にしがみついて来るおパさんをどうにか振り解こうとするんだけど、こいつ、ゆるふわの癖に力が強い! 全然離れん!
「大丈夫ですよ。慶次郎がいない間はどうせ開けられないんですから」
「そうだろうけどさ。でも、何でまたここにっ! ちょ、っと、放してってば!」
ここが店内じゃなかったら、そしてリク先輩がいなかったら、もう全然「うおおお!」とか叫んで振り解くんだけど、お上品に手を揺らすだけでは全然埒が明かないようである。おパさんはおパさんで尻尾をぶんぶん振りながら「やだやだ!」と放してくれない。
「おパ、はっちゃんが嫌がってる。離れるんだ。主である僕が命ずる。離れるんだ」
慶次郎さんの声で一瞬緩んだものの、「やだもん!」と再び強く掴まれる。「慶次郎の命令なんか聞かないよぅーだ」などと主にあるまじき暴言まで吐いて。
そんでもちろんそんなことを言われれば、このヘタレ陰陽師は、「そんなぁ」と唸って肩を落としてしまうのである。いや、もっと頑張ろうぜ。
「いやー、
いまさらっとゲームしてたって言ったな、このケモ耳その③。何、式神ってそういう娯楽的なこともするの? 何かこう……神聖な生き物じゃないの? ていうか生き物にカウントして良いのかな?
「よくここがわかったね」
そんで慶次郎さんもそこ突っ込まねぇんだ? えー、ゲームしてんの知ってるんの?
「そりゃあわかりますよ」
と麦さんが平然と答える。
おお、やはりアレかな、そこは主従関係の何かが作用してたりするのかな? うんうん、やっぱりなんだかんだ言っても彼らの主だもんねぇ、慶次郎さんは。きっと何かしらの特別な力で繋がって――
「このGPSアプリがあれば」
文明の利器で繋がってた――!
涼しい顔をして取り出されたスマホに表示されているのはこの辺りの地図だった。ここと思われる建物のところにぴこぴこと光る赤い点がある。
えー、何、慶次郎さん、監視されてんじゃん。ていうか、主の方が監視されてんの? 逆じゃん? もう扱いがマジで五歳児だよ!
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