第26話 もふもふ達は反抗期?

 一体何が彼の羞恥ポイントなのかはわからないが、とにかく真っ赤な顔で慶次郎さんが説明してくれたことによると、だ。


 要は、このお守りの『御霊みたま入れ』とかいうのをしていたらしいのである。身を清め、うんにゃらかんにゃらと唱えつつ、独特のリズムで足を運ぶ。その足の運びを反閇へんばいと言うらしく、お相撲さんの四股はもともとこの反閇に由来するんだとか。


 そんなことを言われると、ただの板っ切れ(「御神木です!」と怒られた)が入った布袋が、何やらとんでもない力を秘めたものに思えてくるから不思議なものだ。


「でもそんなに恥ずかしがることでもなくない?」


 歓太郎さんに長い紐に付け替えてもらったそのお守りを首から下げ、しげしげと見つめる。


「だ、だって……」


 きちんと正座し、視線を泳がせ、もじもじと指を遊ばせる様は、どこからどう見ても乙女だ。ちなみにこちらは胡坐をかいて卓に肘をついている。性別逆なんじゃないのかな、あたし達。


「いや、はっちゃん。想像してご覧って」


 なかなか話し出さない慶次郎さんの代わりに口を挟んできたのは歓太郎さんである。


「夜さ、みーんなが寝静まった時間にだよ? バリっと狩衣かりぎぬ立烏帽子たてえぼしを――っつってもわからないか」


 その言葉に素直に頷く。


「ま、平安のお貴族様をイメージしてくれれば良いよ。あとほら、お内裏様とかさ。あんな感じと思って」

「成る程。うんうん、似合いそう似合いそう」

「マジでおっそろしく似合うんだよねぇ、慶次郎は。今度見せてもらうと良いよ。っていうか、いま着替えてきて見せてやれば?」


 食後のデザートにと剥いてもらった林檎をしゃくしゃくと食べつつ、そしてそのうちの一つにぷすりと楊枝を刺し、「ほい」と渡しながらそう振ると、慶次郎さんからは、「嫌だよ」と素気無い答えが返ってきた。ただ、林檎はちゃんと受け取っていたけど。


「そう、それでさ。きしきし、だんだん、って床を踏みしめる音と、うにゃうにゃ~って呪文を唱える声がさ、隣から聞こえて来るわけ。おいおい何やってんだ、って隙間から覗いたら、そんな本気の恰好で本気の反閇よ。いや、気持ちはわかるけどさ、二十三の男がさ、可愛い女の子と会ったその夜にすることがそれか? って俺は言いたいわけ。他にやることあんだろって」

「だったら、何をすべきだったんだよ、僕は」


 林檎の端っこを控えめにかじりながら、恨めしそうな目で歓太郎さんを見る。成る程、ただ林檎を食べるだけでもわかる。この人、何食わせてもきっとこんな感じなんだ。蜜の入った瑞々しい林檎なのに、何だかそっちの方には毒でも入ってそう。


「何って決まってるじゃんか。あのなぁ……」

「ちょ、ちょっと待って! その話はあたしがいない時に二人でして! ああでもあれだ、人をオカズにすんじゃねぇぞ!」

「え~」

「えーじゃない! この変態!」

「いやいやはっちゃん。男はね、みぃーんな変態よ。俺はまだオープンな助平ってだけだから。慶次郎はね、むっつりなのよ。なーんかさ、むっつりの方が厭らしくない? だったら断然俺でしょ?」

「断然俺の意味がわからんし。とにかくさ、食べたんなら仕事戻れば?」


 こっちはこっちで作戦会議なんだから、と言うと、歓太郎さんは、にや、と笑って「はいはい」と立ち上がった。


「慶次郎、頑張れよ」


 と言って、お皿に残っていた林檎を一つ口に放ると、恐らく「ごゆっくり」だろう言葉をもごもごと発して出て行った。


 言われなくとも、と小声で呟いた慶次郎さんは、何やら不服そうな顔をしている。まぁ、式神達には五歳児扱いされ、一つしか違わない兄からもさんざんからかわれたのだ。こんな態度にもなるだろう。


 歓太郎さんがいなくなると、今度は式神達が集まって来た。


「ねぇねぇ葉月。今日は何時までいる? お昼はもちろんだけど、お夕飯も食べてくよね? ね?」

「葉月、もし夕飯までいるのでしたら、それまで私と一緒に店の掃除でもしませんか?」

「ばっかだなぁ、麦。どこの世界に店の掃除をしたがる女がいるんだよ。なぁ、おれと一緒に買い出し行こうぜ」


 きれいに三色並んだもふもふイケメン団子である。ふわふわの三角耳はひこひこ動き、ふっさふさの尻尾もまた彼らがしゃべるのに合わせてもふりもふりと揺れている。


「ちょっと待ってよ。今日のはっちゃんはぼくのお客さんなんだから」


 こうなるとケモ耳尻尾のない慶次郎さんが、何とも面白みのないイケメンのように思えてくるから不思議だ。


「うん、まぁそうなんだよね。作戦会議が終わったらさ、ちょこっとくらい掃除は手伝っても良いし、買い出しに付き合っても良いし、ご飯も頂くけど」


 そう言うと、式神達は顔を突き合わせて、それじゃまずは先に買い出しを済ませて――、などとあたしのスケジュールを組み立て始めた。漏れ聞こえてきた感じからすると、どうやらこの作戦会議はあと三十分程度で終わらせなくてはならないらしい。


「どうしてそっちの予定に合わせなくちゃならないんだ!」


 当然のように慶次郎さんは声を上げたが――、


「えぇ? 慶次郎ってば葉月を独り占めするつもりなの? それってどうなのかなぁ」

「別に葉月は慶次郎の恋人でも何でもないんですから、独占する権利なんてありませんよね?」

「まぁ慶次郎が? っどーしても、っておれらに頭下げんなら考えてやっても良いけどさぁ」

「ぐぅぅ……!」


 などと返されてしまい、そこで彼はぽきりと折れてしまったのである。いや、もうちょい頑張ろうや。


「まぁまぁ、そんなこと言わないでよ。あたしが慶次郎さんに用があって来たのは事実なんだしさ」


 さすがに可哀相に思えて割り込んでやると、式神達は口を揃えて「葉月がそう言うなら」と言って、あっさりと引いた。


「良いよ、それじゃあさ、そっちのが終わるまでちゃんと待ってる。裏の畑見てこよーっと」

「仕方ありませんね。では蔵の整理でもしてきますか」

「手短に済ませろよ、慶次郎。そんじゃおれは庭木の手入れだな」


 と、三人揃って出ていく。


 えっ、ちょっと待って。

 あたしの言うことは聞くんだ?

  

 違う。

 あたしの言うことを聞くんじゃない。

 聞かないんだ。


 えー、ちょっと何それ。

 反抗期じゃないの?

 いや、式神にも反抗期とかあるのかな?

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