第25話 爽やかな変態だからさ

 あー、今日のも最高〜。だし巻きだし巻き〜、あっ、梅干しもあんじゃん、などと言いながら、歓太郎さんは、おパさんにおかわりを所望した。味噌汁を飲み干して箸を置く。


 おかわりをよそうおパさんのにこにこ笑顔からして、これは彼的にも花丸な食べっぷりなのだろう。どうして兄弟でこうも違うのだろうか。茶碗を受け取って再び箸を構え、小皿に取り分けていた梅干しを一口。くぅー酸っぱ、と目を細めた。何とも表情が騒がしいお兄ちゃんである。


「今日はアレだね」

「何」


 白米をわしわしと咀嚼しつつ、無遠慮にじろじろと視線を寄越してくる歓太郎さんから話しかけられ、多少距離をとってそう返す。


「昨日とは全然違うね、服。服っていうか、全体的に」

「まぁね」

「昨日は、何? デートだったとか?」

「……別に」


 うっさいわ、抉ってくんなや。


「こっちがいつものはっちゃんってことで良いの?」

「そ。がっかりした? ざぁ~んねんでしたぁ~」


 あんなひらひらしたのなんてよほどのことがないと着ないしね、メイク? そんなのもしないから。いま着てるのだってね、男物よ、男物。女物ですらないんだから。


 自嘲気味にそう言って、ふん、と鼻息を吹く。確かに昨日のあたしは当社比二倍で可愛かった。うん、たぶん。だけどどうだ、これならもう可愛いとか言えないでしょ。へへん。


 が。


 予想に反して、歓太郎さんは、にへら、と笑った。


「えぇ? 全然残念じゃないけど、俺的には」

「何でよ」

「え~? だってさ、男物なんでしょ、それ」

「そうだけど? しかもあれよ? ファッションセンターしましまで買ったやつだから!」


 抜かりはない。

 いくら男物とはいっても、なんかどこぞのちょっと良いブランドのやつとかだったりすると、「それを着こなす」みたいなのが雑誌にも載ってたりするのだ。そんな『あえて』の上級者ファッションをしているつもりはない。『ファッションセンターしましま』の、税込みでも一野口千円もしないくらいのっすいやつなのである。


「良いじゃん良いじゃん。なんかさ、急にお泊まりすることになってー、そんで俺のシャツを貸してる、みたいなさ、そんな感じに見えるじゃん。俺、『しましま』の服も全然着るし」

「……ハァ?」

「ジーンズもさ、『良いよぉ、裾捲ったら履けるしー。歓太郎さんの借りるねっ☆』みたいな? そんで『えーちょっとぉー、ウエストあたしより細いんですけどぉ~? ムカつくぅ~』とか、言うわけよ。あっ、もちろん下着もね? 貸す貸す。だぁいじょうぶ、新品のやつだから。ってもちろん女物じゃないよ? さすがに俺でも女物の下着までは用意しないっていうかさ。ほら、好みもあるしね? 色とかデザインとか。まー俺としては別にスケスケのやつじゃなくても全然良いっていうか。むしろお腹まですっぽり隠れちゃうような? 綿百%とかのやつでもむしろ興奮するんだけど。うん、だから、男物のボクサーパンツとか履いてるのもすごくぐっとくるっていうか」

「オイ慶次郎さん。とっととこの悪霊を祓ってくれ。ていうか厄除けのお守りが早速機能してないんだけど」


 半眼で睨みつけてやるが、彼は全く怯まない。慶次郎さんは慶次郎さんで、「はっちゃん、申し訳ありませんが歓太郎は悪霊ではないので祓えないんです。あと、歓太郎は厄ではないものですから……」と真顔で頭を下げて来る始末。ちょっとここ、ツッコミ役足りなくない? 


「だけど歓太郎、女性の前でそういうことを言うのは良くないよ」

「お、良いぞ慶次郎さん。ちょっと言い方がマイルドすぎて全然あちらさんに効いてないっぽいけど」

「何だよ、慶次郎は相変わらずの優等生キャラか」

「キャラとかじゃなくて!」


 キャラとかではなく、ガチのやつなんだろうな、慶次郎さんの場合。この人、そういう欲とかあんのかな。何ていうか、エロ本見るとことか全然想像つかん。


「いや、はっちゃんね」

「何よ」

「そう睨まないでよ。さっきのは冗談だってば。いや、ぶっちゃけ丸ごと本音だけど。ね、今度俺のシャツ着て?」

「絶対嫌だわ。腹立つくらい清々しいな、死ね」

「ううん、生きる。俺、爽やかな変態だからさ」


 えっへん、と胸を張って言う。あのな、それそんなに誇らしげに言うワードじゃねぇから。爽やかってつけときゃ許されるもんでもねぇからな。


「そんで何よ」

「ああそうそう。あんね、俺ばっかり何か変態とかわいせつとかって言うけどね」

「変態ってのは歓太郎さんが自ら言ったやつだけどね」

「そうだった。まぁそれは良いんだけど。慶次郎だってね、別にこいつ、そんな聖人君子ってわけじゃないからね?」

「そうなの?」

「そうだよ。いいかいはっちゃん、俺は知ってるんだ。こいつはね、昨日の夜――」

「ちょ、ちょっと歓太郎!? 何を言う気!?」


 きちんと正座をしてあたし達のやりとりを聞いていた慶次郎さんが、思わず腰を浮かせた。おお、どうした。そんなに取り乱して。

 歓太郎さんはというと、そんな弟の姿を見て、これまたにんまりと楽しげに笑い、はっちゃん、ちょいちょい、と言いながらあたしを手招く。ええ、出来るだけ近付きたくないんですけど、と眉を顰めると、ちぇ、と軽く舌打ちをした。


「昨日の夜、こいつはね、はっちゃんのことを思って、部屋でしこ――」

「わあああああああ! かん、歓太郎! それは!」

「し、しこ!? ちょっとオイ慶次郎さん! お前! そんな清純そうな顔して、なぁにしてくれてんだコラァ!」

「だ、だって!」

「だってもクソもあるかぁ! そりゃああたしは多少肉付きは良いけれどもだ! だからって、昨日初めて出会った女をオカズにするたぁ――」

「……は、はい?」


 きょと、と慶次郎さんが首を傾げる。


「オカズって、何ですか?」

「え?」


 えーとね、昨日のおかずはねぇ、ピーマンの肉詰めとぉ~、とカウンターにいるおパさんがウキウキと答える。あっ、ごめん、そのおかずじゃないんだ。平仮名表記じゃない方なんだ。心の中でそう思っていると、「こら、おパ」とその隣にいる麦さんが口を挟む。わぁ、(エセ)生徒会長が割り込んできちゃった。


「あまりその単語を出すと、慶次郎が泣いてしまうかもしれませんよ?」


 って、君はいい年した大人を何だと思ってるんだ?! たかだか『ピーマン』って単語で――って、うっわ、ちょっと涙目になってる! マジかよこの人! 中身五歳児なんじゃねぇの?! 泣くほど嫌いなの、ピーマン?! 


「おパも麦も違うだろ」


 おお、やっと来たか純コさん。このメンバーの中では君が一応ツッコミ役だもんな。とりあえずこそっと耳打ちする感じで教えてやって。デリケートなお話だから、くれぐれもこっそりね。


「良いかよく聞けぇっ! この場合のオカズっていうのはなぁっ!」

「ッヘーイ! シャーラップ! ユーはマウスにチャックをドゥー!」


 声がでけぇんだよ! 無駄に声張ってんじゃねぇ! こっそり教えてやれっつーの!

 ていうかあたしも何で英語になったんだ。


 昨日に引き続き今日もこのペースかよ、と肩で息をしていると、視界の隅で歓太郎さんが身体をくの字に曲げてひぃひぃと笑っていた。


「ちょっと何でそんなに笑ってんの」

「へ? いや、だってさ、面白くて。こんなにうまいことハマるとは……ぷくく」

「あぁ? どういうこと?!」

「ごめんごめん、俺が悪かったって。あんね、、ってそういうんじゃないから」

「は?」

四股しこだよ、四股。わかる? はっけようい、残った、の四股」


 とん、とととん、と相撲中継で流れる小太鼓のメロディを口ずさみ、手の動きだけで土俵入りのポーズをする。ああハイハイ、なぁーんだ、そっちの四股ね!


 ――じゃなくて!


「……何でいきなりお相撲さんの四股の話になんのよ」

「歓太郎、それじゃわかりにくいよ。第一、僕が踏んでたのは、反閇へんばいだってば。ごめんなさいはっちゃん。四股じゃなくて反閇なんです。紛らわしくて本当に――」

「いや、ごめんなさいとかじゃなくて。『シコ』と『ヘンバイ』がどう紛らわしいかもわからんし」


 えっ、そうなの? みたいな顔すんな。

 ごく普通の女子大生が『ヘンバイ』とか言われて、あーハイハイそっちかー、ってわかるわけねぇだろって。


「え? 反閇ってあの、反対の『反』と、門構えの中に『下』って書く『反閇』ですよ? ああ、下っていうのは、あの、上下の『下』です」

「いや、漢字を説明されてもね」

「ええぇ?!」


 いや、えええ、とかじゃなくて。何で伝わると思った? っつぅか、門構えの中に『下』って書く漢字なんていま初めて知りましたけど?!

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